女子高生アリスと小学生ハルク
その日、家の鍵を忘れて、家に入れなかった。
タスク兄が帰るのは7時。今はまだ4時過ぎ。あと3時間は家の中に入れない。近くの公園で時間を潰そうかとも考えた。けど、公園はクラスのヤツらがいたりするし、なるべくなら顔を合わせたくねェ。ファーストフードは、今持ってる所持金では足りない。
……仕方ない。タスク兄が帰るまでここにいるしかねェ。幸い、携帯ゲームは持っているから、それで時間を潰すか。ランドセルを下ろし、ドアの前で座り込む。
しばらくゲームをやっていたら、不意に話し声が聞こえてきた。どうやらこちらに向かってくるみたいだが、オレには関係ねェとゲームを続行する。
「リク。今日の晩ごはんはカレーライスだよ!」
「食材はちゃんと全部買った?姉さん」
「うん。大体は家にあるから、足りないものだけをさっき、スーパーに買いに行ったんだから。万全だよ!」
「そう言っても、姉さんはたまに抜けてるからな。こないだもハンバーグ作るのに玉ねぎを買い忘れてたし。その前はキャベツ、にんじんにもやしがなくて、焼きそばが具なしの寂しいことになったよね。それから…」
「うっ。リクが厳しい…」
「僕は姉さんのために言ってるんだよ」
会話から二人。ソイツらは、オレのいる部屋の隣のドアの前で止まった。そういえば、少し前にタスク兄が隣に誰かが引っ越して来たとか言ってたな。オレがいない時に挨拶に来たとか。
画面から顔を上げて見てみると、一人は買い物袋を持ち、肩に鞄をかけて制服を着た金髪の女。もう一人はオレと同じくらいのメガネをかけたランドセルをしょったガキ。
てか、コイツ、学校で見たことあるような…。そう思っていたら、ソイツがオレを見て、名字を呼んできた。横のソイツの姉らしき女が弟に声をかける。
「リク、知り合い?」
「うん。同じクラスの子なんだ」
「そうなの?」
そうだっけ。だから、見たことあんのか。同じクラスだったとは…。オレ、クラスのヤツの名前、全然覚えてねェや。こっちに転校してきて、半年は経ってんのに。仲良くなれそうなヤツもいねェし。
「どうしたの?」
「鍵忘れて、中に入れねェんだよ」
「確か、お兄さんがいたよね?その人はいつ帰ってくるの?」
「7時…」
二人が時間を確認して、呟く。タスク兄は、いつもそれくらいにならないと帰って来ない。たまにそれよりも遅くなることもあるし。
「結構あるね…」
「じゃあ、うちでお兄さんを待てば?」
「いい。ここで待つ…」
その時、お腹の音が鳴った。オレの…。恥ずかしくて、下を向く。オレのことはいいから、早く中に入って欲しい。
「お腹空いてるなら、うちに来て。ここで待ってるよりは、時間が過ぎるし」
「平気…」
「あなたのお兄さんには、私から連絡するよ。それならいいでしょ?」
意外におせっかいだな、コイツら。オレは渋々、持っていた携帯を姉の方に渡す。ソイツがタスク兄に電話をかけると、タスク兄が出たらしく、自分のことを話して、それからオレのことを説明してるのが聞こえた。だが、ちょっとして話がついたのか、電話を切った。
「お兄さんと話がついたよ。そういう事情なら、帰って来るまで、うちにいて欲しいって」
「……わかった」
「良かったね」
今まで黙っていたメガネの弟が穏やかに笑った。
そんなわけで隣の部屋に入ることになった。
必要最低限しか物を置いてないオレらの部屋に比べて、こっちは物が沢山置いてあった。散らかっているわけじゃない。キレイに片付けられた上で、あちこち家具が配置されていた。オレの部屋はほとんど白しかないのに、こっちは色々な色で溢れていた。物珍しく見ていたら、弟の方に声をかけられた。
「好きなところに座って」
「ああ…」
適当なところに座ると、すぐに姉の方がオレンジジュースが入ったコップ二つとカットされたケーキ二つをテーブルに並べた。
「ちょっと遅いけど、おやつ。ここに置いておくよ。私はこれから夕食を作ってるから、二人はゆっくりしててね」
「ありがとう。姉さん」
「……………どうも」
姉を見てみる。リコリスと色は違うが、金髪で髪が長い。顔は、リコリスに比べると普通だな。リコリスがキレイなんだよな。中身はちょっと変だけど。着替えないまま、制服の上からエプロンをつけて、髪を結わき、それから手を洗っていた。その様子をつい目で追っていたら───
「ケーキ、食べないの?」
「え」
眼鏡の弟がオレに話しかけてきた。オレはケーキと弟を見比べ、目の前にあるケーキを食べることにした。うまい。数口食べてから、弟に話しかけてみることにした。
「なあ、お前らの名前は?」
「僕はリク。あっちは、姉さんのアリス。僕も君のこと、ハルクって呼んでもいいかな?」
「……ああ」
それから色々と話をした。話していて思ったが、リクは話しやすかった。てか、同い年のヤツと久々にまともに話した。こっちに来てからは、ムカつくヤツばっかで誰とも話したくなかったから。
「ハルク。どうせなら、うちでご飯も食べていったら?」
「いや、タスク兄が用意するから」
「お兄さんの許可はもらったよ。今日はうちで食べさせて欲しいって」
いつから聞いていたのか、姉のアリスがそう言ってきた。
「姉さん。いつの間に…」
「料理しながら、聞いてたんだ。仲良くなれて良かったね!リク」
「うん…」
アリスとリクのやりとりを見て、仲が良いのはわかった。タスク兄とオレも仲は良い方だけど、二人のようにはなれない。兄と姉で違うのもあるだろうけど。でも、リクに柔らかく笑うアリス。オレは、少しリクが羨ましく感じた。
夕飯に出されたのは、カレー。最初に食べた時、うまいしか出て来なくて、それを隠すために一気に食べた。タスク兄が作る飯はまずくはねェんだけど、うまくもなくて、それが当たり前と思っていたから。でも、アリスの作るカレーはおいしかった。食べたのに、まだ何か足りなくて、ついアリスに「おかわり」と皿を出した。すると、最初は呆気に取られていたアリスが笑いながら、皿を受け取り、カレーをついできてくれた。「ふふ。よく食べて大きくなるんだよ」って言ってくれた。
それからリクとは、仲良くなった。学校でも一緒にいるようになって、そのうちにリクの友達数人とも仲良くなって、学校が少しだけ楽しくなった。勉強が苦手なオレに、リクはわからないところがあると教えてくれた。反対にリクは運動が苦手らしい。
だから、ストレッチをやってみたが、リクはすごく身体が固い。
「うっ……痛たた!…もう、無…理……っ」
「全然届いてねェじゃん。ほら、もう少し!」
「…くっ……もう…ダメ…!」
リクがダウンした。これは長期戦だな。毎日やっていけば、柔らかくはなんだろう。
そこへ玄関のドアが開く音がする。入って来たのは、買い物袋を持ったアリスだ。学校帰りでそのまま行ったのだろう。制服だった。
「ただいま。二人共、何してるの?」
「姉、さん……おかえ…り」
「ストレッチしてんだよ。リクの身体が固すぎて、ストレッチになってねェけどな」
「だから、リクが床に倒れてるんだ。珍しいなとは思ったんだよ」
オレは、アリスとリクの家に入り浸るようになり、ほとんどこっちでご飯を食べるようになった。タスク兄もオレがこっちにいる方が安心なのか、「アリスのいうことは、絶対にきけ」と耳にタコが出来るまで言われた。
そんなある日。
いつもならリクと一緒に帰るのだが、リクは図書室に本を返しに行くからと、先に帰ることにした。家に帰ろうと歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「ハルク?」
「アリス…」
振り返ると、アリスがいた。制服だから、家に帰る途中なのだろう。
「リクは一緒じゃないの?」
「リクは本を返すから、先に帰っていいって言われた」
「ああ。あの子、今冒険物の小説にハマってるからね」
アリスの話によると、毎日風呂を出て、寝る前までに必ず小説を読んでるらしい。オレなら漫画を読むけど、リクは違うんだな。
「そうだ。これから買い物に行くけど、ハルクも来ない?来てくれたら、好きなものを作ってあげるよ」
「好きなもんとかねェよ、オレ」
「そうなの?」
昔から特に好きな食べ物とかなかった。食べられたら、それで良かったし。母さんの料理が創造的過ぎて、あんまうまくなかったのもあるかもな。向こうでも何か新たな創作料理を作って、親父を困らせてるかもしんねェな。かわいそうだが、頑張れよ。親父。
そんなわけでアリスとスーパーに来た。小さい頃に母さんに連れられたこともあったが、よくは覚えてねェ。
アリスがかごを取り、店内を回るから、その後をついてく。
「うーん、何にしようかな…」
「別にオレに気を遣わなくていいぞ。食べられたら、それでいいし」
「タスクさんからも食費は多めにもらってるんだよ。ハルクのことを話したら、「アイツも食べることに興味を持ったのか。良かった」って。ハルク、あまり食べなかったの?」
「食えれば、何でも良かったのは確かだな」
タスク兄もわかってたのか。オレが食に興味ねェことに…。
「よし。今日はオムライスにしようか!ハルクがいるから、卵は二パック分買えるし」
「え?」
「ケチャップと鶏肉は買うとして。玉ねぎはまだ残ってるし。ハルク、売り場に行くよ!」
アリスに手を掴まれ、歩く。
両親やタスク兄以外の誰かと手を繋ぐなんて、久々だった。学校の行事で女子と繋いだことはあるけど、あんなのは繋いだうちに入らねェ。
自分以外の温もりに戸惑いながらも、嫌だとは感じなかった。むしろ…。
買い物を終えて、スーパーを出て、並んで歩く。
てか、前から思ってたけど、アリスの制服、見たことあんだよな。どこで見たんだ?オレ。
「ん、どうしたの?」
「お前の制服、見たことある気がすんだよ」
「知り合いがいるとかは?」
「お前以外にいねェよ」
結局、家に着いてからも思い出せなかった。あー、何か余計に気になる!
アリスと帰ると、既にリクは帰って来ていた。先に帰ったはずのオレがいなくて、携帯に連絡してくれたらしい。携帯を見れば、リクからの連絡が沢山入っていた。リクに謝れば、リクは笑って許してくれた。
夕飯は、もちろんオムライスだ。一口食べてみれば、おいしくてパクパクと食べていた。相変わらずアリスはオレの食べる姿を見て、笑っていた。
「何?」
「ふふっ。何だか懐かない猫がようやく慣れてきたみたいに思えて」
「猫って、オレのことかよ…」
「確かに最初の頃のハルクって、学校では誰ともつるまなかったからね」
「リク!」
アリスやリクが傍で笑ってくれるから、オレも少しずつ笑えるようになった。ま、二人には照れくさいから言わねェけどな。
【END】
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