Nightmare and Reality
「……………ちっ、夢か。あの男を仕留め損ねた…」
舌打ちし、起き上がろうとしたが、誰かに邪魔をされて、起き上がれない。
隣を見れば、くすくすと笑い、妖艶な笑みをするヒスイがいた。
「……ヒスイ」
「珍しく魘されていたわよ?アメジスト」
「腹の立つ悪夢を見たせいだ」
「その夢にラピスラズリやマチェドニアくんがいたんでしょう?」
俺は何も答えなかった。
だが、それでわかったのだろう。ヒスイは俺を抱きしめると同時に、俺の頭を撫でる。
「イイ子、イイ子ー♪」
「俺は子供じゃないんだが?」
「私からしたら、子供よ」
「歳は一つしか変わらないだろう?」
「歳はね。でも、アメジストの頭を撫でても怒られないのは、私だけでしょ?」
ヒスイは、グレンとマシロの母親でもある。仕事で忙しい合間を縫って、二人とはよく会っているらしい。
同じ母親でもガーネットとは大違いだ。アレは完全に子供を俺と会う道具にしていただけ。だから、俺が四人を引き取った。引き取ってからは、ボルドーやサルファー達に任せっきりだったが。俺もあまり他人のことは言えないか。
「アメジストは再婚しないの?モモが亡くなって、随分経つわよね…」
「再婚する気はない。ヒスイの方こそ、結婚しないのか?」
「私もする気はないわね。結婚してないけど、二人の子供もいるし。でも、今付き合っている人から、何度も結婚してくれって言われているのよね…」
「あのカメラマンか?」
「ううん。そのカメラマンとは、もう別れたわ。後から聞いたけど、あの人、私と別れた後に色んな女の子に手を出したみたいで、その中に既婚者の子がいたらしくて、その旦那から訴えられたのよ。今では仕事も一件も来ないらしくて、開店休業状態…」
「それで今の相手は?」
「今は8つ下の俳優の子よ。結構、人気でテレビにもよく出てるんだけど」
「テレビはニュースくらいしか観ないからな」
「相変わらず、そこは疎いのね。一年前、舞台で一緒になって、舞台が終わってから告白されて、付き合い始めたの。最初は楽しかったんだけど、だんだん束縛がひどくてね…」
余程束縛が強いのか、ヒスイがげんなりとしていた。元からヒスイは、縛られることが嫌いだからな。
「あまりにひどいなら、俺のことを出せばいい」
「え?そこまでは…」
「構わない。それに何かあれば、うちには優秀な弁護士もいるからな」
「………そうね。困ったら、あなたを頼ることにするわ。ありがとう」
ヒスイが俺に寄り掛かって来た。おそらく自分で思っているよりも、かなり悩んでいたのだろう。
ヒスイとは、今もこうして会うことが多いが、恋人ではない。どちらかといえば、愚痴を言える存在。お互いに自分の内面を簡単に他人には明かせない。むしろ、相手を選ばなければならない。今の世の中、どこで誰が聞いているかわからない。仮に情報を聞かれて、週刊誌などに売られたら、困るのはこちらだ。
彼女と会う時は、毎回うちのグループが経営するマンションだ。この階のフロアだけは、関係者以外は入れないようになっている。仮にフロアに入れても、部屋に入るまでにパスワードや指紋認証などの色々なセキュリティが用意されている。入力を間違えれば、直ちにガードマンが侵入者を捕まえに来るだろう。
「アメジスト」
「何だ?」
ヒスイが軽くキスをしてきた。すぐ離れると、ヒスイは言った。
「私、彼と別れると決めたわ」
「プロポーズして来ているんだろ?」
「やっぱり私には合わないんだもの。結婚なんかしたら、モラハラ旦那になりそうだし。今もそれが見え始めてるじゃない?………それに」
「それに?」
「あなたを越えられるようなイイ男も見つからないしね!」
ヒスイの言葉につい吹き出す。こんなに笑ったのは、いつだろうか。
「お褒めにあずかり光栄」
「あら、本当のことでしょ?」
ヒスイの顔が近づいてきて、再びキスを交わす。今度は簡単に離れるようなキスではなく、深く激しいキス。キスをした後、ヒスイを押し倒して、抱き合う。
その後は二人でベッドで戯れて遊んだ。あの忌々しい夢を忘れるくらいに───
【END】
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