Gentle Gaze




朝。早めに起き、身支度を終えて、部屋を出る。いつもより早めに出たのには、理由があった。見回り当番のためだ。屋敷内の見回りは、朝と夜にある。それは、使用人が当番制で回していた。

ちなみにメイドの場合、夜に見回る場合は一人では危ないので、執事の誰かを連れてくことになっている。執事に頼めなかったら、同じメイドでもいいみたいだけど。たまに仲良くなりたい執事に声をかけるメイドもいて、中にはそれでカップルになったヤツらもいる。カルロやドラ辺りに頼んでるメイド達も見かけたことがある。どっちも見回りだから、自分の仕事がなければ、大体が引き受けてるみてェ。優しいよな。相手の下心もわかってるだろうに…。かわすのは上手いヤツらだしな。

オレも前に何度か頼まれたことあったけど、他に仕事が入ってたから、断ったっけ。ひょっとして、あれもオレと親しくなりたいからだったのか?でも、オレ、好きな人いるから、その人以外は考えられねェな。そういえば、ハルクはメイドに見回りを頼まれても、絶対にやらねェんだよな。というか、アイツ、逃げてるよな。「アリスの面倒を見ねェいけないから」とか、「リコリスに用事を頼まれてる」とか。
リコリス様のことを呼びすてにしてるのが一番許せねェけどな。あんにゃろー。
っと、真面目にやんねェとな。カルロに説教されちまう。


屋敷内に異常はないか、見て回る。今のところは、大丈夫みてェだな。朝だから誰ともすれ違ったりもない。この調子なら、少し早めに終わりそうだ。

とある前の廊下を歩いていると、オレの胸が少し高鳴る。だって、ここには彼女の部屋がある。今会えたりしねェかなーなんて思っていたら、祈りが通じたのか、ある部屋のドアが開く。
しかも、そこはオレが密かに想いを寄せる相手の部屋だ。もしや…!



「おはようございます。タスクさん」

「……お、はようございます!リコリス様」


部屋から出てきた彼女がオレに笑いかけながら、挨拶をしてくれた。朝から光り輝く笑顔を向けられ、オレの心はドキドキしっぱなしだ。

この屋敷には、6人の娘達がいる。彼女は、次女のリコリス様。歳は、オレよりニつ下の18歳。

穏やかで誰にでも優しい彼女は、使用人達の間でも評判は高い。使用人だからとバカにしたり、こき使ったりしない。むしろ使用人にまで気を使ってくれるのだ。ま、ここにいる娘達は使用人をいじめたりするようなひでーヤツはいねェけど、たまに困らせることをしでかすのがいる。主に長女のクロノ。同い年だが、オレも一度ひでー目に遭った。
いや、そんな話を思い出してる暇はねェ。こうして、朝からリコリス様と会えたんだから!こんな日は滅多にねェよな。チャンスを生かせ!オレ。



「今日は雲一つない良い天気ですね。こんな日は外にお出かけしたくなりますよね」

「そうですね」


せっかく彼女が話を振ってくれたのに、何で「そうですね」しか言えないんだよ。もっと気の利いたことを言えねェのかよ。何か話しかけろ、オレ!せっかく今、二人きりなんだから…。



「あの…!」

「リコリス姉、おはよう!」

「リコリスお姉ちゃん。おはよう!」


オレの声を掻き消すように彼女の妹達が彼女の名前を呼ぶ。妹達の声を聞いた彼女は、笑顔で二人を迎える。



「アリス、リンネ。おはよう!二人共、今日も朝から元気ね」

「あれ?タスクだ。おはよう」

「おはよう。というか、早くない?タスク。こっちの方にいるなんて。めっずらしいー!」


オレの姿に気づいた二人が挨拶してくれた。リンネが朝から何でオレがここにいるかを聞いてきた。



「おはよーございます。今日は朝の見回りの当番なん……ですよ。だから、屋敷内を見て、回っているんです」

「そうなの?本当にそれだけ??」


リンネがオレを見て、ニヤニヤしていた。オレがリコリス様に想いを寄せていることを知ってて、こう言ってきたんだ。リンネは姉妹では一番下だが、こういうことに関してはすげー敏感だ。アリスよりは大人っぽい。反対にアリスはめちゃくちゃお子様だからな。だから、ハルクとよくケンカしてんだよ。あの二人の精神年齢は、同じくらいだし。



「リンネ。タスクさんは朝から仕事をしてくれているのよ。そんなことを言ってはだめよ?」

「はーい。ごめんなさい。リコリス姉」


リコリス様に注意され、返事をするリンネ。だが、オレを見て、笑っていたから、後で絶対にからかってくるだろう。会わねェようにしなきゃな。



「リコリス姉。ダイニングまで一緒に行こう!」

「いいわよ」


リンネがリコリス様の腕を引っ張って、歩き出す。そんな妹を優しく受け入れるリコリス様。何てお優しいんだ!
すると、出遅れたアリスが慌てて、追いかける。



「待ってよー。私も一緒に行く!」

「早く来なよー。アリス」

「大丈夫よ。皆で一緒に行きましょう」

「リコリスお姉ちゃん、大好きー!」


アリスもリコリス様の空いてる手を取る。彼女は二人の妹に囲まれ、共に行ってしまった。オレは黙って、その姿を見送ることしか出来なかった。
てか、妹達には更に優しい笑顔を向けてた!いいなー。羨ましい。

はあ。もっと仲良くなりてェな。
仲良くなって、あわよくば彼氏になりたい。今はまだ婚約者も恋人もいないみたいだけど、彼女の場合、それがいつ出来てもおかしくはない。



「はあー。どうしたら、彼女と付き合えんだろうな…」

「付き合う?誰と?」


隣で飯食っていたハルクが不思議そうな顔でオレを見る。何でわかんねェんだよ。
あれから見回りを済ませたオレは、朝食を食べに来ていた。



「リコリス様に決まってんだろ!」

「あー。タスクさん、リコリスのことが好きですもんね…」

「様をつけろ!馴れ馴れしい」


何でお前が呼び捨てにしてんだよ!リコリス様の彼氏にでもなったつもりかよ!許さねェ!!ハルクを思いっきり睨む。



「いや、そのリコリス本人から許可をもらってるんで……痛ててて!」

「はあ!?」


許可をもらってる!?頭にきたオレは、ハルクにヘッドロックをかける。確かにオレよりもハルクは、ここに長く勤めているから、断然リコリス様と親しい。同い年だからなのもあるからか、彼女はやたらハルクに頼むことが多い。たまに二人で仲良く楽しそうに話もしてるし。
あー!何かすげームカツク!!



「ハルク。お前、間違っても、リコリス様の専属執事になるなよ?」

「なりませんから!放してください!」

「は?ならない?他になりてーヤツでもいんのかよ!?」

「痛てて!苦しいですって!」

「どうなんだよ!」

「リコリスの執事にはならない、です…」

「それなら許す」


そう言って、ハルクを解放してやる。軽く咳き込みながら、ハルクが言った。



「ごほごほ!………ひでー目にあった。オレ、何もしてないのに…」

「お前さ、よくアリスのところに行ってるだろ?」

「行ってますよ。リコリスにも頼まれてるので」

「は?」


リコリス様に頼まれてる!?何だ、それ。羨ましい過ぎる。オレもリコリス様に何でもいいから、頼まれてェ!



「睨まないでくださいよ。アリスに変なことをしでかす輩がいないか見てるのもあるんです。アイツ、危なっかしいんで」

「アリスに?ロリコンなヤツでもいたのか?」

「これがいたんすよ、過去に。ロリコン趣味な野郎が。アイツ、小さい頃は人見知りしなかったんで。出かけた時にアリスから少し目を離した隙に、知らないじいさんやばあさんと仲良くなって、お菓子をもらったりとかも、しょっちゅうあって…」

「マジで?オレ、アリスと最初に会った時、すげー警戒されたぜ」

「タスクさん、そのロリコン野郎を辞めさせた後に入れ替わりで入ってきたからですよ」

「ソイツのせいかよ!」


この屋敷に入った時、カルロが案内してくれて、ここの娘達を紹介してくれた。皆、普通に挨拶してくれたが、アリスだけは何故かカルロの後ろに隠れてしまったのだ。しかも、その後ろから、オレを睨む。カルロに何度か言われても、口を利いてくれなかった。そんで最初の三ヶ月は話してくれなかったんだよな。オレを見ると逃げたり、誰かの後ろに隠れたり。
めげずにアリスと会えば、毎回挨拶していたら、ようやく少しずつ話してくれるようにはなったけどな。



「おそらく警戒より、人見知りの方が強かったのもあると思うんですけどね」

「じゃあ、アリスはお前にも人見知りしたのか?」

「いえ、まったく。むしろ、向こうからガンガン近づいて来たから、リコリスも一緒に来るように……痛て!」

「やっぱお前、ムカつくわ」


ムカついて、ついハルクの背中をひっぱたいた。
よく考えてみたら、リコリス様も最初の頃は挨拶しかしてくれなかったんだよな。アリスと話すようになってから、話してくれるようになった気がする。じゃあ、オレ、リコリス様にも警戒されてたってことじゃん!うわー、気づきたくなかった。


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