小ネタ集2
❰ラブレター❱
「…あの!」
「はい?」
お屋敷の玄関口を掃除していたら、同じくらいの女の子に声をかけられた。有名なお嬢様学校で、その制服を着た髪の長い可愛い女の子だった。
「私、ここにいる方に助けていただいて、お礼を言いに来たんです」
「そうなんですか?じゃあ、今…」
「いえ!直接会うのは恥ずかしいので…!これを、渡してくれませんか?」
そう言って、私に手紙を渡して来た。名前は書いてないが、顔を赤くしながら渡してくるのだ。兄弟の誰かに宛てたラブレターだろう。
玄関で掃除していると、よくあるんだよね。ベゴニアやスマルトも手紙を預かったって、言っていたことあるし。カルロ様宛てが一番多いけど。私はまだないが、リク様宛てというのもわりとあるらしい。リク様の良さをわかってもらえて嬉しい半面、ちょっと複雑でもある。だって、ラブレターだよ。
「えっと、どなたにでしょうか?」
ここには兄弟が6人もいる。おそらく下の三人宛ではないが、それでもまだ上に三人いる。きっと上三人の誰かだろうとにらんでいる。
「あのおとなしめの眼鏡をかけた方に…」
リク様!?
私はショックを受けた…。
それから掃除を終えて、私は例の手紙を預かり、本邸の中を歩いていた。
まさか、私が他人のとはいえ、リク様にラブレターを渡すことになるとは思わなかったな…。どうせなら自分で書いたものを渡したかっ…いやいや!身分差があるから、渡せないけど。
「…………憂鬱だな」
「…何が?」
「それはリク様にこのラブレターを渡さないといけないからですよ。リク様はオッケーしちゃうのかな。可愛い女の子だったしなー……って、お坊っちゃま!?」
「お前、相変わらずリク兄相手だと、ごちゃごちゃ悩むよな…」
リク様の部屋に行くつもりが、いつもの習慣でお坊っちゃまの部屋に来ていたようだ。
でも、良かった。今の独り言をリク様に聞かれてたら…と考えると、かなり恥ずかしい!
「私にとっては、憧れの人ですからね。お坊っちゃまとは違って、紳士的で優しく素敵な方です!」
「どうせオレは子供だよ!」
「きっとさっきの子もリク様の魅力をわかっているから、手紙を書いたんですよ。おとなしめの眼鏡の方にって言ってたから」
「違ェよ、それ。リク兄じゃねェよ」
「ええ!この邸で眼鏡をかけたご兄弟は、リク様しかいないですよ…」
「ライもかけてんの。それにリク兄はあまり女に声はかけねェよ。困っていたりすれば、声はかけるだろうけど」
「あの人、眼鏡かけてるの!?」
「学園にいる時とかたまに外を出かける時に眼鏡をかけてんだよ、アイツ。目悪くなんかねェのに…。つける理由がよくわかんねェけど」
「うそ…」
軽く衝撃的だった。
あの見境なくタイプであれば、男女関係なく口説く露出狂が眼鏡をかけてるなんて…。
しばらくしてから、リク様ではなく、ライ様の部屋に手紙を届ける。
ドアをノックすると、返事があった。今日は部屋にいるんだ。珍しい。そう思いながら、「失礼します」と一礼してから入る。
「ライ様、手紙を預かりました」
「アリスじゃん!何?ハルクやめて、俺の世話係になってくれんの!」
「なんねェよ!」
私の方に近づいてこようとしたライ様にお坊っちゃまが間に入り、そう叫ぶ。
「なーんだ。ハルクもいたんだ…」
「こうなるのわかってるから来たんだよ!」
「で、アリス。手紙って?」
「無視すんな!」
「さっき、ライ様に助けてもらったっておっしゃっていた方から手紙を預かったんです」
手紙をライ様に渡すと、彼は早速手紙を読む。文面を見て、あーっと呟いた。
「あの子か。街で変な男に絡まれてたから、助けてあげた子。へぇ、ネプチューン家のご令嬢だったんだー。可愛かったんだよね」
「変な男に絡まれてた?ライ様が絡んだのではなく??」
「ひどくね?オレ、アリスにはそう思われてたの。ショックなんだけど…」
「普段の行いがそんなだから、そう思われてんじゃねェの?」
「ふーん。だから、ハルクはお菓子で気を引いてんだ……っ痛て!」
お坊っちゃまがライ様の足を無言で蹴る。まったくこの子はすぐ手や足が出るんだから…。
「こら、やめなさい!すみません。ライ様…」
「…ふん」
見かねて、お坊っちゃまを注意するが、不機嫌そうに横を向かれた。お坊っちゃまの代わりに私がライ様に頭を下げる。このお子ちゃまは…。
「申し訳ありません!」
「あのさ、謝るよりして欲しいことがあんだけど」
「は、はい?」
顔を上げると、何故かライ様が目の前にいた。
え、ちょっと距離が近くない?
「あの…?」
「ちょっと俺のベッドまで行こうか?服は脱がし……っ!!」
最後まで言い終わる前にライ様が床に倒れる。え、何があったの?それよりもライ様、起こさないと。
「大丈夫で…」
「帰るぞ!」
「ちょっ…お坊っちゃま!?」
ライ様を起こすより先にお坊っちゃまに手を引っ張られてしまい、床に転がったライ様を放置したままで、私達は部屋を出た。
「アイツ、本当に油断も隙もねェ!」
「え、何がです?」
お坊っちゃまが歩きながら怒っていた。それから、お坊っちゃまの部屋に戻ってくるなり、私に怒鳴り出す。
「お前はもう少し警戒心持てよ!そんなんだから、アイツらが狙ってくんだよ…」
「さっきから何怒ってるんですか?お坊っちゃま…」
「何でわかんねェの!?オレでもわかんのに!お前、バカなの?」
「バカ!?どうして、お坊っちゃまにそう言われないといけないんですか!」
「バカだからバカって言ったんだよ!」
「バカって言う方がバカなのよ!!」
「もういい!お世話係なんかいらねェ!」
お坊っちゃまがそう言った。
ああ、そう。そっちがそう言うのなら、私が続けていても仕方ないわよね。
「……わかりました。短い間でしたけど、お世話になりました!私をはずしたことはちゃんと言っておいてくださいね」
部屋を出ようとした時、ここの部屋の鍵を持っていたことを思い出して、ポケットから取り出す。
「鍵、お返しします。失礼しました!!」
お坊っちゃまに鍵を突き返して、部屋を出た。
本当に頭きちゃうわ!
その足で使用人の屋敷に戻り、メイド長の元に向かい、お坊っちゃまの世話係の件について報告した。本邸の鍵ももう行くことがないからとメイド長に返そうとしたのだが、「まだハルク様の世話係を正式にやめたわけではないから、持っていなさい」と言われた。それから「今日はもう上がっていい」と言われたので、メイド長の部屋を出て、自分の部屋に戻ろうとした。すると、ベゴニアと出くわす。
「あれ?アリス、ハルク様のとこにいたんじゃないの?」
「世話係いらないって言われたから、お役目御免になりました」
「え、何で?」
「知らない。お坊っちゃまに聞いてよ。私、部屋に戻るから」
その後、誰とも話す気になれず、その日はそのまま部屋から出なかった。
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