Kiss Day




「どうしました?お坊っちゃま」

「え」


アリスに声をかけられ、我に返る。ついボーっとしちまった。



「帰って来てから、何だか上の空のようなので」

「……んでもねェ…」


言えるかよ!
ついアリスの唇を見てたなんて…!柔らかそうだよな。



「アリス。お前さ…」

「はい?」

「キスしたこと、なかったんだっけ?」

「前にも言いましたけど、ありませんよ。付き合ってる人もいないですし」

「ふーん」


興味ねェフリして、密かに心の中でガッツポーズ。良かったー!



「あ。でも、小さい子の頬にキスくらいならありますよ!柔らかくてスベスベしてて、あれはたまりません!」

「……ショタロリコン女」

「ひどいですよ!」


アリスの場合、理想のタイプはリク兄だからな。そこら辺の男とすぐにくっつくことはないはず。



「何故、そんな話を?」

「学校で、今日はキスの日とか言って、騒いでるヤツがいてさ。自分がしたからって、自慢してくるアホだった」

「なるほど。私の学生の時にもいましたよ。そういう話をする人。中学生くらいだと異性に興味を持ち始めますからね」

「へぇ…」

「中には経験したからって、してない人をバカにする人もいましたけど、すればいいものでもないですからね」

「まあな…」


それはアリスに同意。オレも好きでもないヤツじゃなくて、好きなヤツとしたい。前は頬だったけど、次は唇にしてェし。

てか、この鈍感女はちーーーっともオレの想いに気づいてねェけどな。



「誰とでもすることじゃないです!だから、お坊っちゃまも周りに言われたからと流されずにちゃんと好きな相手としてくださいね」

「そうだな。……ん?ちょっと待て。その言い方だと…」

「私の友達でいたんです!付き合ったばかりだったけど、周りにそそのかされて、キスした子が。そのキスのせいで別れちゃったんですよ。あれはかわいそうでした…」


マジかよ。
オレも気をつけよう。カルロやタスク兄達に騙されねェように…。



「戻りました」

「おかえりなさい。アガットさん」


そこへアガットが戻って来た。アガットはどうなんだ?気になったオレは、アガットに尋ねることにした。



「なあ。アガットはキスしたことあんの?」

「……………は?お坊っちゃま??」


アガットがオレの発言にすげー驚いていた。普段、こんなこと言わねェからな。でも、アガットならキスの経験はあるだろう。この外見でしたことないという方がありえねェし。



「私も気になります!アガットさんは、どんな方とされましたか!?」

「アリスさんまで…」


アリスも興味津々でアガットを見ていた。まったく興味がないわけでもねェんだな。



「キスですか。うーん。俺、彼女がいても、なかなか続いたことなくて…」

「意外ですね」

「俺の場合、ちゃんと自分から告白して、誰かと付き合ったことはないですし」

「え…」

「じゃあ、恋人になってからのこととかも」

「いえ、そういうのはありますけど」


それを聞いたアリスがキラキラした表情から一変し、嫌悪した目でアガットを見る。



「アガットさん、見損ないました!真面目な人だと思っていたのに…!まさか、カルロ様達と変わらないことをしていたなんて」

「え!?俺、あそこまでじゃないです!俺から告白はしてませんが、相手から告白されたことが多くて!短い間でしたが、ちゃんと付き合っていましたよ。……でも」

「ほら、やっぱり!」

「違います!!」

「アガットの場合、女よりオレを優先にしてたからフラれたことが多いんじゃねェ?」

「はい。別れた理由は、全部そうです。ついお坊っちゃまや弟を優先にしていたら、「私とその子、どっちが大事なの?」と聞かれて…」

「アガットさん。もしかして、彼女ではなく…」

「はい。お坊っちゃまや弟が大事なので、そこは譲れません!」

「アガットさんらしいですけど、女の子からしたら、それはちょっと嫌ですね…」

「え!?」


だろうな。アガット、よくオレを優先するし。たまに弟達との約束も大事にするから。女からしたら、頭に来るよな。



「今は特にいなくても問題はありません。でも、次は誰かを好きになってから、付き合おうと思っています」

「アガットなら、そのうち見つかるんじゃねェの」

「そうですかね…」

「お坊っちゃまが成人したら、手がかからなくなりますから、その後でもいいんじゃないですか?」

「アリス。お前、それだとオレがアガットの手を煩わせてるみたいじゃん」

「事実じゃないですか?」


……。オレが成人する時か。その時、傍にアリスはいねェんだよな。

アリスが二十歳になったら、どこかから縁談が来て、屋敷から出て行ってしまう。見知らぬ男と一緒になるなんて見たくねェのに…。



「お坊っちゃま?」

「え、何?あれ?アリスは…?」

「アリスさんなら、さっき呼ばれて出ていきましたよ」

「そっか…」

「アリスさんがここにいられるのは、あと二年くらいでしょうね。きっと彼女には縁談が来ます」

「……」

「お坊っちゃまとしては、行って欲しくはないんでしょう?」


当たり前じゃん。絶対にヤダ。アイツの隣に他の男がいるなんて。



「行かせたくねェ。アイツのこと、一番大事にしてくれるヤツなら、考えてもいいけど。やっぱり誰かになんか渡したくない!」

「素直ですね。アリスさん、執事達の間でも人気あるんですよ」

「中身はあれでも、外見はそうは見えねェからな」

「それと誰にでも優しいでしょ?だから、勘違いする人が多いんです」

「オレには、一言多いけどな。てか、アガットも使用人の女に優しいじゃん。こないだ、告白されてただろ?」

「見てたんですか!?」

「たまたまな」


顔を真っ赤にさせた使用人の女がアガットに告白しているところを。

すると、アガットは、静かに頭を下げた。



「すみません。お付き合いすることは出来ません」

「……そう、ですか」

「最後に一つだけ。こんな俺を好きになってくれて、ありがとうございます」


顔を上げた時、アガットは何故か泣きそうな顔をしていた。
てか、何でアガットはあんな顔をしたんだ?何か聞くに聞けねェんだよな。そこには触れちゃいけないつーかさ。



「アガットは、好きなタイプとかねェの?」

「好きなタイプですか。うーん…」


アガットが考え込む。いや、考え込んだまま、しばらく動かなくなった。



「え、アガット??」

「俺と一緒のところで笑ってくれる人ですかね」

「え…それだけ?」

「はい。笑う時は笑って、怒る時は怒る。そういう感覚が同じ人がいいです」


何か少しわかるかもしんねェ。
アガット、すげー良いヤツだから、誰かいいヤツが現れてくれたらいいのにな。そう思っていたら、アガットがオレに言った。



「でも、今はお坊っちゃまや弟達で充分です」

「そんなこと言ってたら、遅くなっちまうぞ」

「構いません。俺は自分よりお坊っちゃまや弟達が幸せになって欲しいので」


オレだって、アガットには幸せになって欲しいのに───。





【END】
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