Playful Rain


夕方。
使用人用屋敷を出て、本邸に向かおうとしたら、屋敷前に女の子がいた。

見たことない子だけど、誰かの婚約者?けど、婚約者はタスク様以外にいないと聞いてるし。同級生なら、一体誰の…?お坊っちゃま、じゃないわよね。もう少し幼いし。ドラ様?でも、ドラ様はあまり他人と関わらないからな。
あ、もしかして、迷子!?それならば、早く声をかけなくちゃ。



「どうしたの?迷子になっちゃったのかな?」

「ワタシ、迷子じゃないわ!」


…え。いや、迷子だよね。自分が迷子だと認めたくない子なのかな?
そんなことを考えていたら、目の前の女の子が私をジーっと見ていた。



「アナタ、ワタシの大っ嫌いな子にそっくりだわ!」

「え…」

「ワタシの大事なシスくんを傷つけた」

「シスくん??」

「だから、迷子扱いしたアナタも嫌い!」


ふんっとそっぽを向かれた。
どういうこと?出会って数分でいきなり嫌われた。今までこんなことなかったのに…!大好きな子供に嫌われるなんて。

軽くショックで泣きそうになっていると───



「アリス?そこで何をしてるの?」

「……あ、カルロ様…」


珍しく自分で車を運転したのか、カルロ様は一人だった。いつもならアンバーさんが運転するのに。あ、そっか。今日はスマルトが休みだから、アンバーさんと出かけるって言ってたんだった。それで一人なんだわ。



「この世の終わりみたいな顔してるけど、何かあった?リクに嫌われたとか」

「リク様に嫌われたら、迷わず死を選びます!生きてる意味、ないですから」

「重い。アリス、重いから。そんなことしたら、後を追いそうになる弟がいるから、絶対止めて」


私の後を追う弟??誰のことだろう?そんなに私のことを慕ってくれる人、いたかしら。



「いえ、この女の子に嫌われてしまいまして…」

「女の子…?」

「あー!カルロちゃんだー!!」


その女の子がいきなりカルロ様に抱きつく。いきなりだったせいか、カルロ様もその勢いに勝てず、その場に倒れてしまった。



「ジル!?」

「カルロちゃん!しばらく見ないうちにコルちゃんに似てきたねー!カッコイイ!!」

「え、俺、あの人に似てきたの?嫌だな…」

「どうしてー!コルちゃんは世界一カッコイイじゃない!」

「ジルはそう思うだろうけど」


カルロ様と女の子、何だか仲良しだわ。羨ましい。私もこの女の子と仲良くしたい!ここは紹介してもらわねば。



「カルロ様、お知り合いですか?」

「あ、この人はね…」

「ちょっとー!そこのアナタ、カルロちゃんに馴れ馴れしいわよ!」

「えっ、そんなことはな…」

「ダメよ!カルロちゃんはワタシの大事な人なんだからー!」


女の子がカルロ様の首に腕を回しながら睨む。女の子は、私のことを完全に敵として認識してるみたいだ。私、カルロ様のことは何とも思ってないのに!
しかし、どう見ても、この構図は犯罪だわ。というか、カルロ様、こんな女の子までも口説いてたなんて、実はロリコンだったのね!
私はちょっとカルロ様から距離を取った。



「ロリコン…」

「アリス、違う!この人は子供じゃないから!」

「また私を騙そうとしてますね。今度は騙されませんよ!」

「本当だから。この人、見た目がかなり若く見えても、60は過ぎてるから!」

「どこがですか!嘘つくなら、もっと上手い嘘をついてください!」

「本当だって!信じてよ!」

「信じられません。どう見ても、その子は大人に見えませんよ!」


もうカルロ様は、何でこんなあからさまな嘘をつくのかしら。私だって、そう何度も騙されてやらないんだから!私でもこの女の子は私よりも年下だってことぐらいはわかるのに…。



「アリス?そこで何してんだよ!」

「お坊っちゃま」


シンジュくんの家に遊びに行っていたお坊っちゃまが帰って来た。女の子もお坊っちゃまの方に視線を動かすと、ぱあっと顔を輝かせる。



「ハルクちゃんだー!!」

「………げっ」


女の子に対して、お坊っちゃまは嫌な顔をしていた。何で??こんな可愛い女の子を嫌がるの。私なんて嫌われてるのに、羨ましい!!カルロ様から離れて、お坊っちゃまの元に向かおうとした。



「会いたかったー!」

「こっち来んな!!」


お坊っちゃまが何故か私の後ろに隠れた。すると、女の子がムッとした顔になる。



「どうして、その子の後ろに隠れるのー!?ワタシがその子のこと嫌いだからって…」

「すぐ抱きついてくるからだろ!……ん?嫌い??お前、ジルに何かしたの?」

「何もしてないですよ!大っ嫌いな子に似てるって言われただけです(号泣)」

「大っ嫌いな子??」

「うーん、ジルはあまり他人に向かって、嫌いって言わないんだけどね。しかも、その上の大嫌いとは。アリス、すごいね」

「それ、褒めてませんよね!?私だって、ショックなんですよ!子供が好きなのにー!」

「アリス。アイツ、子供じゃねェよ?ババアだぞ」

「お坊っちゃままで、そんなことを言うなんて!どうして、そんな嘘をつくんですか!」

「いや、マジだから」

「さっきから俺も言ってるんだよ。全然信じてくれない」

「それはカルロの自業自得じゃねェの?よくアリスに嘘つくから」


女の子が急に私を見る。え、また嫌いって言われるの?私。そうなったら、しばらくは立ち直れない。



「アナタ。ワタシのこと、子供だと思っているの?」

「はい!私、子供が大好きなので。出来れば、仲良くなりたいと思ってます!!」


お坊っちゃまもカルロ様もこんな可愛い大人がどこにいるって、いうんだ!これは子供の可愛さよ。



「カルロちゃん達の言うように、ワタシ、子供じゃないわよ」

「そんなわけ…」

「じゃあ、これを見て!」


そう言って、差し出されたのは、車の免許証だ。顔写真は、女の子が映っている。え。子供は、免許取れないわよね?

名前がジギタリス・ドルチェ。生年月日は……え、ええっ!私は免許証と目の前の女の子を見比べる。嘘でしょ!?



「アリス、わかった?」

「これでわかっただろ?」

「……はい」


生年月日は、私よりも更に年上。うちの両親よりも上だ。しかも、カルロ様の言うように還暦も過ぎていた。この顔で61!?どんだけ若いのよ、この人!!魔女!?



「だから、ババアだって言ったろ?」

「ちょっとハルクちゃん。ババアって言わないでくれるー!!」

「オレ、ヤダよ。こんなガキみたいなばあちゃん。恥ずかしくて、コウ達にも言えねェ…」

「確かにジルといると、自分の方が年上に思われるんだよね。相手の年齢は、40も上なのにさ」

「カルロちゃんまで!ひどいわー!」


ぷんぷんと効果音がつきそうな感じで怒るジル様。可愛い!年齢がわかっていても、可愛いものは可愛い。



「ジル様」


そこへ若い男の人がやって来た。ここの使用人ではない。見たことない顔だから。ひょっとしたら、ジル様の使用人かもしれない。



「ナエちゃん。なあにー?」

「先程、コルチカム様より連絡がありました。久しぶりにジル様と一緒に外で食事をしたいとおっしゃっていましたが、どうされますか?」

「え、コルちゃんが?コルちゃんから食事に誘ってくれるのは、ニヶ月ぶりね。もちろん、今すぐに行くわ!」


ジル様は若い男の人に早く行こうと促す。と、一度、こちらに振り返ると、大きく手を振る。



「皆、それじゃあね。また来る。バイバーイ!」


ジル様は去って行った。可愛い。年上とわかっているけど!姿を見送ってから、私は気になることを二人に訊ねた。



「あの、ジル様が言ってたシスくんて、誰のことですか?」

「……」

「……」


お坊っちゃまもカルロ様も「何言ってんだ、コイツ?」みたいな顔で私を見る。私、変なこと言った??



「アリス。ジルはオレ達のばあちゃんだって言ったよな?」

「はい」

「となると、あの人の子供は誰?」

「子供…」


お坊っちゃま達は孫で、ジル様は祖母にあたる。
ジル様の子供は、シスくんと呼ばれている。シスくんとつく人は───

私の中で以前、会った時に冷たい視線で見てきたある人が思い浮かんだ。

ここのご当主のアメジスト・ドルチェ。
アメジストは、アメシストとも言うし。ジル様は、ご当主の母親で、先日に会ったコルチカム様は、ご当主の父親。あの二人の間から、あの人が生まれたのか。とても信じられないけど。



「やっとわかったみたいだね」

「遅ェよ」

「すみません…」


それじゃあ、私は何でジル様に嫌われてるの?大っ嫌いな子に似ていると言われた。シスくんを傷つけたとも。

コルチカム様に会った時も、知り合いの娘に似てると言われた。私と同じ顔、名前は“ラピスラズリ”と。

……。
考えてもわからない。きっとただの他人の空似だ。世の中には自分と同じ顔した人が三人いると言うんだし。それに違いない。



「じゃあ、ジル様が言ったコルちゃんもコルチカム様のことだったんですね?確かにそう言われると、カルロ様はコルチカム様に似ていますね」

「止めて。俺、あんなんじゃないから」

「いや、中身までそっくりじゃねェかよ!あのジジイに」

「ハルクまで!絶対に似てないから」

「お前に愛人はいねェけどさ、女とは遊びまくってんじゃん」

「あの人ほどじゃないよ!」

「オレからすれば変わんねェよ!」


何やらお坊っちゃまとカルロ様が言い合ってる。
それにしても、カルロ様はコルチカム様に似てると言われるのが嫌みたいね。私もお坊っちゃまと同じように似てるとは思う。だが、ここは黙っておこう。

二人は結局、それぞれ自分の部屋に戻るまで言い合っていた。





【END】
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