Cherry-blossom viewing(後)

お花見の場所へ向かって歩いていると、途中にある大きな公園には桜が咲いていて、その下に沢山の人達がいた。それを見て、お坊っちゃまが呟く。



「すげー人だな」

「そうですね。今日は皆、お休みですから、余計に人が多いんだと思いますね」

「場所はここ?」

「違いますよ。ここだったら、もういい場所は取られてますし。人が多すぎるので、全然楽しめないですよ。もう少し歩きます。大丈夫ですか?疲れてませんか?」

「平気…」


公園を通り過ぎて、私達は再び歩く。
これからお花見に行く場所は、ベゴニアから教えてもらっていた。地元の人でもあまり来ない穴場らしい。



「お坊っちゃま、大丈夫ですか?疲れたなら持ちますからね」

「大丈夫!これくらい何ともねェから」


うーん。すぐに荷物持つの嫌がるかと思ってたんだけど、意外にこっちに渡してくれないな。すぐに音を上げるかと思ってたのに、譲らないんだよね。





そして、教えてもらった場所に向かってみると、桜は満開。しかも、私達以外誰もいなかった。



「すごい。キレイ…!」

「……」

「誰もいないし。貸切みたいですね!」

「ああ…」

「桜を独り占め出来ますよ!」


こんなところがあったんだ。ベゴニアには感謝しかないわ。
早速、鞄の中からレジャーシートを取り出して、敷いた。鞄を置いて靴を脱ぐとシートの上に座る。



「お坊っちゃまも座ってください」

「うん…」


お坊っちゃまも靴を脱いで、シートの上に座った。お弁当を取り出して、蓋を開ける。



「二人なのでそんなに沢山作るつもりはなかったんですが、少し多くなっちゃいました!」

「……」

「あれ、お坊っちゃま?どうかしました??」


お弁当を見ながら、黙っちゃってる。やっぱり作り過ぎたかしら?これでも減らしたんだけど。もしも残ったら、私の夕飯に回すことにしよう。



「母さんがよく作ってくれたのと同じものがあるなって…」

「お母さん?」

「そう。昔、一緒に出かける時とかに作ってくれたんだ。その時と同じもんがある」

「味までは似てないと思うんですけど。それじゃあ、食べましょうか?その前に…」


鞄からウエットティッシュを取り出して、手を拭いてもらった。私も手を拭いてから、次に使い捨ての紙皿と割箸を取り出して置く。



「こっちはおにぎりです。おにぎりの具は、色々なのを入れてみました。梅、おかか、こんぶ、鮭、ツナマヨ、明太子。好きなの選んでいいですよ」

「オレ、おにぎりは食べたことねェよ」


そうだよ!お坊っちゃまなんだし。一般人とは違うんだった。つい忘れちゃうのよね。
あれ。でも、お母さんがお弁当作ってくれてたんじゃ?お坊っちゃまに聞いてみたら、おにぎりではなく、サンドイッチだったらしい。



「てか、これ大きくねェ?」

「……あ」


お坊っちゃまに指摘されて、気づいた。いつものくせで大きく握ってしまった。だって、リゼルがよくおにぎりが小さいって言うから、いつものようにやっちゃったわ。



「すみません。よくお花見に一緒に行っていた子がよく“おにぎりが小さい。大きく握ろ”って毎年言われてたので、どうやらその癖が抜けてなかったみたいです」

「……」

「お坊っちゃま?」

「そいつ、男?」

「ええ。確か、来年に中学生になるから、お坊っちゃまと同い年ですね」

「ふーん…」


お屋敷に働き出してからは会ってないけど、元気かな?今年の夏は帰省しよう。去年は帰れなかったから。



「食べられないなら、残してもいいですよ」

「残さねェよ。全部食べる!お前が作ってくれたんだし」


そう言うと、お坊っちゃまはおにぎりを取って、「いただきます」と言ってから食べ始めた。お坊っちゃまがおにぎりを食べるところをジーっと見る。ちゃんと味見したけど、自分じゃよくわからないし。大丈夫かな…。



「ど、どうですか?お口にあいました??」

「……うまい!」


良かった!その言葉を聞いて、安心した。



「おかずの方は、からあげ、ウインナー、ミートボール、卵焼きなど。あと彩りで野菜も少し入れてみました。卵焼きだけは二種類作りました。しょっぱいのと甘いの。うちでは卵焼きは甘く味付けするんですけど、周りはしょっぱい方が多かったんですよね」

「そうなのか?」

「お坊っちゃまはどっちが好きですか?」

「家で卵焼きなんて食わないし」


そうだった。オムレツは見たことあるけど、卵焼きはない気がする。料理長は作らないのかな?でも、前に聞いた時は作る時もあったって聞いてたけど。

紙皿に割箸でつまんだおかずを何個か乗せて、お坊っちゃまに新しい割箸と一緒に渡すと、お坊っちゃまは「どれもうまい!」と喜んでくれた。



「なら、良かったです…」


二人で食べたお弁当は、あっという間になくなってしまった。お坊っちゃま、朝はちゃんと食べてたはずなのに、食べてないんじゃないかって勢いでなくなったんだけど。
持って来たお茶をコップに注いで、お坊っちゃまに渡す。それを飲み干してから、私は話しかける。



「お坊っちゃまと出会って、もう一年が経つんですね。早いなー」

「まだ一年しか経ってねェのかよ。もっと長くいた気がしてた…」

「私もですよ。一年、色々ありましたからね」


一年間にあった出来事を思い返す。
今年は平和に過ごしたいけど、そうも行かないだろうな…。



「お坊っちゃまも4月から六年生ですね。そうなると、来年は中学生か…」

「学年上がるだけじゃん。オレがオレであることには変わらねェし」

「それはそうですけど」


もう少し大人っぽくなって欲しいな。結構、泣いてることが多いから。お坊っちゃまを泣かせてるのは私なんだけど。



「また来年もここに来ましょうか?」

「本当!?」

「はい。またお弁当箱にお坊っちゃまの好きなおかずを入れて、ここで食べましょう」

「約束だからな!」

「それなら指切りでもしましょうか?」

「いいぜ!」


私達は互いの小指を絡ませて、指切りする。



「指切りげんまん。うそついたら、針千本のーます。指きったー!」


そう言って、小指を離す。すると、お坊っちゃまが私に向かって言った。



「オレ、来年だけじゃなくて、毎年二人でここに来たい!」

「うーん、その先のことはわからないですよ」

「何で!?オレ達ずっと一緒にいるんだろ」


お坊っちゃまの中のずっとはいつまでなんだろう?流石に前に約束したとは言え、ずっとは無理だ。私もいつまでも屋敷で働いているか、わからないし。
お坊っちゃまが16歳になる頃には、私はあの邸にはいない可能性が高い。それに…。



「お坊っちゃまにだって、私よりも一緒にいたいという子が出てくるかもしれないんですから。婚約者が出来てもおかしくないですよね?」

「それはそうだけど。お前以外に一緒にいたいってヤツはいるわけねェじゃん…」

「お坊っちゃま、何か言いました?」

「何でもねェ!ともかく約束は絶対に守れよ!アリス」

「わかりました」


そう二人で交わした約束。

いつか過去を振り返った時に今日という日が懐かしく感じる時が来るのだろうか。

そんなことを考えながら、私は桜を見上げた。





【END】
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