Sweets Power
ある夏の日の夜。
私は、使用人用の食堂でぐったりしていた。
部屋にもエアコンはあるが、食堂の方が涼しいせいか、食事が終わってもそこにいた。
本来なら食事が終わってからも、お坊っちゃまのところに行かないといけないが、夏の間だけは7時までと決められていた。
私は行かなくて済んで助かったが、お坊っちゃまは怒っていたのよね。
私に文句を言われてもね…。
「外は暑い。この暑さで干からびる…。でも、ここは天国だー!」
「あんたね…。ダラダラしてないで、シャキッとしなさいよ!」
「無理だよ。この暑さには人間は耐えられない…」
「あ、リク様!」
「ええっ!?」
慌てて起き上がり、前髪を整える。
しかし、リク様の姿はない。
それに今、私がいるのは使用人用の食堂だから、リク様がいるはずない。
「ベゴニア、ひどい!リク様、いないじゃないの!というか、ここに来るわけないのに…」
「相変わらずリク様には敏感に反応するわよね」
「だって…」
「あら。それがアリスでしょ?」
今まで黙っていたスマルトが言った。
スマルトは初めから私の隣にいた。
何故、今まで黙っていたのかは───
「スマルト。あんたはあんたで、よくその量が入るわね…」
「すごい。この暑さでそんなに食べられないよ…」
「あら、この暑さだから食べないと持たないのよ」
そう言いながら、スマルトはパクパクと箸を動かし続ける。
夕食は一緒に食べていたのに、スマルトはまだ食べたいと大盛の温かいうどんを食べていた。
他にも大量のからあげがテーブルの上に置いてある。
夜にこれだけ食べたら太るんじゃないの?
スマルト、太らない体質なんだっけ?
羨ましい!
「これでも寝る三時間前は、食べないようにしてるわよ」
「そうなの?」
「ええ。前に寝る前にお腹が空いたから、食べたのよ。そしたら、お腹をこわしてしまって。それ以来は寝る間際は食べないようにしたの」
「スマルトでもお腹はこわすのね」
「そういうのは無縁だと思ってたよ」
「あら、私だって、人間なのよ?アンドロイドやサイボーグじゃないんだから」
そう言われても、スマルトなら信じちゃうよね。
こんなにキレイな顔してるんだし。
ベゴニアもキレイだし。
リコリス様は可愛いし。
私の周り、美少女が多いから、にやけてしまうわ!
「そういえば、今日から兄弟達は避暑地に行ったのよね?」
「そうだよ」
今日からお坊っちゃまは、屋敷にはいない。
しばらくは世話係からは解放された。
でも、リク様もいないのよね。
ご兄弟全員、別荘に行ったから。ご当主命令だったのもあるし。
執事長やメイド長達もいないし。
「アリスは行かなくて良かったの?」
「うん。今回は執事長やメイド長が指名した子達が同行してるからね。向こうに着くまで、お坊っちゃまには伝えないように言われたけど」
ずっと黙ってるのしんどかったわ。
お坊っちゃま、やたら私に聞いてくるんだもの。
たまにアガットさんが気をそらしてくれたから、助かったけど。
「アリスを行かせなかったのは、婚約者候補と会わせるからでしょ?この子がいたんじゃ、ハルク様は絶対に離れないから」
「それは賢明な判断ね。ハルク様、絶対にアリスから離れないもの。候補の子達から見れば、どうして、私よりも使用人を選ぶの?…って思うわよ」
「えー。私、そこはちゃんと空気を読んで、席を外すよ。邪魔なんかしないのに」
「あんたが離れようとしても、ハルク様が離れないのよ!」
何で!?
でも、お坊っちゃま、毎回、街に一緒に買い物に行くと、ほとんど離れなかったな。
下着が買いたいと言えば、離れてはくれたけど。
それ以外は、離れなかったな。
あとはトイレくらい?
私に甘えてたのかな?
実は姉のように慕ってくれてたのかしら。
それなら、嬉しい!
♪♪~♪~♪~♪♪♪~
その時、スマホが鳴った。
この音は私のだ。
スマホの画面には、お坊っちゃまの名前が表示されていた。
「あれ?お坊っちゃまからだ。……はい。どうしました?」
『アリス。お前、何で来ねェんだよ!!』
出た瞬間に怒鳴られた。
耳を当ててなくて、良かったわ…。
「私は行かなくていいと執事長から言われたからですよ。お坊っちゃまにはアガットさんもいますし」
『お前は、オレの世話係だろ!ともかく明日には、そっちに帰るからな』
「だめですよ。一週間はそっちにいないといけないんですから。婚約者候補の子と仲良く…」
『そんなのいらねェし。絶対帰る!』
「もしも勝手に帰って来たら、お世話係を辞めますからね。執事長の許可もあります。それでも良ければどうぞ」
『…………わかったよ!いればいいんだろ。アリスのバーカ!!』
通話を切られた。
もう何だったのよ、お坊っちゃまは…。
「向こうに着いてから、アリスがいないと騒いだんでしょうね」
「今すぐに帰るような勢いだったわね。アリスが世話係を辞めると行ったら、引き下がったけど」
「執事長に言われたんだよ。お坊っちゃまが帰ると言い出したら、そう言いなさいって」
「執事長もアリスに連絡すると、わかってたわけね」
「そういえば、さっき兄さんから連絡あったけど、ご兄弟…タスク様以外の全員、夜に婚約者候補と会ったそうよ」
「タスク様も別荘に行ってるのね。唯一、婚約者がいるのに」
「リコリス様も近くの別荘にいるからだって、兄さんが言ってたわ」
「リク様も婚約者候補に会ったの?」
「当たり前でしょ。リク様は跡継ぎなんだから」
「ええ。リク様の場合、他の兄弟より多いみたい」
そ、そんな…!
わかっていたけど、わかりたくなかったー!
「アリスったら、目に見えて落ち込んじゃったわね」
「スマルト。あんた、わざとでしょ?」
「何のことかしら?」
「リク様に複数の婚約者候補がいるって、アリスに伝えたことよ」
「事実よ。後から知るよりは、今知った方がいいと思って。それにアリスの泣き顔、可愛いんだもの。ついいじめたくなるのよ」
「あんた、本性出てきたわね…」
「あら、私は別に裏表があるわけじゃないわよ?」
ニコニコ笑いながら食べるスマルトにベゴニアは、一人ため息をついた…。
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