Experiment

ある日。



ドラ様に頼まれ、私は彼の実験を手伝っていた。

しかし、お坊っちゃまには言っていない。
内緒だ。
言うと、「お前はドラの世話係じゃねェだろ!」と怒られるからである。
お手伝いくらいしてもいいと思うのに。
心が狭いわね。

だから、掃除に行ってきますと言って、お坊っちゃまの部屋を出てきたわけで。
もう少ししたら、戻らないと私を探しに来てしまう。
それだけは避けなければ!


「アリス……本当に来てくれたんだ」
「ドラ様と約束しましたからね」
「う、うん……よし、はじめよう」


あれ?
もしかして、ドラ様……照れてます?
ふふ、可愛い。

その後のドラ様は……どことなく仕草がたどたどしかったり、危なっかしかったり……


「ドラ様、紙にはエチルベンゼンではなくて──」
「あ、危なかった……アリス、ありがとう」


そう言って、ドラ様は汗を拭う。


「これを入れて、っと……ふぅ、これで完成。後は少し時間を置くだけ」
「お疲れ様です、ドラ様。それで、これは何の実験だったんですか?」
「あぁ、これ? 虫達が少しでも永く生きられるようにって思ってさ」
「そうですよね……虫達の一生はとても短いですから……」
「うん……きっと、やりたいことたくさんあるよなって」


ドラ様は笑顔で言った。
私もそう思う……ドラ様って、すごく優しいんですね。
どっかの誰かさんも少しは見習ってほしいですけど。


「オレ、少し休憩してくる」


欠伸をひとつ、ドラ様は部屋を出ていく。


「いってらっしゃいませ」


ドラ様を見送って振り向く。

──あれ?
あれ?
あれれれれ?
何だか煙が……


「きゃ……息が苦し──」


これ、ただの煙じゃない……
首を締め付けられるような感触……
私は直ぐに意識を手放してしまった。


「アリス? アリスー!」


あら?
ドラ様の声。
しかも……すごく大きな声。
ドラ様ってこんなに大きな声を出すこともあるんですね。


「はい、わたしはここに──」


顔を上げると……天井がものすごく高いことに気が付く。
疲れているのでしょうか……


「どらさまー!」
「アリス!?」


声は聞こえるのに、ドラ様の姿が
見えない。
でも、ドラ様から私が見えてるんですよね?


「わたし、なんかへんなんですが」


言い終わると同時に体が宙に浮いた。


「うん。オレより小さくなってる。ほら」


ドラ様に鏡を見せられた。
そこに映っていたのは、幼い私だ。
ドラ様より小さいし。
見た目は小学生に上がる前くらいか。



「まずいです。このからだじゃしごとができません!」
「そのままでいいんじゃね?」
「よくないです!まずい!おぼっちゃまたちにしられたら…」


考えただけで恐ろしい!


「きっとアリスで遊ぶヤツは出るだろうね…」
「そうですよね。バレないようにしなくちゃ」
「残念だけど仕方ない、か……取りあえずボルドーとサルファーには話してくる。あとはオレが薬を完成させるまでは、あまりここから出ない方がいいよ。その姿を見られたくないんでしょう?」
「そうですね」


幸い、トイレとお風呂などの心配はない。

この部屋にあるみたいで、ドラ様も使っていいとおっしゃってくれたから。

服はドラ様のを借りたけど、少し大きいのよ。でも、自分のを着るよりはマシなんだけど。

問題は下着。
流石にドラ様のははけないし、男女で違うから。どうしよう。
流石に何も穿かないのも抵抗が…。



「ドラー」



そこにノックもせずに入ってきたのは、タスク様。突然だったので隠れる余裕もなくて。



「ん?誰…」
「わたしは…」
「…………オレとリコリスに子供出来たら、こんな感じか?」


そう言って、タスク様はニヤニヤと私を見る。


「タスク。オレに用なんでしょ?何?」



ドラ様が私を隠すようにタスク様の前に出てくれたが、明らかにドラ様の後ろの私に視線が向いてる。


「……なーんてな。そこにいるのアリスだろ?」
「……」
「ハルクがアリスがいないって、すげーうるさいんだけど」


はっ!忘れてた。

時間を見れば。お菓子を作る時間が過ぎている。でも、この姿じゃ作れない!どうしよう。


「そんな姿になってれば来れないよな。自分が世話する相手よりも小さくなってんだし」
「……」
「服も合ってないじゃん」
「それ、オレの服だし。今のアリスに合う服なんて持ってないから」
「ふーん。服はオレが何とかしてあげようか?」
「え?」
「リコリスなら昔の服とか持ってるだろうし。連絡してきてあげる」



そう言って、タスク様は出て行った。



「だいじょうぶですかね?」
「わかんねー。でも、タスクがメリットもなく、動くわけないと思う」
「たしかに…」


午後になって、本当に服が届いた。
というか、可愛い服ばかり。
こんなの着たことないし、私に似合うの?
下着は新品で何枚か入ってた。助かった。

ありがとう!リコリス様。まだ一度も会ったことないけど。

下着と一番シンプルそうな服を取って、着替えに行こうとしたら、タスク様に止められた。


「アーリス♪」
「あの、タスクさま…」
「アリス、これ着てよ」
「え?」


渡された服は、この中で一番可愛い服。いや、私に似合いませんから!


「このふくはちょっと…」
「リコリスに服を頼んであげたのは誰?」
「タスクさまですね。ほんとうにありがとうございます。たすかりました!」
「うん。なら、服もオレが選ぶ。アリスに拒否権はねーから!」


横暴だ!

渋々、私はその服を着ることになった。サイズはピッタリ。思ったよりは動けるが、似合うかどうかは別である。


「可愛いじゃん。似合う、似合う!」
「…ソウデスカ」
「メイズ。アリスの髪、服に合うようにして」
「いいっすよ。この服なら、サイドを上げるのもありっすね!」


メイズが素早く私の髪をいじる。てか、器用だね。


「え……魔法?」
「ん、なんすか?アリス」
「メイズ。なれてるなーとおもって」
「昔、施設で小さい子の髪をやってあげてたから。自分の髪もいじったりするし」


そうなんだ。

ん?施設。私、聞いて良かったのかな。


「別に気にしてない。施設は結構楽しかったからさ」
「え?」
「顔に書いてある。アリスの顔に」


私、顔に出やすいのかな。カルロ様にも言われたのよね。誰に似たんだろう。


「可愛い!一番可愛いのはリコリスだけど。それ着てると、リコリスにちょっとだけ似てるし!リコリスの妹にも見える。あ、写真撮らせて。リコリスにも送るから!」


タスク様!
鼻の穴、見たことないくらい広がってます!
私にリコリス様の子供時代を重ねてませんか!?


「ちょっ…」


止める間もなく、あっという間に写真を撮られた。タスク様、行動が早い。というか、カメラ、いつ持ってたの?


「一枚だけじゃつまんないなー。アリス、ここにある服、全部着て!写真に撮るから」
「ぜんぶ!?」
「そう。次はこれ。着て! ポーズはこう!」
「……ワカリマシタ」


次第に欲求はエスカレート。
タスク様に逆らえるわけないので、私はリコリス様から送られた服を全部着て、写真を撮った。
しかも、服を着替える毎に髪までその服に似合う髪型にもさせられた。
タスク様?
いつからカメラ監督になったんですか?

メイズは服を見るなり、すぐに服に似合う髪型にセットするし。本当にすごい。
気付けばメイクまで担当しているし……


「ほら、アリス! 次だよ、次!」


撮影会が終わったのは、数時間後。

私は疲れたので、気分転換のために外に出ることにした。
ドラ様には他の誰かに見つからないようにフード付きの服を渡された。
ありがたく受け取って、それを着た。


「やっぱり外はいいな…」


ドラ様に教えてもらった場所は、人が来ないところで、つい心地よくて、寝てしまった。


「………ん」


目を覚ますと、誰かの顔があった。

って、お坊っちゃま!?

何でおぼっちゃまがいるの!?
逃げなくちゃ。私は慌てて起き上がり、逃げ出そうとした。


「あ、待て!」
「なにかようでアルか?」


とっさに出た言葉がコレって、どうなのよ私!
さすがにコレは──


「お前、誰?何でここにいるんだよ!?」


え?
お坊っちゃま?!
気が付いてな──
それより、手が……っ


「いたい!はなしてください!」



子供の力だと侮っていたら、すごく痛い。
お坊っちゃま、容赦しなさすぎる。
私、今あなたより小さいんですよ!手加減、覚えて!


「ここがどこか知ってて、入ってきたのか?」
「えっと……」
「言わねェなら、警察呼ぶぞ!」

「あ、わ……わたしは……」


何でだろう……
お坊っちゃまは、お坊っちゃまなのに……
私、体だけじゃなく中身も子供になっちゃったの?


「ハルク、何してんの?」


「タスク兄!コイツが勝手にうちの屋敷内に入ってて…」


タスク様はお坊っちゃまの近くで小さくなっている私を見付けて、わざとらしく言う。


「アリス。外に出てたんだ」
「アリス?」


私とタスク様を見比べるお坊っちゃま。


「お前が今捕まえてるのがアリスだよ。ドラの実験薬を飲んで小さくなっちゃったんだって」
「は?アリスがこんな小さいわけねェし。しかも、この服、どっかで見たような…」
「ドラの実験の犠牲だって」
「……こんなことも出来んのかよ、アイツ」
「服はリコリスにもらった。着せてみたら、リコリスに少し似てるから妹みたいじゃね?さっき、リコリスにアリスの写真を見せたら、「可愛い!是非会いたいわ」って言ってたから、会わせようと思って、リコリスの予定を聞いてるところ。お揃いの服を着させたいって」


ちょっと待って。それはお人形にされそうな未来しか見えない!


「それまでにもどりたいんですが…」
「だめだめ。リコリスと会わせるまで元に戻らないで」
「えー」


私とタスク様のやり取りを、お坊っちゃまは呆然と見ていた。


「本当に……アリスなんだ」
「まんまアリスじゃん。ま、胸も縮んでるしな」
「ちょ、タスクさま!」
「ほ、ほんとだ……」
「おぼっちゃま、まじまじとみないでください」
「オレ……今のアリスもいいと思う!」
「だろ?」


じょ、冗談じゃないですって!
と、そこにアガットさんが走ってくる。


「ああ、いました! お坊っちゃま、今日は焼き魚が給食で出たと聞いたので……先にお風呂に……あ、この子は?」
「あがっとさ──」
「うっ……!」
「ど、どうした!? アガット!!」
「キュン死にします、お許しを……」


アガットさんは気を失った。
その顔はとても幸せそうに。

この件で、リコリス様との撮影会は中止に。
同時に、カルロ様にもライ様にもバレまして。
撮影会の話で盛り上がったのですが……


「すげェ萎えるんだけど」


何故か、ライ様の撮影会にシフトチェンジした。
助かった……のですよね?
時々、見てはいけない姿のライ様もいるのですが。

PS.撮影会に大興奮していたオーキッドはその後、人が変わったように働くようになりました。





〈Experiment-実験-〉



END.
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