特別番外編Ⅱ
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……
…
広いベッドの上から、天井を見上げる。
最近、前より呼ばれることが増えた気がする。今では私の休みを把握しているのか、必ず呼ばれる。予定を入れていても、こっちが優先されるから、ベゴニアやアリスと約束しても出かけられなくなった。二人は「気にしないでいい」とは言ってくれるが、私は二人と一緒に出かけたい。むしろ、私だって、楽しみにしていたわけで。毎回楽しみを奪われると、流石の私も我慢出来ない。
ちゃんと伝えた方がいいかしら?却下されるかもしれないけど、一応、伝えてみよう。意を決して、隣にいるあの人に声をかけた。
「あの…」
「………なんだ?」
私より大分年上なはずなのに、こうして見ると、同年代に見えなくもない。リク様の兄としても通用しそうだ。リク様はこの人にそっくりと言えるくらい似ていた。
だけど、リク様にはまだここまでの色気はない。グレン様やカルロ様ですら、この人の色気には敵わないだろう。
「呼ばれるのは構いませんが、月に一度くらいは友人との時間を過ごしたいです」
「……」
あの人の目を見ながら、私はハッキリと伝えた。彼を見ても、反応は読めない。私はただ静かに待つ。
「……わかった。善処しよう」
「え?」
意外にもあっさりと頷いた。てっきり反対されるかと思ったのに…。
「最近、お前ばかりを呼んでばかりいたからな。少しは減らそう」
「ありがとうございます」
すると、あの人は私の顔に触れ、ジーっと私を見つめていた。真紅のような赤色の瞳。私の目の色とは対照的。私の目の色は、海のような青色だ。父の目の色と同じだと母が言っていた。
「私、あなたを冷たい人だと思っていました」
「……」
「思ったよりは優しいんですね」
私がそう言うと、思っていなかったのか、珍しく彼は目を丸くしていた。だが、すぐに鼻で笑った。
「冷たいと言われたことは数え切れないほどあるが、優しいと言ったやつは、お前でニ人目だ」
「え…」
二人目?
最初に言ったのは、誰なんだろうか。おそらくうちの母ではない。
「スマルト」
「はい」
あの人が初めて私の名前を呼んだ。
私が返事をすると、彼の顔が近づいてきた。何故だか彼は、笑っていたが、さっきの鼻で笑うような笑い方ではない。この人、普通に笑えるのね。そう思っていたら、突然、噛みつかれるようなキスをされた。
これが再開の合図とでもいうように、私は再びあの人に抱かれた。行為もいつもとは違い、いつになく優しかった───。
そうこうしているうちに朝になっていた。
彼の部屋にあるシャワーを浴びて戻ると、既に服を着たあの人が珍しく窓の外を見ていた。
何を見ているのか、興味があって、私も外を見た。
「アリス!こんなところにいた!早く出かけるぞ!」
「出かける!?一体、どこにですか?」
「シンジュに遊園地のチケットもらった!これから行くから、今すぐ準備しろ!」
「ええっ!?」
そこにいたのは、アリスとハルク様。
きっとハルク様がアリスを探して、迎えに来たのだろう。私から見たら、微笑ましい光景。
だが、彼には違ったらしい。
「……しい…」
え?
あの人が何かを呟いていた。そして、そのまま部屋を出て行って行った。どうやら私は見えていなかったようだ。
再び窓の外に目を向ければ、ハルク様がアリスの腕を引っ張りながら去って行くところ。
今、アリスに向かって、何か言っていた。私の聞き間違いでなければ───
“忌々しい。本当に目障りな娘だ。ラピスと同じ外見でさえも憎いのに、中身はあのルビー・マチェドニアにそっくりとは…。今すぐにこの手で消してしまいたい”
ラピス?ルビー・マチェドニア?一体、誰のことなのだろうか。
どうして、あの人はあんなにもアリスを睨むのだろうか。ちょっと鈍いが、悪い娘ではない。むしろ、優しく素直な女の子だ。
それから私も着替えて、部屋を出た。今日は休みだから、制服ではない。だが、私服でいれば、他の使用人に不審に思われる。早めに本邸を出なければ。急いで歩いていると───
「スマルト」
振り返ると、ベゴニアの兄であるノワールさんがいた。いつもの正装ではなく、私服だった。
「ノワールさん」
「ここを早く出たいんだろ?案内する。こっちだ」
一瞬、迷ったが、ノワールさんの方がこの屋敷内は詳しい。私は後をついてくことにした。
「今日はお休みなんですか?」
「いや、昼からだよ。今はタスクをスプモーニ家に送って来たところだ。メイズがまだ免許を取ってないから」
スプモーニ家は、タスク様の婚約者の家の名前だ。そういえば、タスク様の専属執事であるメイズは、私と同い年。確か、10月で18になるから、まだ教習所にも通っていないのだろう。今はまだ6月だし。通えるのは、一ヶ月前からと聞いた。
「何か悩んでいるのか?」
「ある意味、悩んではいます」
「……それはアメジスト様、とのこと?」
「いえ。それは別に」
「君は強いんだな。それでこのことは、アンバーは知ってるのか?」
「知りません。兄には言っていませんし、言うつもりもないです。言ったら、兄はあの人に歯向かって行くと思いますから」
私がそう答えると、ノワールさんは想像出来たのか笑っていた。
「アンバーはある意味、真っ直ぐだからな。他のメンバーにはない部分がある。本来はこちら側にいるタイプの人間じゃないしな」
「そうですね。兄も外見と中身は一致しませんから」
「兄もってことは、他にもいるのか?」
「はい。その子も外見と中身が一致しません。ですが、私はその子も兄もそういうところも含めて、好きなので」
「……そうか」
ノワールさんは、私があの人の元へ向かう時、いつも何か言いたげな表情をしながら、案内をしていた。ニコニコと笑うブランさんとは対照的に。
「君の友人にも伝えていないのか?」
「言ってません。これは私の問題です。皆を巻き込みたくありませんから」
ようやく本邸から出るドアの前に着いた。これ以上、話すことはない。ドアを開けると、ノワールさんは私に問いかけてくる。
「君は本当にそれでいいのか?」
「……」
思わず立ち止まる。
私だって、本当は嫌だ。だけど、私のせいで皆が危ない目にあって欲しくない。それならば、私さえ我慢すればいい。
「言ったところで、どうするんです。それにノワールさんは、あの人側の人間でしょう?」
「……そうだな。悪かった」
ノワールさんに一礼して、私はその場から離れた。
外を歩きながら、私は考えていた。
抱いてもらうなら、あの人ではなく、彼が良かった。彼は私をそんな風に見てくれることなど一度もないだろうけど。
おそらく私のことは、娘のようにしか思っていない。
彼の中には、未だに奥様がいるから。今でもその人だけを想っている。羨ましい。亡くなった今でも彼に愛される奥様が。
「スマルト」
背後から、彼の声がした。
私は一度、深呼吸をした。そして、ゆっくりと振り返る。
「はい。何でしょうか?執事長」
私は初めて会ったあの日からあなたのことを、あなただけを───。
【END】
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広いベッドの上から、天井を見上げる。
最近、前より呼ばれることが増えた気がする。今では私の休みを把握しているのか、必ず呼ばれる。予定を入れていても、こっちが優先されるから、ベゴニアやアリスと約束しても出かけられなくなった。二人は「気にしないでいい」とは言ってくれるが、私は二人と一緒に出かけたい。むしろ、私だって、楽しみにしていたわけで。毎回楽しみを奪われると、流石の私も我慢出来ない。
ちゃんと伝えた方がいいかしら?却下されるかもしれないけど、一応、伝えてみよう。意を決して、隣にいるあの人に声をかけた。
「あの…」
「………なんだ?」
私より大分年上なはずなのに、こうして見ると、同年代に見えなくもない。リク様の兄としても通用しそうだ。リク様はこの人にそっくりと言えるくらい似ていた。
だけど、リク様にはまだここまでの色気はない。グレン様やカルロ様ですら、この人の色気には敵わないだろう。
「呼ばれるのは構いませんが、月に一度くらいは友人との時間を過ごしたいです」
「……」
あの人の目を見ながら、私はハッキリと伝えた。彼を見ても、反応は読めない。私はただ静かに待つ。
「……わかった。善処しよう」
「え?」
意外にもあっさりと頷いた。てっきり反対されるかと思ったのに…。
「最近、お前ばかりを呼んでばかりいたからな。少しは減らそう」
「ありがとうございます」
すると、あの人は私の顔に触れ、ジーっと私を見つめていた。真紅のような赤色の瞳。私の目の色とは対照的。私の目の色は、海のような青色だ。父の目の色と同じだと母が言っていた。
「私、あなたを冷たい人だと思っていました」
「……」
「思ったよりは優しいんですね」
私がそう言うと、思っていなかったのか、珍しく彼は目を丸くしていた。だが、すぐに鼻で笑った。
「冷たいと言われたことは数え切れないほどあるが、優しいと言ったやつは、お前でニ人目だ」
「え…」
二人目?
最初に言ったのは、誰なんだろうか。おそらくうちの母ではない。
「スマルト」
「はい」
あの人が初めて私の名前を呼んだ。
私が返事をすると、彼の顔が近づいてきた。何故だか彼は、笑っていたが、さっきの鼻で笑うような笑い方ではない。この人、普通に笑えるのね。そう思っていたら、突然、噛みつかれるようなキスをされた。
これが再開の合図とでもいうように、私は再びあの人に抱かれた。行為もいつもとは違い、いつになく優しかった───。
そうこうしているうちに朝になっていた。
彼の部屋にあるシャワーを浴びて戻ると、既に服を着たあの人が珍しく窓の外を見ていた。
何を見ているのか、興味があって、私も外を見た。
「アリス!こんなところにいた!早く出かけるぞ!」
「出かける!?一体、どこにですか?」
「シンジュに遊園地のチケットもらった!これから行くから、今すぐ準備しろ!」
「ええっ!?」
そこにいたのは、アリスとハルク様。
きっとハルク様がアリスを探して、迎えに来たのだろう。私から見たら、微笑ましい光景。
だが、彼には違ったらしい。
「……しい…」
え?
あの人が何かを呟いていた。そして、そのまま部屋を出て行って行った。どうやら私は見えていなかったようだ。
再び窓の外に目を向ければ、ハルク様がアリスの腕を引っ張りながら去って行くところ。
今、アリスに向かって、何か言っていた。私の聞き間違いでなければ───
“忌々しい。本当に目障りな娘だ。ラピスと同じ外見でさえも憎いのに、中身はあのルビー・マチェドニアにそっくりとは…。今すぐにこの手で消してしまいたい”
ラピス?ルビー・マチェドニア?一体、誰のことなのだろうか。
どうして、あの人はあんなにもアリスを睨むのだろうか。ちょっと鈍いが、悪い娘ではない。むしろ、優しく素直な女の子だ。
それから私も着替えて、部屋を出た。今日は休みだから、制服ではない。だが、私服でいれば、他の使用人に不審に思われる。早めに本邸を出なければ。急いで歩いていると───
「スマルト」
振り返ると、ベゴニアの兄であるノワールさんがいた。いつもの正装ではなく、私服だった。
「ノワールさん」
「ここを早く出たいんだろ?案内する。こっちだ」
一瞬、迷ったが、ノワールさんの方がこの屋敷内は詳しい。私は後をついてくことにした。
「今日はお休みなんですか?」
「いや、昼からだよ。今はタスクをスプモーニ家に送って来たところだ。メイズがまだ免許を取ってないから」
スプモーニ家は、タスク様の婚約者の家の名前だ。そういえば、タスク様の専属執事であるメイズは、私と同い年。確か、10月で18になるから、まだ教習所にも通っていないのだろう。今はまだ6月だし。通えるのは、一ヶ月前からと聞いた。
「何か悩んでいるのか?」
「ある意味、悩んではいます」
「……それはアメジスト様、とのこと?」
「いえ。それは別に」
「君は強いんだな。それでこのことは、アンバーは知ってるのか?」
「知りません。兄には言っていませんし、言うつもりもないです。言ったら、兄はあの人に歯向かって行くと思いますから」
私がそう答えると、ノワールさんは想像出来たのか笑っていた。
「アンバーはある意味、真っ直ぐだからな。他のメンバーにはない部分がある。本来はこちら側にいるタイプの人間じゃないしな」
「そうですね。兄も外見と中身は一致しませんから」
「兄もってことは、他にもいるのか?」
「はい。その子も外見と中身が一致しません。ですが、私はその子も兄もそういうところも含めて、好きなので」
「……そうか」
ノワールさんは、私があの人の元へ向かう時、いつも何か言いたげな表情をしながら、案内をしていた。ニコニコと笑うブランさんとは対照的に。
「君の友人にも伝えていないのか?」
「言ってません。これは私の問題です。皆を巻き込みたくありませんから」
ようやく本邸から出るドアの前に着いた。これ以上、話すことはない。ドアを開けると、ノワールさんは私に問いかけてくる。
「君は本当にそれでいいのか?」
「……」
思わず立ち止まる。
私だって、本当は嫌だ。だけど、私のせいで皆が危ない目にあって欲しくない。それならば、私さえ我慢すればいい。
「言ったところで、どうするんです。それにノワールさんは、あの人側の人間でしょう?」
「……そうだな。悪かった」
ノワールさんに一礼して、私はその場から離れた。
外を歩きながら、私は考えていた。
抱いてもらうなら、あの人ではなく、彼が良かった。彼は私をそんな風に見てくれることなど一度もないだろうけど。
おそらく私のことは、娘のようにしか思っていない。
彼の中には、未だに奥様がいるから。今でもその人だけを想っている。羨ましい。亡くなった今でも彼に愛される奥様が。
「スマルト」
背後から、彼の声がした。
私は一度、深呼吸をした。そして、ゆっくりと振り返る。
「はい。何でしょうか?執事長」
私は初めて会ったあの日からあなたのことを、あなただけを───。
【END】