Nightmare and Reality
「アメジスト」
そう呼ばれて、振り返ると、ラピスがいた。
俺を見て、彼女は微笑む。ラピスが笑ってくれたのは、いつぶりだろうか。昔はよく笑いかけてくれたのに、あの男と知り合ってから、なくなったのか。
「ラピス…」
名を呼ぶと、ラピスの後ろから幼い子供が二人出てきて、俺の方にやって来る。
「パパ!」
「パパ」
男児と女児。男児の方は俺に似ていて、女児の方はラピスに似ていた。二人共、俺に笑顔を向けていた。そういえば、リクにもこういう時があったな。あまり構わずにいたら、近づくこともなくなったが。
「パパ!あそぼー!」
「だめだよ!ぼくが先!」
「わたしだもん!」
「あらあら。二人共、ケンカはダメよ?ケンカするなら、ママがパパと遊んじゃうんだから」
「だめー!」
「ずるいよ!ママ」
これは、昔、俺が思い描いた“未来”だ。
こうなると、当たり前に思っていた。今思えば、馬鹿馬鹿しいとしか感じない。俺も若かったのもあるのだろうが、実際にそんな未来は来なかった。
現実は残酷で、ラピスは俺との婚約を破棄し、俺の元からいなくなった。自暴自棄になった俺は、色んな女と遊ぶようになり、母親の違う子供が沢山出来た。
子供が出来ても、何とも思えなかった。可愛いという感情すらもない。ずっと俺の傍にいてくれたモモとの子供達でさえも、愛せなかった。
「パパ?どうしたの?」
「……………」
女児の方が何も言わない俺を心配そうに見上げる。隣にいる男児も、ラピスも俺を見ていた。
「パパー?」
「アメジスト?」
「………馬鹿げてる」
俺は鼻で笑い、そう呟くと、目の前の三人を睨みつける。
今更、こんな未来いらない。俺は、もう二度とラピスを手に入れることは出来ないのだから。
「そもそもお前が俺を捨てたくせに、都合が良すぎるだろ。ラピス」
「アメジスト?」
「お前は、俺を愛してくれなかった!俺はラピスだけを愛していたのに、それを裏切って、あの男を選んだ…。俺じゃなく、ルビー・マチェドニアを!」
そう叫ぶと、目の前のラピスは悲しそうに歪み、消えていった。
「ママが…」
「ママ!……パパ、なんでそんなこというの!」
「お前らも俺の子供じゃない!特にラピスそっくりのお前は、見ていて嫌悪感しか湧かない。今すぐ消えろ!!」
「………っ!」
二人の子供も悲しそうな表情を浮かべながら、消えていった。清々した。
だが、すぐに俺の目の前に女が姿を現す。
最初はラピスが再び現れたかと思ったが、違った。そいつは、うちの屋敷で働いているラピスとルビー・マチェドニアの娘のアリス・マチェドニアだ。
外見はラピスにそっくりが、俺を真っ直ぐ睨む紫色の瞳は、あの男と同じだ。
初めて会った時から、感じていた。この娘は、俺の邪魔でしかない。現にそうだ。今まで聞き分けの良かった息子達が少しずつ俺に反抗するようになった。更にはボルドーやサルファー、ノワール、ジョーヌからの様々な報告を聞く度に、この娘の名前が必ず出るようになった。
特に影響を受けているのが、ハルクだ。モモが亡くなって、反抗期だったハルクは、周りに迷惑をかけてばかりいたのに、あっさりとおとなしくなった。
しかし、代わりにその娘と問題を何度も起こすようになった。世話係につけた時から、ずっとだ。だが、悪いことばかりではない。今までろくに勉強もしなかったあいつが、あの娘との約束を果たしたいがために、高得点を取ることも何度かあった。
テストだけではなく、運動会で活躍しだすと、それを見た保護者達が自分の娘をハルクの婚約者にしてくれと言い出す者達も増えたほどだ。娘の方から言い出して、親に言ったのもあるだろうが。
そういえば、息子達も以前ならば、一緒に出かけことなど、ほとんどなかったのに、あの娘が来てからはちょくちょくと出かけるようになったという報告も上がっている。全員が仲良しというわけではないが、談話室やテラスなどで集まることが増えたようだ。
いつだったか、久々にうちに遊びに来たセレストも屋敷内が明るくなったと話していた。
しかし、あの娘が来たくらいで、そんなことはあるわけがない。最初、そう決めつけた。
だが、俺が認めなくても、周りにいる者達の表情が前とは違うことくらいはわかっていた。むしろ、変わらない人間を数えた方が早いくらいに…。
あの男と同じだ。ラピスも、コーラルも、アメトリンも変わっていった。父親と同じようにあの娘は、周りにいる屋敷内の人間を変えていく。その度にあの娘への憎しみが増す。
「……………本当に目障りな存在だな、お前は。いや、お前達、親子は」
「……………」
「俺の傍にいる者達を次々に変えらせて、正義の味方にでもなったつもりか?」
「………あなたは、かわいそうな人ですね。そういう言い方しか出来ない…」
その言葉についキレた。
俺は目の前にいる娘の胸ぐらを掴み、怒鳴った。
「お前に俺の何がわかる!!まだ二十歳にもならない小娘が!偉そうに俺をわかった風に言うな!!」
「……………」
娘から手を離し、その場を離れようと歩き出す。すると、背後から───
「あははは!本当にかわいそうだね、ドルチェは」
「っ!?」
一番聞きたくなかった奴の声がした。
振り返ると、そこにいたのは娘ではなく、憎き天敵のルビー・マチェドニアがいた。静かに睨み付けるも、あいつは俺を真っ直ぐに見る。
「……………」
「だから、おれにラピスを奪われるんだよ。かっわいそうに!」
マチェドニアが俺を嘲笑っていた。
その瞬間、一気に殺意が沸いて、殺そうと奴に拳を振り上げた瞬間、奴は消えて、俺はベッドの上にいた。
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