Afterword




屋敷の一室にて。

アメジストが父親のコルチカムと向かい合って、座っていた。しばし離れたところにアメジストの秘書であるブランが静かに待機している。二人の間にある机には、コーヒーが入ったカップが置かれ、コルチカムがカップを手にし、口に含む。



「ここで働く使用人で、お前の婚約者だったラピスラズリとそっくりな娘がいるだろう?こないだ、街で偶然会った」

「……あれはラピスの娘です」

「やはりか。そっくりな顔をしていたからな。……だが」


微笑んでいた彼が突然、笑みを消す。カップを置いて、蔑むように言った。



「ラピスラズリに比べて、バカ…素直そうな娘だったな。見てるだけで考えていることが丸わかりだ。ラピスは賢かったのに、あれでは残念だな」

「あの娘の中身は、あの男にそっくりですから」

「なるほど。ルビー・マチェドニアなら納得だ。しかし、ファミリーネームが違っていたぞ」

「あの男の友人が引き取ったからですよ。ラピスを亡くしてから、姿を消したようで。あの娘以外の子供を連れて」

「あの娘以外にも子供がいるのか?」

「ええ。あと娘が二人、息子が一人」

「ラピスラズリに似た子がいれば、少しはマシだろうな」


すると、ふと何かを思い出したのか、コルチカムが言った。



「その時にリクとも会ったが、リクはあの娘が気に入ってるようだな。それを観察していたら、雰囲気が昔のお前とラピスラズリを見ているようだったよ」

「……」


アメジストはコーヒーカップに口をつけて、何も言わない。聞こえているはずなのに、答えようともしなかった。



「リクはカルロやライと違い、あまり女には近寄らないと聞いていたが、あの娘に対してだけ違うようだな。あんな優しく笑うリクは、今までで一度も見たことがない」

「リクはあの娘と知り合ってから、反抗するようになりましたよ」

「あのリクが?」

「ええ。息子の中では、比較的言うことをきいていたのですが、最近は言うことをきかなくなりました」


アメジストの言葉を聞いて、コルチカムは笑い出す。



「何がおかしいんですか?父さん」

「リクは本当にそっくりだよ。お前がラピスラズリを失う前の穏やかだったお前にな。ま、リクが女嫌いになった原因は、ガーネット(母親)だったな。リクは何もかもがお前に似たから、ガーネットはリクに…」

「……さあ?」

「それとリクだけじゃないそうだな。あの娘にご執心なのは」

「父さん。誰から聞いたんですか?」

「これでも報告は、あちこちから入るんだよ。ハルクがあの娘を世話係につけるくらいに気に入っているのだろう。モモくんが亡くなってから、毎日問題ばかり起こしていたハルクもおとなしくなった。成績も良くなかったのに、その娘との約束を叶えるために高得点を取ったとも聞いたよ。どうやらハルクの評価を低く見ていたようだ」

「……ハルクは単純ですから」

「一途とも聞いたが。一途といえば、タスクもだったな。スプモーニ家の令嬢と婚約して、続いているのだろう。どちらも好きな相手しか見えてないのは、誰に似たんだろうな?」


コルチカムは目の前の息子を見ながら、そう言った。それをアメジストは、別の理由でかわす。



「モモは真っ直ぐでしたから」

「そうきたか。だから、お前はモモくんとだけしか結婚しなかったのだろう?お前にはないものを持っていたからな」


父親にそう言われて、アメジストは今は亡きモモの姿を思い出していた。



(ラピスとの関係が終わり、荒れる俺を心配してくれたのは彼女だけだったな…。

だけど、モモと一緒になっても、女遊びは止めなかった。

それでもモモは───)


「アメジスト」

(俺が帰ると、いつも笑いかけてくれた。言いたいこともあっただろうに…)


そんなアメジストもモモが亡くなった命日だけは、毎年墓参りに行っていた。彼女の大好きな花束を持って。この日とモモの誕生日だけは、女との予定を入れなかった。

そんな息子を見ながら、父親であるコルチカムはジッと見ていた。



「お前は、愛してくれたモモくんよりも愛してくれなかったラピスラズリを求めているんだろうな」

「バカバカしい。そんなわけありません。俺を捨てて、あの男を選んだ女なんて」

「……。ならば、何故ラピスラズリからもらった“アレ”を捨てないんだ?」

「っ!」


コルチカムにある指摘をされ、アメジストは動揺する。他の人間に対して常に強い彼も父親には弱かった。



「カマをかけてみたんだが、やはり持っていたのか」

「捨てるのを忘れただけです」

「違うだろう?いらないものはすぐに捨てるじゃないか。持っていることがその証拠だ。お前は、未だにラピスラズリを忘れられないんだよ。だから、ルビー・マチェドニアからラピスを奪い返そうとした」

「あれは、ただわからせようと…!」

「違う。ラピスラズリを取り戻したかったんだろう?何に対しても執着しなかったお前が初めて好きになった娘だ。初恋だった。モモくんを本当に愛せなかったのは、未だ初恋に囚われているからだ」


アメジストはコルチカムを鋭く睨み付けた。しかし、コルチカムは気にすることなく話す。



「ラピスラズリに婚約解消されてから、お前はひどく暴れ回った。いや、暴れるだけでは足りず、たまたま近くにいた玩具の片割れの娘を襲った」

「……それは」


その言葉にアメジストは、父親を睨む。だが、彼は動じることなく、話を続ける。



「それだけじゃない。色々な女達にも手を出して、孕ませたじゃないか?お前の子供は何人いる?」

「……」

「カルロの専属執事のアンバーもお前の子供だろ?玩具だったエメラルド・スノーホワイトのな」

「……」

「しかし、どの孫も女を惑わせる容姿を持っていながら、ただひとりの女を見つけられていない」

「……」

「そういえば、お前が常に気にかけていたお気に入りの玩具の子供もここにはいたな。まさか、あの玩具がダイヤモンド家の令嬢と駆け落ちするとは思わなかった。左右色違いで、うさぎのような赤い目を持ち、いつも泣いてばかりいたのにな。その息子もあの玩具と瓜二つで驚いたさ。コーラル・スノーホワイト。あれにそっくりだよ、アガットは。いや、父親よりは優秀だな。専属執事の中でもトップだ。うちにスカウトしたいくらい」

「アガットは俺の部下です。渡しません」

「随分とお気に入りのようだな。お前の弟のアメトリンもお前達同様にあの玩具に懐いていたからな」

「……」

「アメトリンが亡くなって、どれくらいだ?」

「…もう忘れましたよ」

「アレは弱かったからな。純粋が故に脆かった。ジルは天使だと言ってたが、本当に近かったのかもしれないな」


アメジストの弟のアメトリンは、身体が弱く、あまり学園には通えなかったが、優秀な子でもあった。彼自身は繊細だったが、優しい少年だった。ドルチェ家には珍しいタイプでもあった。



「話を戻そう。お前はいつかあの娘が欲しくなるさ。ラピスそっくりの娘が」

「子供に手を出す?そこまで困っていませんよ」

「現に手は出しているだろう?エメラルドの娘を。アレも随分と気に入ってるじゃないか」

「……あれは俺を見てなどいない」

「あの娘も面白いな。ボルドーを好きなんだろう?ボルドーも色恋には鈍いから、まったく気づいてはいないが」

「……」

「お前の場合、欲しいと思っているほど、手に入らないな」

「……」

「それに今は困っていなくても、ふとした瞬間に欲しくなるさ。愛情は裏返しだ。愛していたのが憎いように、憎いはずが、いつの間にか愛に変わることもあるんだからな。まして、あの娘はお前が無視できない二人の血を受け継いでいる。息子達と取り合う未来もあるかもしれないだろう」

「なるわけがない」

「お前が孫達の焦がれる娘を奪ったら、面白いんだがな」


すると、言いたいことを言ってスッキリしたコルチカムが急に立ち上がり、傍に掛けていたジャケットを着始めた。



「帰るんですか?」

「ああ。この後に予定があってな。アメジスト。また来るよ。今度はジルも連れて。お前に会いたがっていたからな」

「……わかりました」


父親が部屋を出て行く。
それを見送っていると、近くで待機していたブランがカップを片付け始める。



「実の父親ながら、本当に喰えない人だ」

「あの外見で60とかまったく見えませんね。コルチカム様よりもジギタリス様の方がすごいですが」

「母は昔からああだったからな。まだ幼かった頃に母と街を歩いていると、親子に見えず、姉弟に見えて、よく警官に声をかけられたこともあったな」

「今でもあのままなのがすごいですよね!」

「確かにな。そういえば、少し前に母から連絡があったな。“シスくんを苦しめた子、そっくりな娘と会った”と」

「それって、アリスじゃないですか?確か、玄関付近でグリが見たと話していましたから」

「なるほど。それでか…」


その時。
ドアをノックする音がして、ブランが返事をした。部屋に入って来たのは、ノワールだった。



「失礼します。アメジスト様、ボルドーさんが探していらっしゃいましたよ。確認したいことがあると」

「ああ。ボルドーに頼んでいたのを忘れていたな。わかった。今行く」


そう言い、アメジストも立ち上がり、ノワールと共に出て行った。残されたブランは引き続き、片付けを行ってから、部屋を出た。





【END】
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