Lemon




「きゃ、ごめんなさい」 


街中で偶然、ぶつかった女。


「余所見していて……あの、お怪我はありませんか?」


──情報通りだな。
見た目からも忌々しい。
今すぐ……この手で……

──溢れ出る殺意を押し殺し、笑顔で答える。


「ええ、大丈夫です。貴方こそ、大丈夫ですか?」
「私は……大丈夫です。ありがとうございます」


彼女は足を気にしながら言った。


「足、どうかしました?」
「少し捻ったみたいですが、歩けますし平気です」


この様子を少し離れた場所にいたノワールが気付いた。
だが、目で合図して待機するように伝える。


「少し休みましょう」


彼女を抱き抱え、ベンチへ向かう。


彼女の名前はアリス。
調べれば調べる程、嫌悪感ばかりが増す。
この女は楽には殺らない。
ルビーを苦しめるのに一番、格好な獲物だからな。


「アメジストさんは誰かと約束ですか?」
「……え?」


……偽名を伝えるつもりが、無意識のうちに名乗ってしまったらしい。

ルビーの……ラピスの……

憎しみのと……ほんの少しの別の感情が入り交じる。


「いえ、俺は花を買いに来たんです」
「花、ですか?」
「知り合いの誕生日なんですよ」
「わぁ、偶然ですね! 私も花を買いに来たんです」


彼女の笑顔はラピスそっくりで、どこかアイツにも似ていた。
それがまた、殺意を育てる。


「恋人へのプレゼントですか?」
「少し、違いますね……どうして、そう思ったんですか?」
「あ、すみません。正装だったので、何となく……」
「はは、服装ですか。貴女は?」


答えは分かりきっている。
“母”への弔い。


「母の誕生日なんです」
「そうだったんですね」
「もう、いないんですけど……」
「すみません」
「いえ、気にしないで下さい!……あの、良かったら一緒に花を買いに行きませんか?」
「……いいですよ」


彼女は花に詳しく、色々と教えてくれた。
俺には全く興味は無い事だが。


「素敵な花束になりますよ」


店員が満面の笑みで言った。
仕上がったものは、とても華やか。
彩り豊かの花束。


「素敵な花束ですね。アリスさん、ありがとうございます」
「とんでもないです! むしろ……色々と口出しすぎてしまって……」


そう言った彼女の手の花束は、俺のとほぼ同じ色合いだった。

その事に思わず笑ってしまう。
ふっ……俺としたことが……


「彼女さん、喜んでくれるといいですね」


店員のその言葉で一気に現実に引き寄せられる──
この女、あとでどうしてくれようか。



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