Repay a Debt
「おかえりなさい。お坊っちゃま」
「……」
部屋に入るなり、アリスがオレを出迎える。それをただ見ていたら、アリスが首を傾げた。
「どうかしました?」
「……別に」
「なら、いいんですけど」
そこへドアをノックされ、返事すると、使用人の女が現れた。
「失礼します。アリス。ちょっといいかな?」
「ソオ。うん、大丈夫だよ。……お坊っちゃま、ちょっと失礼しますね」
アリスが呼ばれて、部屋を出て行く。
オレはクローゼットの前に立ち、着ていた制服を脱いでは、ベッドの上にポンポンと投げ捨てる。適当な服に着替え終わっても、アリスは戻って来ない。何してんだ?そう思って、ドアの方に向かい、開けて、廊下を左右見てみると、少し離れたところにアリスとさっき来た使用人の女がいた。
「えぇ!?無理だよ…」
「そこを何とか。ね?お願い!アリスにしか頼めないの!」
「そう言われても…。うーん、仕方ない。ソオに借りもあるし。わかった。今回だけよ」
「ありがとう。じゃあ、皆に伝えておくね!」
話が終わったのか、その女は去っていく。
アリスはソイツに手を振りながら、見送っていた。オレはその背後から声をかける。
「何の話?」
「うわぁ!驚かさないでください!!」
「今、何話してたんだよ?」
「いえ、何でも…」
目をそらされた。
これ、絶対に何かあるな。
土曜日。
昼食が出来たと聞いたから、オレは向かおうとした。すると、アリスに呼び止められた。
「あの、お坊っちゃま!」
「ん?」
「私、今日は半休取っていますので、これで上がりますね」
「は?なんで…」
半休?何でだよ。いつもは20時くらいまでオレの部屋にいるじゃん。
「メイド長には許可をもらってますから。それでは、また明後日。失礼しました」
「ちょっ…アリス!」
呼び止めても、アリスは部屋から出て行ってしまった。
昼食を終えて、部屋に戻ると、アガットがいた。オレが戻ったことに気づくと、アガットは優しく声をかけてくれた。
「お坊っちゃま。お帰りなさい。何かありました?」
「アリスが半休とか言って、帰りやがった…」
「そういえば、昨日そんなこと言っていましたね」
「オレ、聞いてねェ…」
アイツ、アガットには昨日話してたのかよ。オレには、さっき話したくせに…。
「聞いたら、お坊っちゃまは反対するからじゃないですか?」
「だって、オレの世話係なんだから、優先して欲しいし…」
「お世話係ですからね。でも、いつもは大変ですから、たまにはお休みさせてあげないと。アリスさんだって、倒れてしまいますよ?」
「無理はして欲しくはねェけど…」
嫌な予感しかしねェんだよ……
その時、オレの電話が鳴った。
「コウ? 電話なんて珍しいな……え? 頼みごと?」
『本当は僕が行くべきなんだけど、昼間食べた生牡蠣に当たっちゃったみたいで……』
「分かった。そんで、内容は?」
『友達の友達の友達の友達の初デートに付き合ってやってほしいんだよ』
「Wデートってやつか」
『いや、恋人として』
「……はあ!? 彼氏役かよ」
『いや、その逆な』
「断る──」
『いやぁ、助かったよ。待ち合わせは1時間後で──』
“分かった”って言ったよね?
これで押しきられてしまった。
あの使用人じゃねェか。
しかも隣の男……男?!
いや、あれは──アリス!?
男装してるけど、アリスじゃねェか!
動揺するオレにアリスも気付いたのか、アリスまでも動揺しはじめる。
いや、まずいだろコレ!
「悪い! いや、悪いわね! トイレ行ってきますわよ!」
「私……いや、オレもお手あら……トイレ!」
オレとアリスはトイレに向かい、全力疾走。
トイレの前まで来ると、お互いに息絶え絶えに口を開いた。
「あ、アリス! 何やって……んだ……よ!」
「お、お坊っちゃまこそ……そ、そんな趣味が……あったなんて……」
「ちげェ! コウに頼まれたんだよ! お前こそ、男女なんかしやがって」
「私も頼まれたんです! ソオには借りもあったから」
「そいつとは親しいのか? あんま見ねェ顔だったけど」
「使用人として働き始めてから、入退院を繰り返していたみたいですよ」
「身体、弱いやつなのか?」
「いえ、他の理由みたいですよ。お坊っちゃまこそ、珍しいタイプのお友達じゃないですか」
「いや、初対面。しかも、数分前にな」
「お互いを知らないで恋人役ですか」
「どうだ? ハイレベルだろ?」
「どうでもいいハイレベルで胸を張らないで下さいよ、恥ずかしいですから」
「何だと!」
「さっき」
「え?」
「ソオが言ってたんです……今日のデートは何としても成功させたい、って」
「どう言うことだ?」
「ソオにとって、あの子は他人ではなさそうなんです」
「ワケ分かんねェんだけど」
「お互いに探りを入れて、時々こうして落ち合いましょう!」
「だな。目的、見えねェし」
とは、言ったものの……ベニとソオって言ったか? 二人は一言も発しない。
すげェ、気まずいんだけど……
それはアリスも同じらしく──
「お坊っちゃま! さっき、お手洗いに行ったばかりですよ!」
「お前こそ! ってか、気まずいんだよ! デートってこんなに暗くていいのかよ!」
「よくないですよ! だから、お坊っちゃま! 何とかして下さい!」
「オレなのかよ! アリスこそ!」
「無理ですよ! ソオ、相槌しか……もう、こうなったら私達で場を盛り上げましょう!」
「分かった、そうしよう!」
──と、いうことになったのだが。
「うちのメイド、珍しく塩と砂糖ではなく砂糖と小麦粉を間違えて使ったんですよ」
おいおい、アリス!
それ、この前の自分の自虐ネタじゃねェか!
珍しくアリスがやらかしたやつ。
結果的に別の美味い新しいお菓子が出来たってやつ。
けど、待てよ。
これなら盛り上げられるぞ、オレ!
「これって、アレだよな? じゃなくて、アレですわよね? 新しいお菓子が出来ておかしい~! っていう……」
無論、二人の反応は全く無し。
オレとアリス、二人で盛り上がっているだけ。
誘ったやつ、頑張って盛り上げろよな!
「はぁ……お坊っちゃま、何回目のお手洗いですか?」
「お前こそ! 軽く20回超えてんじゃねェか!……ってか、つまらなすぎだろ!」
「私、早く帰りたい……」
「オレもだよ」
と、何となく二人を見た。
「おい、アリス」
「何ですか?」
「あの二人……何か話してねェか?」
ベニとソオは何やらポツポツ話していた。
「本当ですね。しかも、楽しそうじゃないですか?」
「え? 二人、無表情だぞ?」
「何、言ってるんですか。笑ってますよ」
オレの目がおかしいのか、笑ってるようには全く見えなかった。
だが、話は途絶える気はしなかった。
「もしかして、ソオが前にいた職場って……」
「かもしんねェな」
「……何だかんだ、あの二人──」
オレとアリスは顔を見合わせて微笑んだ。
「さて、と。帰りましょう、お坊っちゃま」
「だな」
オレとアリスは、すっかり忘れていた。
「あら。変わったデートしてたのね」
スマルトとかいう使用人に言われて、ハッとした。
オレとアリスが必死に格好含めて弁明すればするほど、そいつはニヤニヤ笑うのだった。
けど、この事が屋敷内で広まらなかったのは彼女の口が固かったからだ。
そこは感謝だな。
〈Repay a Debt-借り返し-〉
END.
(2024.01.20)