Sports Day 後
閉会式の時、カルロ様とライ様は「用事が出来たから」とそれぞれ先に帰ってしまった。カルロ様は「きっとハルクはアリスだけいる方が喜ぶから」と言い、ライ様も「ヒーローによろしくー」って、帰って行った。
閉会式も終わり、アガットさんの車は既に来ていた。私は空になった荷物を持って、一度、先に車へ向かった。
「アガットさん!」
「アリスさん、運動会どうでした?」
「お坊っちゃまのいる白組が優勝しました。お坊っちゃまも頑張っていましたし」
「良かったです。お坊っちゃまもアリスさんに見てもらえたから頑張ったんだと思いますよ」
「私は応援しか出来なかったです」
「だからですよ。お坊っちゃま、誰かが応援されるのを見て、羨ましく見てましたから」
そうか。
お父さんは一度も来たことないって言ってた。お母さんももういない。
「俺が応援しても喜んではくれました。でも、家族じゃないですからね」
「私も家族じゃないですよ?」
「ええ。俺が運動会に行けないって、伝えた時、お坊っちゃまは何て行ったかわかります?」
わからずに首を傾げると、アガットさんは笑う。
「アリスさんに運動会に来てもらおうって言ったんです。ハルクお坊っちゃまが自分から誘う相手は、あなただけです。その時からあなたに応援してもらいたかったんですよ」
「お坊っちゃま。…アガットさん、私、お坊っちゃまを迎えに行ってきます!」
私は駆け出した。
丁度、校門には下校する生徒達で溢れていた。お坊っちゃまはどこだろう?
辺りを見渡すと、ようやくその姿を見つける。
いた!
「アリス」
クラスメイト達に囲まれていたお坊っちゃまは、私の姿を見て、こちらに向かってきた。
「こっち、来て!」
「お坊っちゃま」
手を引かれて、人のいない方向に連れ出される。すると、お坊っちゃまの方から話を切り出してきた。
「あのさ、お願い事は覚えてる?」
「もちろん覚えてますよ。二人でお弁当持って、遊園地に行くんですよね?」
「うん」
それを聞いて、お坊っちゃまはホッとしていた。私はすぐ忘れると思われていたのだろうか?
「オレ、徒競走でも騎馬戦でも頑張ったよ!」
「そうですね」
徒競走はともかく、騎馬戦の時は見ていなかったから、お坊っちゃまを正面から見られない。本当に申し訳ない。わざとじゃないんです!
「頑張ったから、何かちょうだい!」
「え?ちょうだいって言われましても、今は何も持ってないんですが!?」
「アリスが持ってるものでいいから!」
持ってるものと言われても…。
本当に今は何も持ってないし!私自身の持ってるものって…一体?
さっき帰る前に言われたライ様のある言葉を思い出す。
あれしかないの?いやいや、私がしても喜ばないでしょう!嫌がられるだけだ。せっかくいい関係を築けているのに、こんなことして嫌われたくない。
「アリス?」
でも、他にないし。
よし、腹を決めよう。嫌がられたら、ライ様に後で文句言ってやるんだから!
「お坊っちゃま…」
「アリス…?」
私はお坊っちゃまに無言で近づき、彼の肩に手を置き、少し屈む。それからお坊っちゃまの目線に合わせて、その額にキスした。
「………………え」
「やっぱり嫌でしたよね?ごめんなさい!今すぐに拭きますから!あ、消毒した方がいいですね。流石に持ってないから、ハンカチを濡らして拭き取っ…」
「違っ…!別に嫌じゃねェし。拭かなくていい!」
「え、でも…」
「いいから!ほら、アガットも待たせてるから帰るぞ!」
腕を掴まれ、私はお坊っちゃまの後をついてく。お坊っちゃまの顔は見えなかったけど、耳まで赤かった。
これは怒ってるんだ!だから、喋らないんだ。お坊っちゃまは否定したけど、やっぱり嫌だったんじゃない!?だって、さっきからずっと無言だもの!
車に着いてからも黙ったままだし!
あー、私は何故ライ様の言葉を鵜呑みにしてしまったんだ!!後悔先に立たず。
“ハルクに何かお願いされたら、キスしてみな?あいつ、絶対に喜ぶから”
メイドごときがお坊っちゃまに手を出してすみません。帰ったら、部屋で退職届を書かなくちゃいけないわ。もう少し働いていたかった…!
「アガットさん。私、今日までなので」
「え?アリスさん、何言ってるんですか…?」
「短い間、ありがとうございました」
「いやいや、どうしたんですか?お坊っちゃまも何か言ってくだ……だめだ。お坊っちゃまも様子がおかしい!」
その後、私はクビにはならずに済み、メイドは続けられることになりました。
良かったー。
でも、しばしお坊っちゃまと顔を合わせる度にギクシャクしてしまい、色んな方々からは心配された。
ライ様だけは笑ってましたけど。
【END】