Horror Night
ある夏の日のこと。
「お坊っちゃま、私はこれで上がりますので。また明日。それでは失礼しま…」
ガシッ。
帰ろうとしたら、お坊っちゃまに腕を掴まれた。え、何??
「お坊っちゃま?」
「……」
「どうかしたんですか?」
「お前、怪談話とか平気か?平気だよな!ホラー映画も観れるんだし」
怪談話??何故、そんなことを聞いてきたんだろうか。
「平気ですよ。ホラー小説とかもたまに読んだりしますし」
「……」
あれ。黙っちゃった?でも、私の腕は離さないままだ。取り合えず、お坊っちゃまが話すのを待つことにした。
「夕食の時に最近、暑いから涼しいことをしようって、タスク兄がいきなり言い出したんだ。そしたら、夏だから怖い話でもしようって話になってさ」
「タスク様が発案者なんですか。そういえば、ホラー映画を鑑賞した時も泣く泣く不参加でしたよね」
「タスク兄もその辺はお前と嗜好が似てるからな」
違うわよ!私、タスク様みたいにホラー映画を見て、大笑いしたりしないわよ!
「タスク様と一緒にしないでください!お坊っちゃま、何故参加するんですか?どちらかといえば、大嫌いですよね?」
「……」
お坊っちゃまが無言になった。これは強制参加させられたのか。
「参加したくなかったけど、不参加はダメって言われて、ついお前を連れてくって言ったんだ!」
「許可は下りたんですか?」
「簡単にな。お前も来ていいってさ」
タスク様、絶対面白がったな。
それに私、明日は休みじゃないんだけど。徹夜は困るな。でも、行かないと、お坊っちゃまがな…。
「わかりました。私も参加します。一度、向こうに帰ります。23時までには、こちらに戻りますので」
「絶対に来いよ!」
──そう言われていたのに、ベッドに少し横になった瞬間つい……眠ってしまった。
気付くと、時計は2時を回っていた。
「あぁ……やってしまった……」
……お坊っちゃまに何を言われるか……
下手したら、脅されて……何をされるか分からない。
そうだわ! もし脅されたら……ホラー話で撃退しよう。
うん、それがいいと思う!
部屋を出ようとして、ハッとした。
時間的に向こうへ行く通路に鍵が掛かっているんじゃ……
その時だった。
「アリス、起きてんの?」
タスク様の声だわ。
私は慌てて、ドアを開けた。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「アリスこそ。時間、とっくに過ぎてるけど」
「それが──」
「寝落ち、な。まあ、仕方ないんじゃないかな。けど、責任は取るんだな」
「責任?」
タスク様が視線を落とすと、弱々しいお坊っちゃまがいた。
「カルロがカチカチ山をホラー混ぜて話して、ライがイケメンをヤったって話をホラーチックに話して……トドメは、アレか! リクが恋バナを──」
「え! リク様の恋バナ!? ホ、ホラーすぎます……!」
「……何でだよ」
り、リク様の恋バナ……
聞きたいような、聞きたくないような……
「……何か誤解が生まれないように言うけど、ストーカーにあったっていう、リアルなホラーなやつ」
「え! リク様は無事だったんですか!?」
「だから、話してんだって。無事じゃないのは、こっち。だから、後はよろしく」
そう言って、タスク様はお坊っちゃまを置いて行ってしまった。
「あの……お坊っちゃま?」
「ふぇ……怖い……怖いよぉ……」
「………………ホラーだわ」
今のお坊っちゃまが一番ホラーよ……
「じゃなくて、どうしたらこんなになっちゃうんですか!」
取りあえず、お坊っちゃまを落ち着かせようと話を聞くことにした。
例のカチカチ山から始まって、少しうとうと……
はっ! リク様の恋バナ!
「……でね、パンツを奪ってやった……とか、お揃いんだよ……」
これは……ライ様の……?
恐ろしく聞きたくない話だった。
しかも、どうやらリク様の話は終わってしまったらしい。
話が終わっても、メソメソなお坊っちゃま。
時間も時間とあって、何かをしないと眠ってしまいそう……
けど、このお坊っちゃまは流石にほっとけない……
そう思った私は──
「お坊っちゃま、パンケーキ作ったら食べますか?」
こんな状況じゃ無理ですよね。
「おう、食べる!」
「こんな時間に食べたら太り……えぇ! 食べるんですか!」
「お前が言ったんだろ! ってか、何が23時には来るだよ! 来たのは悪の使いのタスクだったじゃねェか!」
……お坊っちゃまが戻った。
さっきとは……別人すぎる。
ホラー現象!?
「生クリームとアイス、忘れんなよ」
「……分かりました」
とは、言ったものの。
いつものお坊っちゃまに戻った安心感からか……
「おい! アリス! 何寝ながら作ってんだよ! それ、アイスじゃなくてポテサラ! しかも生クリームじゃなくて、マヨネーズだっての!」
「…………むにゃむにゃ……ホラー……だわ……」
朝起きてから、お坊っちゃまの機嫌は凄まじく悪くて。
ご機嫌取りにパンケーキを作ることを提案したら、余計に機嫌が悪くなった。
……どうして?
「なあ、ハルク。今夜はコレ、一緒に見よう! “トイレのバタコさん”ってんだけど」
そんなお坊っちゃまをタスク様は一瞬で震え立たせたのでした。
〈Horror Night-ホラーナイト-〉
END.
(2024.01.21)