Innocent
その頃、車内にて。
屋敷を出発して、ドラが口を開いた。
「ねぇ。ピアニー。さっきのメイドのこと、知ってるの?」
「ああ、アリスのことですか?」
「そう」
「知ってるというか、僕も一週間前に知り合ったんですよ。大量のゴミをひっくり返して、途方にくれた顔してたので、その表情があまりに面白くて、つい笑ってしまったんです。それで片付けを手伝いながら、話しましたのですが、面白くて良い娘ですよ」
「……そうなんだ」
ドラは窓の外を見た。そんなドラにピアニーは思い出したかのように話しかける。
「そういえば、ドラ様。聞きましたよ。アリスに白兎と言われたんですよね?」
「うん。言われた。あんな風に思われの初めてだよ」
ドラがキツイことを言っても、ニコニコと笑って受け流す使用人は今までいなかった。あからさまにムッとする者が多い中、表情に出さないから怒ってないのかと思っていても、内面の声はひどい悪態をつく者もいた。特に顔に出さない者ほど、酷かった。
(しかも、アイツ。心の中まで同じだった。オレのこと、可愛いって…。蔑んでもいなかった)
ドラには、他人の心を読める能力があった。読めるといっても、ずっとではない。ドラと一対一で向かい合った時だけに発動する。この能力を知るのは、父親とボルドー、ピアニーだけだ。兄弟は誰も知らない。
「さっきもそう。アイツの心の声が聞こえたけど、全然オレのこと、嫌になってない。話さないでいたら、人見知りするのかなって思ってたよ」
「アリスはドラ様と仲良くなりたいみたいですよ」
「はあ?オレと??頭おかしいんじゃねーの!」
「ドラ様も彼女の心の声を聞いたのでしょう?それにジョーヌも話していましたから。カルロ様に会っても、ドラ様と仲良くなりたいと話していたそうです」
「……………」
それを聞いて、ドラは黙ってしまう。他人から仲良くなりたいという者がいなかったからだ。
(大抵の使用人、特にメイドは上の兄達ばかりを見ている。近づきたいから、下のオレ達を利用しようとする。だけど、オレ達はそんな女達の下心などお見通しだから、相手にしない)
このまま相手にしなければ、アリスもそのうち自分に構わなくなるだろうと考えていた。
だが。
「ドラ様!」
それからもアリスは、ドラと会う度に笑顔で手を振った。心の中では「可愛い!」と言っているのも、ドラには聞こえている。
(何なんだよ、コイツ。裏表なさすぎ…)
「ドラ様。おかえりなさい!」
「ドラ様。今日は良い天気ですね!」
いつも笑顔でドラに話しかけてくる。そんなアリスにドラはどうしていいかわからない。
(信じてもいいのかな?でも、もし、裏切られて、傷つけられたら、オレは…)
アリスはドラと目が合うと、ニコニコと笑っていた。心の声もドラに対して、侮蔑も嫌悪することもない。
「ドラ様?具合悪いんですか?」
「……………」
黙るドラに心配そうに声をかけるアリス。
(信じたい。もう一度だけ…)
そして、ドラがアリスに懐くまで、あと───
【END】