49 days
久しぶりにアメジストがやって来た。
昔はたまに来ることもあったが、ここ数年は来ていなかった。行為中のアメジストの目に生気はなく、わらわにされるがまま。以前ならば、そんなことはなかったのだが。
ふと内面を覗けば、明らかに何かを欠落したまま、その穴は埋められていないようだ。
しばしの行為の後、わらわはアメジストに言った。
「おぬし、まだあの女を失った傷が癒えてないだろう」
「……………」
「……やはりな。余程、忘れられないわけか」
「……………叶には関係ない」
顔を横に逸らすも、その表情は泣きそうな顔をしていた。アメジストの中に未だラピスラズリ・マリーゴールドがいるのがわかる。
別の男に奪われてからも、その傷はなかなか埋められないでいた。色んな女を抱いても、誰も代わりにならない。アメジストと結婚したモモ・ターコイズですらも、ラピスラズリには敵わないのだろう。
「久々に会ったあの女に気持ちが揺らいだのは、本当であろう?だから、無理矢理抱いた。おぬしは想っても、あの女は拒んだ…」
「……………」
ラピスラズリ・マリーゴールドがアメジストの前からいなくなって、数年が経った頃。
突然、ラピスラズリの方から話があると、連絡を受けて、しばらく悩んだ末にアメジストは会うことにした。
久しぶりに会ったラピスラズリは歳を取っても、美しかった。そんな彼女にアメジストは、心奪われた。女の話が耳に入らぬほど。
自分の元に帰って来て欲しかった。だが、女は拒絶した。手に入らぬならば───無理矢理、身体を奪った。久々に愛する女と一つになれた喜びにアメジストは、酔った。
しかし、女は違う。他の男に抱かれ、汚れた自分は、ルビー・マチェドニアに相応しくない。これで彼に嫌われてしまう。旦那に嫌われたくなかったラピスラズリは、死を選んだ。
「俺は愛してた…」
「……………」
「ラピスさえ、傍にいてくれたら、何もいらなかったんだ…」
普段、弱い姿など見せないアメジストが泣いていた。それだけラピスラズリ・マリーゴールドを愛していたのだろう。
それから十数年が経った。
わらわは、アメジストの血を受け継ぐ息子達と交わるようになった。どの息子も甘美な味がした。息子によって、全然味が違うのだ。こんなこと、今までになかった。
中でもわらわの一番の好みの味をしているのは、アメジストそっくりの外見をしたリクだ。アメジストとはまた一味違い、わらわを楽しませてくれる。だが、リクの心は頑なにわらわを拒む。身体は可愛く反応していても、だ。
しかし、そんなリクにもある変化が起きていた。リクの中に“誰か”がいるようになった。この感じは、アメジストと初めて交わった時に感じたのと同じ。
「リク。ここに誰かおるだろう?」
「……………い、ない…っ」
「嘘をつくな。わらわには、わかるんだぞ?焦がれる女がいる…」
「いないって、言っているだろう!」
口でそんなことを言っているが、わらわには通じない。
リクは、その娘を想ってる。その娘が自分に笑いかけてくれるのが愛しくて、娘が欲しいと思い始めている。だが、身分が違い、一緒にはなれない。
それがひどくリクを苦しめていた。
「ふむ。アリス・パンナコッタ……か」
「!?」
使用人の女だが、顔はラピスラズリそっくりの娘。こんなところまで、アメジストとそっくりとはな。血は争えないことじゃ。向こうの娘もリクを好いておる。周りから見れば、両想いに見えるが、そんな簡単に二人は一緒にならないであろう。なれないが正しいか。
リクの他にも好きな女を想う息子はいる。カルロ、スミレ、マシロの三人だ。
カルロは既に終わっているが、スミレは変わらず、想ってる。相手は、アメジストの双子の妹であるシトリンの娘・カメリア。あやつは、母親と同様に色んな男と身体の関係を持っており、スミレのことは都合の良い男としか思っていない。それにスミレが気づいていないのが、唯一の救いかもしれぬ。
マシロは最近、気になる娘がいるようだ。こちらもアメジストの屋敷で働く使用人の娘。名は、ベゴニア・アクアマリン。アメジストの第二秘書でもあるノワールの妹。まだ気になっているくらいだが、直に花が開くだろう。
他の息子達は、まだ心から愛せる女はいないようだ。コルチカムと同様に誰も愛せそうにないのは、エドヴァルド。色んな女を相手にしているようだが、本気になれない。ブラッドもエドヴァルドと似ているようで、全く違う。こやつは、自分と同じくらいのレベルの女であったなら、誰でも良いとしか思っておらん。自分が一番と思っている男だからな。
グレンはわらわが唯一、心が読めない相手だ。あやつだけが、全く見えないのだ。グレンの実弟のマシロは、普通に見えるのに…。
わらわに取って、少し警戒しなければならない男。だが、それが面白い。
カルロの専属執事でもあるアンバーも一筋縄では行かぬ男だ。何度抱いても、なかなか素を見せないからな。アメジストの血を受け継いでいても、母親がエメラルド・スノーホワイトだから、そちらの方が強いのかもしれぬ。
あの娘、初めて会った時からずっとわらわを楽しませてくれて、面白かった。片割れのコーラル・スノーホワイトの方は、最初つまらなかったが、愛する者が出来てから、随分と強くなったな。シトリンに逆らえなかったあやつが、関係をハッキリと断るくらいには。
シトリンも未だにコーラルに執着している。当のコーラル自身はもういないのに、その息子であるアガットを何とかして手に入れようと模索している。カメリアも興味を持っているしな。
そんな時、アメジストが再びわらわの元にやって来た。
他の女では傷が癒えないのは、相変わらずのようだ。アメジストは、相変わらず年齢よりは若かった。ドルチェ家自体が、他の人間に比べると老化が遅いのもある。コルチカムですら、まだ40代で通じるくらいだからな。
「アメジスト。おぬし、ラピスラズリの娘を知っているか?」
「アレか。アレの外見だけはラピスだが、中身は全然違う。大嫌いな男にそっくりだ」
アメジストの屋敷に何の因果か、ラピスラズリとルビー・マチェドニアの娘がいる。ファミリーネームが違うのがよくわからないが、間違いなくその二人の子供に間違いはない。
「会ったのか…」
「一度だけだ。一瞬、ラピスが生きているのかと勘違いしたくらいにそっくりではあったな。あと、ボルドーからの報告で、よくハルクと問題を起こしている」
「ハルク?ああ。おぬしとモモの子供か」
「あいつはモモが亡くなってから、周りに迷惑をかけていたからな。今は、その頃より大分マシになったが、まだまだ子供だ」
モモ・ターコイズか。あれも芯が強い娘だった。最後まで、アメジストだけを愛していた。アメジストも失ってから、あの娘の深い愛に気づいたのか、誕生日と命日には必ず墓参りに行っているようだ。
さて、わらわの元にマシロまで来ている。
そろそろ次のタスクが来ることになっているが、タスクは未だわらわを拒み、来ようとしない。あやつはリコリス・スプモーニという婚約者がおったな。
「ところで、アメジスト。タスクはいつ来る?」
「まだ来てないのか。何度も行くように言っては、あるんだが。アイツも婚約者の娘一筋だからな…」
少し呆れながら、アメジストは答えた。
もしかしたら、タスクは婚約者であるその娘と一線を越えたのかもしれぬ。だから、わらわの元に来ようとしない。
だが、いつまでもわらわを拒否するのなら、お仕置きをせねばならぬな。
【END】