Macaron
「見て見て!ハルク。このマカロン、良くね?」
談話室にいたら、突然、タスク兄に雑誌を見せられた。そのページには、色とりどりのマカロンが並んでおり、よく見ればホワイトデー特集と書いてあった。もうそんな時期か。
「これ、リコリスにあげんの?」
「リコリス以外にオレが誰にあげんだよ!お前こそアリスに渡さねェの?」
「バレンタイン、もらってねェし」
「今年もかよ。メイドは渡しちゃいけねェってヤツか。アリスは変なところで真面目だね。あんなの守ってんのアリスだけじゃん」
「そうなんだよ。未だに守ってるし。でも、オレにはくれないのに、アガット達には渡してんだよ!アイツ…」
オレに言われるのを警戒してか、アリスは仕事終わりにアガット達専属執事のところに作ったチョコをわざわざ部屋の方にまで渡しに行っているのをオレは知ってる!ずるくね!?
「てか、バレンタインに渡しちゃいけないんなら、本来はお前にも菓子は作っちゃいけねェんだけどな」
「やだよ。ボルドーに言って、やっと週二にしてもらったんだぜ!」
そう。少し前まではアリスのお菓子をもらえるのは、週一だったのを、週二にしてもらった。
そのために試験で良い点数を取って、ボルドーやサルファーに見せて、ようやく許可をもらった。アリスにも見せたら、「お坊っちゃま、すごいですね!」と誉めてくれたものの、「毎回こうならいいと思うんですけど。続きませんよね…」と余計なことを言ってきやがった。
「お前、そのためにすげー勉強して、学年トップ10に入ったんだもんな!キクちゃんが喜んでたぜ」
「キクちゃん??」
「お前の担任だろー。オレ、去年はキクちゃんが担任だったんだよ。今も職員室行く時、たまに喋るんだけど、今までの結果の差を見て、すげー落ち込んでたぜ」
「あー。最初は赤点ギリギリだったからな。去年の期末はすげー勉強して、良い成績取れたから。どおりで終業式の成績表を渡す時に変な顔してたのか…」
「お前が頑張る時は、ほとんどがアリス関連だからな。アリスいないと頑張れねェもんな!」
「……出来るし」
「出来ねェよ。お前は」
タスク兄に真顔で言われた。
「弟達、何を楽しそうに話しているのかな?」
「グレンだ。ここのマカロンを買いに行きたいって話してたんだ!」
タスク兄がグレンに雑誌を見せる。それを見たグレンは、笑って答えた。
「ここか。車ですっ飛ばしてけば、行けるよ。連れて行ってあげようか?」
「運転は?」
「もちろんお…」
「アガットに頼むからいい!」
「オレもそれがいい!」
「えー、ひどくない?」
「「ひどくねェ」」
グレンの運転する車にだけは乗りたくねェ!こんな温厚そうに見えても、コイツはひどい運転をするから、誰も乗りたがらない。あのライでさえ、最初は楽しんでいたが、乗り終えた後には「二度と乗らねー!」と嫌がっていたぐらいだしな。
「(グレンの運転じゃ着く前に自分の身が危ねェ…)」
「(遊園地のアトラクション以上にスリルがありすぎて、怖ェからな)」
オレとタスク兄は、グレンに聞こえないように小声で頷き合う。
と、その時。
リク兄が外出着で出かけようとしているのが見え、タスク兄が声をかける。
「リク兄。どこかに行くの?」
「うん。カルロ兄さんが今話題のマカロンの店に行くって言うから、一緒に行こうかと思って」
「そこって、ここの…?」
タスク兄がリク兄に雑誌を見せた。すると、リク兄は頷く。
「うん。そうだよ」
「それならオレも行く!」
「オレも」
「俺も行こうかな。暇だし。リク、人数は増えてもいいのかな」
「大丈夫だよ」
「だよね。カルちゃんだし、いっか!」
というわけで、オレ達は一度、部屋に戻り、出かける準備をして、玄関へと向かった。
オレ達4人が揃って、玄関を出ると、丁度カルロの乗る車が停まり、降りてきた。
「リク。準備は出来……何か人数が増えてるんだけど」
「タスク達も行きたかったんだって」
「タスク達?タスクとハルクはわかるけど、グレンも?」
「暇だからね。来ちゃった!」
「だろうね。予定あれば、家にいないのに。人数が増えると思ってないから、車を変更しないと」
カルロがそう口にしていた時、たまたま外から帰って来たライとドラがやって来た。ちなみにドラは車、ライは歩きで帰宅。
「おまえら、何してんの?」
「どっか行くの?」
「ここに行くんだよ!」
タスク兄が持っていた雑誌を二人に見せる。ドラは興味なさそうに「へぇ…」と呟く中、ライはそれを見て、何故か目を輝かせながら言った。
「おれも行きたい!」
『え!?』
その場にいた全員が驚きの声を上げた。それはそうだろ。ライがこんなことを言い出すなんて、あまりねェし。もしかして、ライもホワイトデーのお返しでも買うのか?まさかな…。
「ダメなのかよ?」
「ダメじゃないけどさ、本当に行きたいのか?」
「行きたい!」
ライの参加が決定した。リク兄がドラに声をかけていた。
「ドラはどうする?」
「うーん、暇だから行こうかな。いい?リク兄」
「いいよ」
てっきり行かないと思っていたら、ドラも行くことにしたらしい。
「この車じゃ全員乗らないから、変えてくるよ」
「そうだね。ワゴン車にしたら?」
車を取りかえてから、オレ達はワゴン車に乗り込み、出発した。
一般道路から高速に乗り、サービスエリアにも寄りながら車を走らせること、二時間。ようやく高速を降り、一般道路を走る。
「うーん。ナビだと、この辺りなんだけど」
「見た感じ、それらしいお店は見当たらないね」
一旦、車を端に寄せて、運転席のカルロと助手席にいるリク兄が話をしている。どうやら探している店が見つからないらしい。
そこへ運転席の後ろにいたグレンが二人の会話に入る。
「さっきから思ってたんだけど、すごい行列が見えるよね。あれじゃないの?」
「え?」
グレンの指差した先にすごい行列が見えた。しかも、並んでいるのは若い男ばかりだ。20代くらいが一番多いが、10代や30代といった姿もある。
「えー。あれに並ぶの?」
「並ばないと買えないなら、並ぶしかないな」
カルロが駐車場に車を置きに行くから、オレ達は先に列に並ぶことになった。
しばし歩いて、列の最後尾に辿り着く。
「すっごい人…」
「しかも、男しかいないじゃん」
「ほらほら、弟達。文句行ってないで並ぶよ!」
オレ達が並んだ後も続々と並んでいく。すげーな。
「ここの店、全員が買えるわけじゃないみたいだね。抽選になるって書いてあるよ」
「僕達、全員落選もあるだろうね」
「来た意味ないじゃん!」
「一人でも当たってれば、そいつに託せばいいんだよ!」
「てか、ライは?」
「後ろ」
振り返ると、ライが後ろに並んでいた男と仲良く話していた。どおりで静かと思ってたんだよな。
「マジ?じゃあさ、時間まで遊ぼうぜ!うちの兄弟達がいるから、少し抜けても問題ねーし」
しかも、相手も満更でもねェらしい。マジかよ。
そこへ車を置きに行ったカルロが戻って来た。
「ライはここでもナンパか…」
「これまたおとなしそうなタイプだし。タイプが変わったの?」
「今の気分がおとなしいのだったんじゃね?てか、知り合いのカイトに似た感じじゃん」
「カイトか。彼もメイドの子と仲良いよね」
「エレナだろ?彼女も確か18くらい…。お前を含めて、その年代の男子は年上タイプが多いね」
何でオレを見ながら、言うんだよ!カルロのヤツ。
「サキトも仲が良い女がいたぜ。こないだリコリスと出かけた時に見かけたし」
「じゃあ、セレナさんかな。サキトがまともに話せるのは彼女だけだし」
「身分差あると、燃え上がるんだろうね」
「アイリスさんは、うちの父さんとは違って、反対はしないんじゃないかな。」
「絶対ねェよ。うちもアイリスみたいな優しい親父が良かった」
「けど、うちの父さんがアイリスさんみたいだったら……逆に大変なんじゃないかな」
「想像も出来ねェ……」
「そうこうしてるうちに順番が来たみたいだよ?」
それぞれがくじを引くが、まさかの全員はずれ。
「……ぜ、全員?」
「こんなの納得いくかよ! 一般人ならともかく──」
「ハルク、それ以上は言ったらダメだ」
タスク兄に言われて、ハッとする。
「悪りィ……俺、ついカッとなって……」
「けど、これは何かあるね。数十人前からだよ、はずれ続き」
「リクもそう思うか。探る必要がありそうだな」
そう言うと、カルロはどこかに電話を掛けた。
暫くしてドラとライが戻ってきた。
「ドラ、御苦労様」
「……ったく。噂に聞いていた、ナンパさんの仕業だったよ。軽くお仕置きしといたけど」
「お仕置き?」
ドラはライをチラッと見た。
ご機嫌なライを見ると、大体の予想がついた。
「……結局、マカロン……買えなかった」
「今から別のお礼を探すのもね……ライみたく身体でお礼をするしか──」
「カルロ兄さん?」
か
「冗談だって。けど、本当にどうしたものか」
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