Gentle Rain


買い出しからの帰り。
歩いていたら、前を歩く男性とすれ違った女性達が振り返ることに気づいた。一人ではない。何人もである。

黒髪で背が高く、顔まではわからないが、女の人達が振り返るくらいだから、かっこいいのだろう。後ろ姿だけでもイケメン的なオーラを感じるのは、私だけかな?
どんな顔をしているんだろうと見ながら歩いていたら、その男性が急に振り返った。

イケメンだけど、この場合はイケおじって言うべきかしら。年齢はうちのお父さんくらいか、少し上くらいだろうか。40代くらい?というか、色気も溢れるダンディーな男の人だ。服装もバッチリ着こなしているように見えるせいか、モデルさんみたいだわ。むしろ、こんな一般人はいないでしょ。
すると、その人が私を見て、フッと笑いかけてきた。



「おや、久しぶりだね」

「え?」

「しばらく見ない間に更に若くなったんじゃないかい?」

「へ、あ、あの…?」


声も良い声!……って、それよりも、どういう意味!?私、まだ成人にもなってないのに。

あ、もしかして、誰かと間違えてるのでは…。こういうの前にもあったんだよ。それも決まって、こう言われる。



「ラピスくん」


ほら、やっぱり間違えてる!またラピスだし!そのラピスって人、やたらイケメンの男性と知り合いが多くないかな?まさか悪女!?



「すみませんが、人違いです。私はラピスという名前ではありません」

「おや、それは失礼したね。つい知り合いの娘と似ていたから、間違えてしまったよ」

「いえ、たまに間違われることがあるので。そのラピスさんという方と」

「君はとてもよく似ているからね、ラピスラズリに」


何か私を見ながら、遠い目をしている。そんなに似ているのかな?ラピスラズリって人に。

そう考えていたら、背後から「アリスさん」と私を呼ぶ声がした。この声は───



「リク様!」

「おや、リクじゃないか。」


え、目の前のダンディーな男性が私と同時にリク様の名前を呼んだ。知り合い!?



「お久しぶりです。おじい様」

「おじい様はやめてくれよ。そう呼ばれると、自分が年寄りになったように感じる」


リク様が男性に頭を下げた。というか今、おじい様って言った??え、この人って、まさか…。



「リク様、あの…」

「アリスさん、紹介しますね。僕の祖父です」

「お嬢さん、改めまして。コルチカム・ドルチェだよ」

「はじめまして。アリス・パンナコッタと申します!」


私は慌てて頭を下げた。ご当主のお父様!言われてみれば似ている。年齢はいくつなのかしら?年齢不詳、過ぎない!?というか、ご当主はいくつなの??



「彼女はうちの屋敷でよく働いてくれてるんです。忙しいのにハルクの世話係も兼任しているんですよ」

「そうなのかい。あの暴れん坊の世話までしてるなんて…。大変だろ?ハルクは」

「いえ、うちにも似たような妹がいますので、慣れてます」

「ふふ。そうなんだ。君の妹ならば、可愛いだろうね」

「そ、そんなことは…!」


笑っているだけなのに、色気が溢れている!ドルチェ家の血、すごい。リク様も成人したら、色気が駄々漏れするようになるのかしら?

隣にいるリク様を見る。今でさえ魅力的なのに。……。想像したら、私が持たない!鼻血が出ちゃうわ!



「アリスさん?」

「はいぃぃ!?」


リク様に名前を呼ばれ、私はつい大きい声で返事してしまった。すると、リク様は目を丸くした後に笑っていた。



「ふふっ。アリスさん、返事が……あはは!」

「リク様。そこまで笑わなくても!」

「すみません。あまりにアリスさんが……ははっ、笑いが止まらな…!」


リク様が私を見ないようにしているが、まだ笑いが止まらないようだ。身体が小刻みに揺れてるし。リク様が面白いと思うなら、私はこの際、笑われても構わないわ!



「コルチカム様」

「フカヒ」


そこへ眼鏡をかけた背広を着た秘書らしき中年の男性が近づいてきた。その人を見て、コルチカムさんが頷く。



「もうそんな時間か。わかった。今行くよ。……それじゃあ、ここで失礼するよ。またね。リク、アリスくん」

「はい。お気をつけて」


リク様が声をかけ、私はコルチカムさんに頭を下げた。コルチカムさんは、秘書の男の人と近くにあった車に乗り込んで、去ってしまった。



「お優しい方ですね!」

「……」


私がリク様にそう話しかけると、リク様は無言だった。無視しているわけではない。何と言っていいのかわからないようにも感じた。



「リク様?」

「アリスさん。おじい様には気をつけてください」

「え?」

「おじい様は、隠すのが上手いんです。ああやって、笑みを浮かべていますが、あれが本心とは限らないこともあります」

「え?」


本心とは限らない?
あんなに笑っていたのに?あれが上辺だけだというの?困惑する私をよそにリク様は続ける。



「それとおじい様は自分の外見をわかっていて、女性を口説きます。大抵の女性は口説かれてしまうんですが、たまに口説けない女性もいて…」

「え!?口説けない人もいるんですか?」

「ええ。ですが、そうなると逆に燃えてしまって、その女性を口説き落とすまで追いかけるんです。最初は相手にしなかった方も、追われるうちにおじい様に落とされてしまうんですよ。お金も暇も持っていますからね」


あの外見で来られたらね…。落とされちゃうような気もする。私はリク様以外には興味ないけど!



「だから、アリスさんも気をつけてください。一人でいる時に話しかけられたら、すぐに理由をつけて逃げてください。僕の名前を出してもいいですから」

「わかりました…」


あの方が私みたいな小娘には興味ないだろうけど、リク様が言うんだからそれに従おう。



「荷物貸してください。持ちます」

「それは出来ません!これは私の仕事なので」

「声をかける前に後ろから見てたんですが、アリスさん、フラフラと危なっかしかったので…」


リク様に見られてた!?何度か転びそうになっていたところを。恥ずかしい!



「もしかして、荷物が重いんじゃないかと思って、声をかけようとしたら、おじい様と話し始めてしまったので。だから、重い荷物を渡してください」

「でも…」

「僕もアリスさんの役に立ちたいんです」

「リク様…」


何てお優しい方なの。惚れてしまうわ!……いや、既にリク様に惚れているけど。これ以上、惚れさせないで!

その後。
リク様に荷物を一つだけ持ってもらい、駐車場に停めてあったリクの車に乗せてもらい、私は屋敷に帰って来た。

最初はてっきりクロッカスさんがいると思っていたら、いなくて、更にリク様が運転するって、言ったからビックリしちゃったわ!車内に二人きりだったから、ドキドキしながら、助手席に座ってたわ。
運転は、安全運転なのは言うまでもなくね。でも、リク様も「たまにスピード飛ばしたくなる時もあるんです」って言ってたっけ。ギャップがすごい!


リク様に礼を告げてから別れ、買い出ししたものを届けてから、お坊っちゃまの部屋に戻る。

部屋では勉強が終わったところなのか、お坊っちゃまが教科書やノートなどを片していた。



「戻りました」

「アリスさん、おかえりなさい」


アガットさんが私に気づいて、声をかけてくれた。お坊っちゃまも顔を上げる。



「遅かったな」

「買い出しを頼まれていたので。お勉強は終わったんですか?」

「終わった!」

「なら、丁度いいですね。さっき買い出しに行ったので、ケーキをお持ちしました」

「花×華のケーキじゃん!やった!いっただきます!」


お坊っちゃまが喜んで食べ始める。本当にケーキが好きなんだな。近くに飲み物も置いた。



「そういえば、買い出しの帰りにご当主のお父様に初めてお会いしました」

「コルチカム様ですか?」

「はい。その方です。話していたら、リク様も偶然居合わせて…」


すると、あんなに笑顔でケーキを頬張っていたお坊っちゃまが苦虫を潰したような顔になる。



「オレ、親父の方のじいさんは好きじゃねェ」

「どうしてですか?優しい人ですよ」

「全然優しくねェよ!アイツ、笑いながら蔑んでくるんだぞ。オレのじいちゃんは、母さんの方のじいちゃんだけだ!」


お坊っちゃまがここまで言うなんて…。そんな悪い人には見えなかったけど。リク様も同じことを言っていたけれど、何かあるのかな。



「アガットさんはどうですか?」

「俺もコルチカム様は少し怖いですね」

「怖い?」

「はい。ニコニコと笑っているようで、目の奥は笑っていませんから。それに」

「それに?」

「コルチカム様も沢山の愛人がいらっしゃいます」

「愛人!?」

「うちの親父よりいんじゃね?数え切れねェくらいいたぜ」


ご当主もいるのは、わかっていたけれど、それを上回るとは…。あの外見ならついて行っちゃうかもしれないわね。お金も時間も持ってるんだし。



「奥様は何も言わないんですか?」

「奥様…ジギタリス様はコルチカム様が大好きなので、許していますよ。自分が一番なら浮気しても構わないそうです」

「え…」


沢山の女の人と関係持っても構わないの!?すごいわ。私なら無理だよ。



「ジギタリス様にも沢山の男性はいますからね」

「えぇっ!?」


奥様にも男の人が沢山!?
ドルチェ家、闇が深いんだけど!その血は孫達にまで受け継がれてるし。リク様だけはお願いだから、そうならないでください!……………まさか。
いずれお坊っちゃまも…。私はお坊っちゃまに目を向ける。



「アリス。お前、オレまでそうなるんじゃないかって視線を送んな!」

「いや、だって、そうなる可能性が…」

「なんねェし!」

「お坊っちゃまは大丈夫ですよ。今好きな人一筋ですから」

「アガット!」

「意外に一途なんですね…」

「意外は余計だ!」


お坊っちゃまは、相変わらずその人が好きなのね。もう私にも誰なのか教えてくれてもいいのにー!何で教えてくれないのかしら。皆に聞いても、自分で見つけろって答えしか返って来ないし。



「そういえば、コルチカム様って、おいくつなんですか?」

「歳?あの見た目だから、全然わかんねェな…。親父の歳も知らねェし」

「ええっ!?」

「アガット、わかるか?」

「アメジスト様は確か、41歳ですよ」

「41!?もっと若く見えますよ!」


うちのお父さんと同じだわ。うちのお父さんも若く見えるのよね…。



「コルチカム様は早くに結婚されたと聞きました。アメジスト様とシトリン様が生まれた時は19歳と。アメジスト様の場合、グレン様が生まれた時は18歳だったはず…」

「え、早くないですか…?」

「あの親父だからな。仕方ねェよ」

「そうなると、コルチカム様の年齢は60歳ですね」

「60!?」


あの外見で?見えない!見えなさすぎるわよ!!ドルチェ家、怖い。怖すぎる!最早、七不思議レベルだわ。ドルチェ家の七不思議!



「本当にドルチェ家って、普通じゃないですよね…」

「そうですね。他と比べると、そうなりますね…」

「オレも普通が良かった」


私、普通の家庭で良かったわ。改めてそう思う。





【END】
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