Melody

生まれた時から、比べられた。隣にいる存在と自分を。


「やっぱりリコリス様は素晴らしいわね」

「それに比べて、あの子は…」

「仕方ないじゃない。リコリス様に全部持って行かれちゃったのよ」

「……」

うるさい。うるさい!


「リコリス様とアリス様って、全然似てないよな」

「リコリス様は可愛いけど、アリス様は可愛くないよなー」

「確かに!」

「……」

皆、大っ嫌い!!
どいつもこいつもリコリス、リコリスって、うるさいのよ。

同じ双子でも私達は一卵性じゃない。二卵性だ。そっくり似るわけないじゃない!

お父様もお母様もリコリスばっかり褒めて、私がいい点数を取っても“もっと頑張りなさい。リコリスはあなたよりもいい点数を取ってる”って、言うけれど、これ以上どう頑張ればいいのよ!!リコリスよりも高い点数を取っても、一度も褒めてくれたことないじゃない!

だから、私はそんな両親と会話するのも嫌で、必要最低限の会話しかしなくなった。使用人とも挨拶以外は話さない。私は部屋にこもるようになった。

そんな時、彼と出会った。
リコリスと比べられて隠れて泣いていた時、その人は声をかけてきた。知らない顔だった。でも、ちゃんと私に目線を合わせてくれた。


「どうかしましたか?」

「……」

「言いたくないなら、言わなくてもいいですよ。言いたくない時もありますから」

「……」

「僕がいると邪魔になるなら…」

そう言って、行ってしまいそうになるから、思わず彼の服の裾を掴む。

「……行かないで。一人は嫌なの」

「わかりました。お嬢様が望むのなら傍にいます」


他人で私に優しく声をかけてくれ、私のことをちゃんと気遣ってくれた人は初めてだった。それが嬉しかった。


それから学校を終えて、家に帰ると真っ先に向かうところがあった。
それは自分の部屋ではなく―――


「ただいま!リク」

「おかえりなさい。アリスお嬢様」


私が学校から帰ると、いつも彼は優しい笑みで私を迎えてくれた。
優しく、頭が良くて、そんな彼に勉強をよく見てもらっていた。今日も返された答案用紙をリクに見せる。


「前回よりも点数が上がってますね。すごいです」

「うん。リクが教えてくれたからだよ!」

「そんなことありません。アリスお嬢様が頑張ったからですよ」


そう言って、頭を撫でてくれた。私は執事である彼に恋をしていた。


「もう時期、専属の執事が決まる日ですね」

「そうだね」

「きっとアリスお嬢様に合う執事が選ばれますよ」


リクの言うとおり、そろそろ専属の執事を決める頃だ。お父様とお母様達が私達に合う執事を決めるらしい。どうせなら、好きに選ばせてくれればいいのに…。
私の執事なんて、リク以外になってくれないのはわかっているんだから。皆、私より他の姉妹達を選ぶに決まってるし。

リクが私の執事になってくれないかな…。


「どうしました?」

「ううん、何でもない…」

リクの部屋から出て、自分の部屋に戻ろうと歩いていた時、嫌なヤツの姿を見つけた。

「……げっ」

向こうが私を見つける前にさっさと立ち去ろう。しかし、その前に見つかってしまった。

「アリス。いつもオレの顔を見るなり、嫌な顔しやがって」


リクと同じく、一昨年からうちで働いている執事のハルク。私はこの執事がハッキリ言って苦手だ。言いたいことをズバズバと言ってくるし、暗いとかもっと笑えとか余計なお世話よ!何であなたなんかに笑わないといけないの。


「またリクのとこに行ってただろ?」

「どこに行ったっていいでしょ!」

「お前さ、リク以外のヤツに対して差がありすぎじゃねェ?」

「差があって当然でしょ!リクだけだもの。私のことをわかってくれるのは…」


リク以外の執事なんて大嫌い。みーんな私とリコリスを見て、比べるんだから。私のことをちゃんと見てくれるのは、リクだけだ。
比べるのは、リコリスだけじゃない。他の姉妹とも比べてくる。同じ姉妹なのにって…!


「もっと話せば、中にはお前のことわかってくれるヤツも…」

「別にいらないわ!早くあっち行ってよ!!」

「可愛くねェ…ガキ」

「あなたなんかに可愛く思われなくて結構!」


私はそこから逃げるように走り去る。

最悪。あの執事!他の執事は絶対に話しかけて来ないのに、あいつだけは顔合わせる度に話しかけてくる。もう放っておいて欲しい!



「またアリスに話しかけてたの?懲りないね…」

「カルロじゃん。旦那様の秘書がこんなところにいていいのかよ?」

「休憩だよ。たまには休まないとね」


「アイツ、さっきまでリクのところにいたんだろうな。ニヤニヤしてやがったから」

「アリスはリク以外の執事が嫌いだからね。心も開かないよ」

「何でだよ?」

「ほら、ここにはアリスの他にも女の子達がいるだろ?よく比べられちゃってね…」

「あー、なるほど。それでひねくれてんのか、アイツ…」

「特に一番近い存在のリコリスと毎回比べられてるからね。彼女はリク以外の執事にも挨拶以外、会話もしない。だから、君くらいだよ?平気でアリスに話しかけるのは」

「オレ、挨拶されたことねェけど」

「それは嫌われてるね」

「リコリスと比べれば、確かにアイツは暗いけど。それ以外、そんな大した差はねェと思うけど?」

「へぇ、君はそう思ってるんだ」

「お前は?」

「僕から見ても、ここの子達は同じようなものだよ。アリスもリコリスも他の女の子達もね。でも、アリスが損してるのは確かだね」

「オレが言っても、聞く耳持ってねェし」

「さっきの感じだとそうだろうね。僕はハルクよりは嫌われていないから。少しくらいなら話してはくれるけど、僕も警戒はされてるな。もっと仲良くなりたいのに」

「……そのまま警戒されてればいいだろ」

「嫌われてる君よりはマシだよ」

「……」





そして、私達姉妹の専属の執事が決まる日。

私達姉妹は、お父様の部屋に呼ばれて、集まっていた。既に隣の部屋に私達の執事が揃っているらしい。じゃあ、リクもいるかもしれないんだ…。


「それじゃあ、発表して行こう。まずリコリス。お前の執事は…」

そうして、私以外の全員が執事を発表された。そして、最後は私…。


「アリス。お前の執事は……」

神様。
私の執事はリクでありますように!


「……ハルク」

「……………は?」

リク、じゃない。
しかも、一番聞きたくなかった名前を聞いたわよ。隣の部屋から入って来たのも、間違いなくあいつの姿。珍しく燕尾服をちゃんと着ていた。いつも着崩しているから、変な感じだ。

すると、あいつは私の前に屈み、


「今日よりお嬢様につかえさせていただきます。よろしくお願いします」

「嫌よ!どうして!?お父様…」

「アリス。これは決まったことだ。覆ることはない」

「……」

誰か嘘だと言って。お願い。



それから私は部屋に戻って来た。やつと共に。


「あー、疲れた。もう苦しくてたまんねェわ、この服…」

「何で断らなかったのよ!あなたが断れば、私の執事はリクだったのに」

「……」


私の専属執事はリクだったのに!
それを邪魔して、許せない。

「何か勘違いしてねェ?お前」

「勘違い?」

「これを決めたのは、お前の両親だ。お前じゃねェんだよ。リクじゃねェからって、オレに当たるのはお門違いなんだよ。バーカ」

「ば、バカ…」

さっきから好き勝手、言って!
そっちこそ、嫌なら断れば良かったのに。

「おい、どこ行っ…!」


呼び止める声も聞かず、私は部屋を飛び出す。
前も見ずに走っていたら、誰かとぶつかってしまった。


「アリスお嬢様。前を見て歩かないと危ないですよ…」

「リク」

やっぱり私はリクがいい。
他の人なんていらない。


「お願い!私の執事になって!!」

「……それは出来ません」

「どうして?」

「僕、今月でここを辞めるんです」

「辞める!?」

うそっ…。リクが辞めちゃったら、私、頑張れない。リクに褒めてもらいたくて、勉強を頑張って来たのに。


「僕がいなくても平気です。お嬢様にも執事がついたんですから。彼なら大丈夫です。口は悪いですけど、アリスお嬢様のことをちゃんと見てますから」

「嫌よ!私はリクがいい。リク以外の執事なんて、いらない!!」

「アリスお嬢様」

「嫌!!」

「それじゃあ、僕と一緒に行きますか?」

「リクと?」

「はい。僕と離れたくないんですよね?」

「うん」

差し出されたリクの手を取る。
だが、彼の手を取ろうとする前、誰かに邪魔をされた。こんなことするのは、ひとりだ。


「ちょっと何するのよ!」

「お前さ、嫌だからってすぐに逃げるのやめろよ」

「逃げてなんか…!」

「逃げてるだろ?オレが嫌なら、まず両親にそう言えばいいだろ!?」

「私の言うことなんて、聞いてくれないわよ!いつもいつもリコリス、リコリスの名前しか言わないんだから。話したって時間の無駄だわ!」

「やる前から決めつけんなよ!やってもいないのに諦めんな!」

「やる時間さえもバカバカしいわよ。それにここから私がいなくなって、誰も困らないわ。だから、私はリクと一緒に行く!あなただって、私の執事は嫌でしょ?」

私の執事に誰もならないから、両親はあなたに頼んだのよ。私なんかに話しかけてくるから。私なんかを押し付けられて。

「オレは──」

ハルクは言葉を呑み込んで、そのまま立ち去った。言いたいことがあるなら言えば良かったのに。もう顔を合わせることもないんだから。

「では、行きましょう」

差し出された手を取り、解放感に満ちた世界に飛び込んだ。
──はずだった。でも……現実は全く違う……

「僕は仕事に向かうので、好きに過ごして下さいね」

朝と夜にリクと少し顔を合わせるくらいで、あとはずっと一人。何もすることがない。
話し相手は元から、リクだけだったけど……物足りなさばかり感じてしまう。追い討ちをかけるように、何も出来ない……自分の無力さを痛感する日々。この前だって──

「そうだわ!たまには料理でも作ろうかしら。リク、疲れて帰ってくると思いますし……まずは買い物ですわね」

外に出て、車を待っても来ない。止まったと思えば、勝手に乗せたのにお金を要求してきたの。
スーパー? という場所に入ると、たくさんの人に酔うかと思いましたし……

「玉ねぎとにんじん……ってどれかしら?」

いつも、出来上がりしか見ていなかった私は満足に買い物も出来なくて。とても恥ずかしい思いもしたわ……幼い頃、絵本で見たことは
あったけれど……昔の話だもの。

「さてと、簡単そうなカレーを作りましょう」

私でも包丁とまな板は知っていたわ。もちろん、使い方も……けれど、使ったことは数回しかなかったの。それに……

「どうして? 火が点かないわ」

学校ではボタンひとつで火が点いたというのに……つまみを押したり引いたり回したり……

「あ……点いたわ……あれ?……火が強すぎだわ!」

案の定、料理は失敗に終わったわ……それどころか、片付けの仕方ひとつ分からない。仕事終わりのリクの仕事を増やしただけ……

「僕の為に、ありがとうございます。あとは僕がやりますから、先に休んでくださいね」

こんなつもりでは……なかったのに。私、迷惑をかけてばかり……こんなつもりじゃ、なかったのに。それに、リクといるのに泣いてばかりだわ……

「お嬢様、いつも相手を出来ず、すみません。今夜はずっと付き合いますよ」

今思えば、リクは無理をしていたのだと思う。彼の言葉に浮かれていた私は、明日もリクは仕事ということをすっかり忘れていた。
前みたいに色んな話をしたわ。勉強だって教えてもらったの。久しぶりの幸せタイムだったわ。

「もうこんな時間ですね」

リクは身支度を整え、仕事に出掛けようとしたのだけれど──
目の前でリクは倒れた。

「リク?」

リクを病院に運ぶ術を知らなかった私は、悲鳴をあげることしか出来なかったわ……悲鳴を聞き付けた隣の方が救急車を読んで下さり……事なきを得たのだけれど……

「お嬢様、ご迷惑をお掛けしました」
「違うよ、リク……迷惑をかけたのは私──」
「分かってんじゃねェか」

リクの代わりに答えたのは──

「ハルク?! どうして、ここにいるの?」
「どうして、じゃねェだろ。3日で帰ってくると思ってたのに……すげェ、探したっての。リクもケータイ番号変えやがって」
「全てにけじめをつけて、一から始めたかったからね」
「探してなんて頼んでないわよ」

なぜかしら……見たくもなかった顔なのに、どこかホッとしている自分がいるのは。

「ほら、帰るぞ。リコリスも両親も心配してる」
「嘘よ! リコリスは心配しているかも知れないけど、両親は心配なんて──」
「子の心配しねェ親がいるかよ! お前と同じ血が流れてるだけあって、ひねくれ者で不器用で言葉足らずなだけだろ!」
「嘘よ……」
「嘘じゃねェよ」

ハルクの話によると、私がリクと出て行ってから二人共、満足に食事も取れなかったらしい……様々な手を使えば私を探すことは出来たと思うけど、ひねくれ者だから素直に人に頼れなくて……色んなことの積み重ねが足りない言葉、つまりは欲しかった言葉を打ち消した……ハルクはそう言ったわ。

「それでも私は帰らな──」
「リクをこんな目に合わせておいて、よくそんなことが言えるよな」

ハルクに抱き抱えられたから、思いきり暴れた。けれど、全く敵わなくて……悔しいわ……悔しい……悔しい!!

「心配すんなよ。オレが執事になったからには、リクに相応しい女に育ててやるよ」
「な、何それ!」
「にんじんと玉ねぎから教えてやるってこと」
「なっ……」

ハルクが何でそれを知ってるのよ!しかも、よりによってリクの前で! ハルクのバカっ!!

「そんなわけで。ちゃんとしつけてから返すからな、リク」
「嫌よ! 離して! 離しなさいよ!……あ、もう! どこ触ってるのよ、変態!!」

感じていた物足りなさは、認めたくはないけれど……言い合える存在だったのかもしれない
わ。ハルクには一生、秘密だけど。








END.
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