Maid Day
5月10日。今日は、メイドの日である。
去年、一昨年はたまたま休みだったから、そういうことがあったとメイド仲間の皆から話は聞いていた。聞いてはいたけど、まさかここまでとは思っていなかった。
「きゃああああ!」
「いやああああ!」
お坊っちゃまの部屋の掃除をしていた時、換気のために窓を開けていたら、悲鳴がした。窓から下を見ると、後輩のメイドの子達がライ様に追われていた。涙目になりながらも、必死に逃げていた。それを見て、私は初めて現場を知った。
あれが噂の“メイドの日の恐怖”、か。
確かに怖い。どうやら毎年メイドの日になると、ライ様がメイドを見つける度に、やけに露出の高いメイド服を持って、「これを着ろ!着ろ!」と迫ってくるそうだ。それが毎年5月10日に行われるという。メイドの日にちなんで。
「待~て~!お~ま~え~ら~、このメイド服を着~ろ~!い~ま~す~ぐ~に~!」
「ひっ!」
「化け物!!」
後輩達が更に逃げ足の速度を上げた。人間、やっぱり危険を察知すると違うわね。
しかし、ライ様の持ってるメイド服、特注かしら?メイド服には見えづらい。でも、エプロンはついてるから、かろうじてメイド服?それにしても袖の部分は透けてるし、胸元も開いてる。スカートも短いし。あんなの着て階段を歩いてたら、下着が丸見えだよ!
「またメイドを追っかけてんのか、ライのヤツ」
「お坊っちゃま。お帰りなさい」
外を眺めていたら、お坊っちゃまが帰って来た。どうやら下の騒動を見たらしい。
「そうみたいですね…」
「アリス。お前、今日は夜まで部屋から出るなよ」
「え、それは…」
出来れば、私もお坊っちゃまの部屋で隠れていたいけど、無理だよ。仕事はまだあるし。
「………わかった。お前が部屋から出る時、オレもついてく」
「それは、流石に申し訳ないので…」
「ライに襲われてェのかよ!」
「違いますよ!嫌に決まっているじゃないですか!」
「じゃあ、どうすんだよ!」
「アガットさんに頼…」
「アガットなら、ノワールに呼ばれて、今日はもうこっちには来ないぞ」
「え!?」
───ということで、私は今、お坊っちゃまと共に廊下を歩いていた。
洗濯室にお坊っちゃまの洗濯し終えた服を回収しに行き、それらを無事に受け取って、これから部屋に戻るところだ。今のところ、ライ様とは遭遇していないが、油断は禁物である。
「ライ様はあのメイド服を誰かに着てもらったら、満足するんですかね?」
「アリス。お前、まさか着たいのか!?」
「違いますよ!着たくないです。毎年メイド服を持って、メイド達を追いかけると聞いたので…」
「メイド服を着たら、最後ヤられるぜ」
「やっぱりそれが狙い…!」
何て恐ろしいんだ。早く今日が終わって欲しい。私、無事に部屋まで戻れるかしら。本館から、使用人用の屋敷まで地味に距離あるんだよね。
「相変わらず君達は、一緒なんだね。仲が良いね…」
「……………げ」
そんな声がして、振り返ると、カルロ様がいた。どうやら帰って来たところらしい。
「カルロ様。これは……用心棒というかですね」
「ライがメイド服持って、うろついてんだよ。アリス一人だと狙ってと言わんばかりだから、オレがコイツの護衛してんの!」
「メイド服?……あー。今日は例の日か。なるほど。だから、アンバーも屋敷に戻って来るなり、俺から離れて、スマルトのところに行ったわけか」
「そうなんですか?」
「メイドの子達が怯えていたから、それを見たアンバーが「妹が心配だから、離れます」ってね。彼女なら、他の子達と違って、ライを返り討ちにしそうだけどね」
カルロ様が笑って、そう言った。
確かにスマルトなら、やりそう。絡まれても、平然として、「私よりもライ様が着た方がいいんじゃないですか?そんなライ様を見て、欲情する方がいるかもしれませんよ」とか笑顔で言いくるめて。
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