Melody
生まれた時から、比べられた。隣にいる存在と自分を。
「やっぱりリコリス様は素晴らしいわね」
「それに比べて、あの子は…」
「仕方ないじゃない。リコリス様に全部持って行かれちゃったのよ」
「……」
うるさい。うるさい!
「リコリス様とアリス様って、全然似てないよな」
「リコリス様は可愛いけど、アリス様は可愛くないよなー」
「確かに!」
「……」
皆、大っ嫌い!!
どいつもこいつもリコリス、リコリスって、うるさいのよ。
同じ双子でも私達は一卵性じゃない。二卵性だ。そっくり似るわけないじゃない!
お父様もお母様もリコリスばっかり褒めて、私がいい点数を取っても“もっと頑張りなさい。リコリスはあなたよりもいい点数を取ってる”って、言うけれど、これ以上どう頑張ればいいのよ!!リコリスよりも高い点数を取っても、一度も褒めてくれたことないじゃない!
だから、私はそんな両親と会話するのも嫌で、必要最低限の会話しかしなくなった。使用人とも挨拶以外は話さない。私は部屋にこもるようになった。
そんな時、彼と出会った。
リコリスと比べられて隠れて泣いていた時、その人は声をかけてきた。知らない顔だった。でも、ちゃんと私に目線を合わせてくれた。
「どうかしましたか?」
「……」
「言いたくないなら、言わなくてもいいですよ。言いたくない時もありますから」
「……」
「僕がいると邪魔になるなら…」
そう言って、行ってしまいそうになるから、思わず彼の服の裾を掴む。
「……行かないで。一人は嫌なの」
「わかりました。お嬢様が望むのなら傍にいます」
他人で私に優しく声をかけてくれ、私のことをちゃんと気遣ってくれた人は初めてだった。それが嬉しかった。
それから学校を終えて、家に帰ると真っ先に向かうところがあった。
それは自分の部屋ではなく―――
「ただいま!リク」
「おかえりなさい。アリスお嬢様」
私が学校から帰ると、いつも彼は優しい笑みで私を迎えてくれた。
優しく、頭が良くて、そんな彼に勉強をよく見てもらっていた。今日も返された答案用紙をリクに見せる。
「前回よりも点数が上がってますね。すごいです」
「うん。リクが教えてくれたからだよ!」
「そんなことありません。アリスお嬢様が頑張ったからですよ」
そう言って、頭を撫でてくれた。私は執事である彼に恋をしていた。
「もう時期、専属の執事が決まる日ですね」
「そうだね」
「きっとアリスお嬢様に合う執事が選ばれますよ」
リクの言うとおり、そろそろ専属の執事を決める頃だ。お父様とお母様達が私達に合う執事を決めるらしい。どうせなら、好きに選ばせてくれればいいのに…。
私の執事なんて、リク以外になってくれないのはわかっているんだから。皆、私より他の姉妹達を選ぶに決まってるし。
リクが私の執事になってくれないかな…。
「どうしました?」
「ううん、何でもない…」
リクの部屋から出て、自分の部屋に戻ろうと歩いていた時、嫌なヤツの姿を見つけた。
「……げっ」
向こうが私を見つける前にさっさと立ち去ろう。しかし、その前に見つかってしまった。
「アリス。いつもオレの顔を見るなり、嫌な顔しやがって」
リクと同じく、一昨年からうちで働いている執事のハルク。私はこの執事がハッキリ言って苦手だ。言いたいことをズバズバと言ってくるし、暗いとかもっと笑えとか余計なお世話よ!何であなたなんかに笑わないといけないの。
「またリクのとこに行ってただろ?」
「どこに行ったっていいでしょ!」
「お前さ、リク以外のヤツに対して差がありすぎじゃねェ?」
「差があって当然でしょ!リクだけだもの。私のことをわかってくれるのは…」
リク以外の執事なんて大嫌い。みーんな私とリコリスを見て、比べるんだから。私のことをちゃんと見てくれるのは、リクだけだ。
比べるのは、リコリスだけじゃない。他の姉妹とも比べてくる。同じ姉妹なのにって…!
「もっと話せば、中にはお前のことわかってくれるヤツも…」
「別にいらないわ!早くあっち行ってよ!!」
「可愛くねェ…ガキ」
「あなたなんかに可愛く思われなくて結構!」
私はそこから逃げるように走り去る。
最悪。あの執事!他の執事は絶対に話しかけて来ないのに、あいつだけは顔合わせる度に話しかけてくる。もう放っておいて欲しい!
「またアリスに話しかけてたの?懲りないね…」
「カルロじゃん。旦那様の秘書がこんなところにいていいのかよ?」
「休憩だよ。たまには休まないとね」
「アイツ、さっきまでリクのところにいたんだろうな。ニヤニヤしてやがったから」
「アリスはリク以外の執事が嫌いだからね。心も開かないよ」
「何でだよ?」
「ほら、ここにはアリスの他にも女の子達がいるだろ?よく比べられちゃってね…」
「あー、なるほど。それでひねくれてんのか、アイツ…」
「特に一番近い存在のリコリスと毎回比べられてるからね。彼女はリク以外の執事にも挨拶以外、会話もしない。だから、君くらいだよ?平気でアリスに話しかけるのは」
「オレ、挨拶されたことねェけど」
「それは嫌われてるね」
「リコリスと比べれば、確かにアイツは暗いけど。それ以外、そんな大した差はねェと思うけど?」
「へぇ、君はそう思ってるんだ」
「お前は?」
「僕から見ても、ここの子達は同じようなものだよ。アリスもリコリスも他の女の子達もね。でも、アリスが損してるのは確かだね」
「オレが言っても、聞く耳持ってねェし」
「さっきの感じだとそうだろうね。僕はハルクよりは嫌われていないから。少しくらいなら話してはくれるけど、僕も警戒はされてるな。もっと仲良くなりたいのに」
「……そのまま警戒されてればいいだろ」
「嫌われてる君よりはマシだよ」
「……」
そして、私達姉妹の専属の執事が決まる日。
私達姉妹は、お父様の部屋に呼ばれて、集まっていた。既に隣の部屋に私達の執事が揃っているらしい。じゃあ、リクもいるかもしれないんだ…。
「それじゃあ、発表して行こう。まずリコリス。お前の執事は…」
そうして、私以外の全員が執事を発表された。そして、最後は私…。
「アリス。お前の執事は……」
神様。
私の執事はリクでありますように!
「……ハルク」
「……………は?」
リク、じゃない。
しかも、一番聞きたくなかった名前を聞いたわよ。隣の部屋から入って来たのも、間違いなくあいつの姿。珍しく燕尾服をちゃんと着ていた。いつも着崩しているから、変な感じだ。
すると、あいつは私の前に屈み、
「今日よりお嬢様につかえさせていただきます。よろしくお願いします」
「嫌よ!どうして!?お父様…」
「アリス。これは決まったことだ。覆ることはない」
「……」
誰か嘘だと言って。お願い。
それから私は部屋に戻って来た。やつと共に。
「あー、疲れた。もう苦しくてたまんねェわ、この服…」
「何で断らなかったのよ!あなたが断れば、私の執事はリクだったのに」
「……」
私の専属執事はリクだったのに!
それを邪魔して、許せない。
「何か勘違いしてねェ?お前」
「勘違い?」
「これを決めたのは、お前の両親だ。お前じゃねェんだよ。リクじゃねェからって、オレに当たるのはお門違いなんだよ。バーカ」
「ば、バカ…」
さっきから好き勝手、言って!
そっちこそ、嫌なら断れば良かったのに。
「おい、どこ行っ…!」
呼び止める声も聞かず、私は部屋を飛び出す。
前も見ずに走っていたら、誰かとぶつかってしまった。
「アリスお嬢様。前を見て歩かないと危ないですよ…」
「リク」
やっぱり私はリクがいい。
他の人なんていらない。
「お願い!私の執事になって!!」
「……それは出来ません」
「どうして?」
「僕、今月でここを辞めるんです」
「辞める!?」
うそっ…。リクが辞めちゃったら、私、頑張れない。リクに褒めてもらいたくて、勉強を頑張って来たのに。
「僕がいなくても平気です。お嬢様にも執事がついたんですから。彼なら大丈夫です。口は悪いですけど、アリスお嬢様のことをちゃんと見てますから」
「嫌よ!私はリクがいい。リク以外の執事なんて、いらない!!」
「アリスお嬢様」
「嫌!!」
「それじゃあ、僕と一緒に行きますか?」
「リクと?」
「はい。僕と離れたくないんですよね?」
「うん」
差し出されたリクの手を取る。
だが、彼の手を取ろうとする前、誰かに邪魔をされた。こんなことするのは、ひとりだ。
「ちょっと何するのよ!」
「お前さ、嫌だからってすぐに逃げるのやめろよ」
「逃げてなんか…!」
「逃げてるだろ?オレが嫌なら、まず両親にそう言えばいいだろ!?」
「私の言うことなんて、聞いてくれないわよ!いつもいつもリコリス、リコリスの名前しか言わないんだから。話したって時間の無駄だわ!」
「やる前から決めつけんなよ!やってもいないのに諦めんな!」
「やる時間さえもバカバカしいわよ。それにここから私がいなくなって、誰も困らないわ。だから、私はリクと一緒に行く!あなただって、私の執事は嫌でしょ?」
私の執事に誰もならないから、両親はあなたに頼んだのよ。私なんかに話しかけてくるから。私なんかを押し付けられて。
「オレは──」
ハルクは言葉を呑み込んで、そのまま立ち去った。言いたいことがあるなら言えば良かったのに。もう顔を合わせることもないんだから。
「では、行きましょう」
差し出された手を取り、解放感に満ちた世界に飛び込んだ。
──はずだった。でも……現実は全く違う……
「僕は仕事に向かうので、好きに過ごして下さいね」
朝と夜にリクと少し顔を合わせるくらいで、あとはずっと一人。何もすることがない。
話し相手は元から、リクだけだったけど……物足りなさばかり感じてしまう。追い討ちをかけるように、何も出来ない……自分の無力さを痛感する日々。この前だって──
「そうだわ!たまには料理でも作ろうかしら。リク、疲れて帰ってくると思いますし……まずは買い物ですわね」
外に出て、車を待っても来ない。止まったと思えば、勝手に乗せたのにお金を要求してきたの。
スーパー? という場所に入ると、たくさんの人に酔うかと思いましたし……
「玉ねぎとにんじん……ってどれかしら?」
いつも、出来上がりしか見ていなかった私は満足に買い物も出来なくて。とても恥ずかしい思いもしたわ……幼い頃、絵本で見たことは
あったけれど……昔の話だもの。
「さてと、簡単そうなカレーを作りましょう」
私でも包丁とまな板は知っていたわ。もちろん、使い方も……けれど、使ったことは数回しかなかったの。それに……
「どうして? 火が点かないわ」
学校ではボタンひとつで火が点いたというのに……つまみを押したり引いたり回したり……
「あ……点いたわ……あれ?……火が強すぎだわ!」
案の定、料理は失敗に終わったわ……それどころか、片付けの仕方ひとつ分からない。仕事終わりのリクの仕事を増やしただけ……
「僕の為に、ありがとうございます。あとは僕がやりますから、先に休んでくださいね」
こんなつもりでは……なかったのに。私、迷惑をかけてばかり……こんなつもりじゃ、なかったのに。それに、リクといるのに泣いてばかりだわ……
「お嬢様、いつも相手を出来ず、すみません。今夜はずっと付き合いますよ」
今思えば、リクは無理をしていたのだと思う。彼の言葉に浮かれていた私は、明日もリクは仕事ということをすっかり忘れていた。
前みたいに色んな話をしたわ。勉強だって教えてもらったの。久しぶりの幸せタイムだったわ。
「もうこんな時間ですね」
リクは身支度を整え、仕事に出掛けようとしたのだけれど──
目の前でリクは倒れた。
「リク?」
リクを病院に運ぶ術を知らなかった私は、悲鳴をあげることしか出来なかったわ……悲鳴を聞き付けた隣の方が救急車を読んで下さり……事なきを得たのだけれど……
「お嬢様、ご迷惑をお掛けしました」
「違うよ、リク……迷惑をかけたのは私──」
「分かってんじゃねェか」
リクの代わりに答えたのは──
「ハルク?! どうして、ここにいるの?」
「どうして、じゃねェだろ。3日で帰ってくると思ってたのに……すげェ、探したっての。リクもケータイ番号変えやがって」
「全てにけじめをつけて、一から始めたかったからね」
「探してなんて頼んでないわよ」
なぜかしら……見たくもなかった顔なのに、どこかホッとしている自分がいるのは。
「ほら、帰るぞ。リコリスも両親も心配してる」
「嘘よ! リコリスは心配しているかも知れないけど、両親は心配なんて──」
「子の心配しねェ親がいるかよ! お前と同じ血が流れてるだけあって、ひねくれ者で不器用で言葉足らずなだけだろ!」
「嘘よ……」
「嘘じゃねェよ」
ハルクの話によると、私がリクと出て行ってから二人共、満足に食事も取れなかったらしい……様々な手を使えば私を探すことは出来たと思うけど、ひねくれ者だから素直に人に頼れなくて……色んなことの積み重ねが足りない言葉、つまりは欲しかった言葉を打ち消した……ハルクはそう言ったわ。
「それでも私は帰らな──」
「リクをこんな目に合わせておいて、よくそんなことが言えるよな」
ハルクに抱き抱えられたから、思いきり暴れた。けれど、全く敵わなくて……悔しいわ……悔しい……悔しい!!
「心配すんなよ。オレが執事になったからには、リクに相応しい女に育ててやるよ」
「な、何それ!」
「にんじんと玉ねぎから教えてやるってこと」
「なっ……」
ハルクが何でそれを知ってるのよ!しかも、よりによってリクの前で! ハルクのバカっ!!
「そんなわけで。ちゃんとしつけてから返すからな、リク」
「嫌よ! 離して! 離しなさいよ!……あ、もう! どこ触ってるのよ、変態!!」
感じていた物足りなさは、認めたくはないけれど……言い合える存在だったのかもしれない
わ。ハルクには一生、秘密だけど。
END.
「やっぱりリコリス様は素晴らしいわね」
「それに比べて、あの子は…」
「仕方ないじゃない。リコリス様に全部持って行かれちゃったのよ」
「……」
うるさい。うるさい!
「リコリス様とアリス様って、全然似てないよな」
「リコリス様は可愛いけど、アリス様は可愛くないよなー」
「確かに!」
「……」
皆、大っ嫌い!!
どいつもこいつもリコリス、リコリスって、うるさいのよ。
同じ双子でも私達は一卵性じゃない。二卵性だ。そっくり似るわけないじゃない!
お父様もお母様もリコリスばっかり褒めて、私がいい点数を取っても“もっと頑張りなさい。リコリスはあなたよりもいい点数を取ってる”って、言うけれど、これ以上どう頑張ればいいのよ!!リコリスよりも高い点数を取っても、一度も褒めてくれたことないじゃない!
だから、私はそんな両親と会話するのも嫌で、必要最低限の会話しかしなくなった。使用人とも挨拶以外は話さない。私は部屋にこもるようになった。
そんな時、彼と出会った。
リコリスと比べられて隠れて泣いていた時、その人は声をかけてきた。知らない顔だった。でも、ちゃんと私に目線を合わせてくれた。
「どうかしましたか?」
「……」
「言いたくないなら、言わなくてもいいですよ。言いたくない時もありますから」
「……」
「僕がいると邪魔になるなら…」
そう言って、行ってしまいそうになるから、思わず彼の服の裾を掴む。
「……行かないで。一人は嫌なの」
「わかりました。お嬢様が望むのなら傍にいます」
他人で私に優しく声をかけてくれ、私のことをちゃんと気遣ってくれた人は初めてだった。それが嬉しかった。
それから学校を終えて、家に帰ると真っ先に向かうところがあった。
それは自分の部屋ではなく―――
「ただいま!リク」
「おかえりなさい。アリスお嬢様」
私が学校から帰ると、いつも彼は優しい笑みで私を迎えてくれた。
優しく、頭が良くて、そんな彼に勉強をよく見てもらっていた。今日も返された答案用紙をリクに見せる。
「前回よりも点数が上がってますね。すごいです」
「うん。リクが教えてくれたからだよ!」
「そんなことありません。アリスお嬢様が頑張ったからですよ」
そう言って、頭を撫でてくれた。私は執事である彼に恋をしていた。
「もう時期、専属の執事が決まる日ですね」
「そうだね」
「きっとアリスお嬢様に合う執事が選ばれますよ」
リクの言うとおり、そろそろ専属の執事を決める頃だ。お父様とお母様達が私達に合う執事を決めるらしい。どうせなら、好きに選ばせてくれればいいのに…。
私の執事なんて、リク以外になってくれないのはわかっているんだから。皆、私より他の姉妹達を選ぶに決まってるし。
リクが私の執事になってくれないかな…。
「どうしました?」
「ううん、何でもない…」
リクの部屋から出て、自分の部屋に戻ろうと歩いていた時、嫌なヤツの姿を見つけた。
「……げっ」
向こうが私を見つける前にさっさと立ち去ろう。しかし、その前に見つかってしまった。
「アリス。いつもオレの顔を見るなり、嫌な顔しやがって」
リクと同じく、一昨年からうちで働いている執事のハルク。私はこの執事がハッキリ言って苦手だ。言いたいことをズバズバと言ってくるし、暗いとかもっと笑えとか余計なお世話よ!何であなたなんかに笑わないといけないの。
「またリクのとこに行ってただろ?」
「どこに行ったっていいでしょ!」
「お前さ、リク以外のヤツに対して差がありすぎじゃねェ?」
「差があって当然でしょ!リクだけだもの。私のことをわかってくれるのは…」
リク以外の執事なんて大嫌い。みーんな私とリコリスを見て、比べるんだから。私のことをちゃんと見てくれるのは、リクだけだ。
比べるのは、リコリスだけじゃない。他の姉妹とも比べてくる。同じ姉妹なのにって…!
「もっと話せば、中にはお前のことわかってくれるヤツも…」
「別にいらないわ!早くあっち行ってよ!!」
「可愛くねェ…ガキ」
「あなたなんかに可愛く思われなくて結構!」
私はそこから逃げるように走り去る。
最悪。あの執事!他の執事は絶対に話しかけて来ないのに、あいつだけは顔合わせる度に話しかけてくる。もう放っておいて欲しい!
「またアリスに話しかけてたの?懲りないね…」
「カルロじゃん。旦那様の秘書がこんなところにいていいのかよ?」
「休憩だよ。たまには休まないとね」
「アイツ、さっきまでリクのところにいたんだろうな。ニヤニヤしてやがったから」
「アリスはリク以外の執事が嫌いだからね。心も開かないよ」
「何でだよ?」
「ほら、ここにはアリスの他にも女の子達がいるだろ?よく比べられちゃってね…」
「あー、なるほど。それでひねくれてんのか、アイツ…」
「特に一番近い存在のリコリスと毎回比べられてるからね。彼女はリク以外の執事にも挨拶以外、会話もしない。だから、君くらいだよ?平気でアリスに話しかけるのは」
「オレ、挨拶されたことねェけど」
「それは嫌われてるね」
「リコリスと比べれば、確かにアイツは暗いけど。それ以外、そんな大した差はねェと思うけど?」
「へぇ、君はそう思ってるんだ」
「お前は?」
「僕から見ても、ここの子達は同じようなものだよ。アリスもリコリスも他の女の子達もね。でも、アリスが損してるのは確かだね」
「オレが言っても、聞く耳持ってねェし」
「さっきの感じだとそうだろうね。僕はハルクよりは嫌われていないから。少しくらいなら話してはくれるけど、僕も警戒はされてるな。もっと仲良くなりたいのに」
「……そのまま警戒されてればいいだろ」
「嫌われてる君よりはマシだよ」
「……」
そして、私達姉妹の専属の執事が決まる日。
私達姉妹は、お父様の部屋に呼ばれて、集まっていた。既に隣の部屋に私達の執事が揃っているらしい。じゃあ、リクもいるかもしれないんだ…。
「それじゃあ、発表して行こう。まずリコリス。お前の執事は…」
そうして、私以外の全員が執事を発表された。そして、最後は私…。
「アリス。お前の執事は……」
神様。
私の執事はリクでありますように!
「……ハルク」
「……………は?」
リク、じゃない。
しかも、一番聞きたくなかった名前を聞いたわよ。隣の部屋から入って来たのも、間違いなくあいつの姿。珍しく燕尾服をちゃんと着ていた。いつも着崩しているから、変な感じだ。
すると、あいつは私の前に屈み、
「今日よりお嬢様につかえさせていただきます。よろしくお願いします」
「嫌よ!どうして!?お父様…」
「アリス。これは決まったことだ。覆ることはない」
「……」
誰か嘘だと言って。お願い。
それから私は部屋に戻って来た。やつと共に。
「あー、疲れた。もう苦しくてたまんねェわ、この服…」
「何で断らなかったのよ!あなたが断れば、私の執事はリクだったのに」
「……」
私の専属執事はリクだったのに!
それを邪魔して、許せない。
「何か勘違いしてねェ?お前」
「勘違い?」
「これを決めたのは、お前の両親だ。お前じゃねェんだよ。リクじゃねェからって、オレに当たるのはお門違いなんだよ。バーカ」
「ば、バカ…」
さっきから好き勝手、言って!
そっちこそ、嫌なら断れば良かったのに。
「おい、どこ行っ…!」
呼び止める声も聞かず、私は部屋を飛び出す。
前も見ずに走っていたら、誰かとぶつかってしまった。
「アリスお嬢様。前を見て歩かないと危ないですよ…」
「リク」
やっぱり私はリクがいい。
他の人なんていらない。
「お願い!私の執事になって!!」
「……それは出来ません」
「どうして?」
「僕、今月でここを辞めるんです」
「辞める!?」
うそっ…。リクが辞めちゃったら、私、頑張れない。リクに褒めてもらいたくて、勉強を頑張って来たのに。
「僕がいなくても平気です。お嬢様にも執事がついたんですから。彼なら大丈夫です。口は悪いですけど、アリスお嬢様のことをちゃんと見てますから」
「嫌よ!私はリクがいい。リク以外の執事なんて、いらない!!」
「アリスお嬢様」
「嫌!!」
「それじゃあ、僕と一緒に行きますか?」
「リクと?」
「はい。僕と離れたくないんですよね?」
「うん」
差し出されたリクの手を取る。
だが、彼の手を取ろうとする前、誰かに邪魔をされた。こんなことするのは、ひとりだ。
「ちょっと何するのよ!」
「お前さ、嫌だからってすぐに逃げるのやめろよ」
「逃げてなんか…!」
「逃げてるだろ?オレが嫌なら、まず両親にそう言えばいいだろ!?」
「私の言うことなんて、聞いてくれないわよ!いつもいつもリコリス、リコリスの名前しか言わないんだから。話したって時間の無駄だわ!」
「やる前から決めつけんなよ!やってもいないのに諦めんな!」
「やる時間さえもバカバカしいわよ。それにここから私がいなくなって、誰も困らないわ。だから、私はリクと一緒に行く!あなただって、私の執事は嫌でしょ?」
私の執事に誰もならないから、両親はあなたに頼んだのよ。私なんかに話しかけてくるから。私なんかを押し付けられて。
「オレは──」
ハルクは言葉を呑み込んで、そのまま立ち去った。言いたいことがあるなら言えば良かったのに。もう顔を合わせることもないんだから。
「では、行きましょう」
差し出された手を取り、解放感に満ちた世界に飛び込んだ。
──はずだった。でも……現実は全く違う……
「僕は仕事に向かうので、好きに過ごして下さいね」
朝と夜にリクと少し顔を合わせるくらいで、あとはずっと一人。何もすることがない。
話し相手は元から、リクだけだったけど……物足りなさばかり感じてしまう。追い討ちをかけるように、何も出来ない……自分の無力さを痛感する日々。この前だって──
「そうだわ!たまには料理でも作ろうかしら。リク、疲れて帰ってくると思いますし……まずは買い物ですわね」
外に出て、車を待っても来ない。止まったと思えば、勝手に乗せたのにお金を要求してきたの。
スーパー? という場所に入ると、たくさんの人に酔うかと思いましたし……
「玉ねぎとにんじん……ってどれかしら?」
いつも、出来上がりしか見ていなかった私は満足に買い物も出来なくて。とても恥ずかしい思いもしたわ……幼い頃、絵本で見たことは
あったけれど……昔の話だもの。
「さてと、簡単そうなカレーを作りましょう」
私でも包丁とまな板は知っていたわ。もちろん、使い方も……けれど、使ったことは数回しかなかったの。それに……
「どうして? 火が点かないわ」
学校ではボタンひとつで火が点いたというのに……つまみを押したり引いたり回したり……
「あ……点いたわ……あれ?……火が強すぎだわ!」
案の定、料理は失敗に終わったわ……それどころか、片付けの仕方ひとつ分からない。仕事終わりのリクの仕事を増やしただけ……
「僕の為に、ありがとうございます。あとは僕がやりますから、先に休んでくださいね」
こんなつもりでは……なかったのに。私、迷惑をかけてばかり……こんなつもりじゃ、なかったのに。それに、リクといるのに泣いてばかりだわ……
「お嬢様、いつも相手を出来ず、すみません。今夜はずっと付き合いますよ」
今思えば、リクは無理をしていたのだと思う。彼の言葉に浮かれていた私は、明日もリクは仕事ということをすっかり忘れていた。
前みたいに色んな話をしたわ。勉強だって教えてもらったの。久しぶりの幸せタイムだったわ。
「もうこんな時間ですね」
リクは身支度を整え、仕事に出掛けようとしたのだけれど──
目の前でリクは倒れた。
「リク?」
リクを病院に運ぶ術を知らなかった私は、悲鳴をあげることしか出来なかったわ……悲鳴を聞き付けた隣の方が救急車を読んで下さり……事なきを得たのだけれど……
「お嬢様、ご迷惑をお掛けしました」
「違うよ、リク……迷惑をかけたのは私──」
「分かってんじゃねェか」
リクの代わりに答えたのは──
「ハルク?! どうして、ここにいるの?」
「どうして、じゃねェだろ。3日で帰ってくると思ってたのに……すげェ、探したっての。リクもケータイ番号変えやがって」
「全てにけじめをつけて、一から始めたかったからね」
「探してなんて頼んでないわよ」
なぜかしら……見たくもなかった顔なのに、どこかホッとしている自分がいるのは。
「ほら、帰るぞ。リコリスも両親も心配してる」
「嘘よ! リコリスは心配しているかも知れないけど、両親は心配なんて──」
「子の心配しねェ親がいるかよ! お前と同じ血が流れてるだけあって、ひねくれ者で不器用で言葉足らずなだけだろ!」
「嘘よ……」
「嘘じゃねェよ」
ハルクの話によると、私がリクと出て行ってから二人共、満足に食事も取れなかったらしい……様々な手を使えば私を探すことは出来たと思うけど、ひねくれ者だから素直に人に頼れなくて……色んなことの積み重ねが足りない言葉、つまりは欲しかった言葉を打ち消した……ハルクはそう言ったわ。
「それでも私は帰らな──」
「リクをこんな目に合わせておいて、よくそんなことが言えるよな」
ハルクに抱き抱えられたから、思いきり暴れた。けれど、全く敵わなくて……悔しいわ……悔しい……悔しい!!
「心配すんなよ。オレが執事になったからには、リクに相応しい女に育ててやるよ」
「な、何それ!」
「にんじんと玉ねぎから教えてやるってこと」
「なっ……」
ハルクが何でそれを知ってるのよ!しかも、よりによってリクの前で! ハルクのバカっ!!
「そんなわけで。ちゃんとしつけてから返すからな、リク」
「嫌よ! 離して! 離しなさいよ!……あ、もう! どこ触ってるのよ、変態!!」
感じていた物足りなさは、認めたくはないけれど……言い合える存在だったのかもしれない
わ。ハルクには一生、秘密だけど。
END.