特別番外編Ⅰ




「それより俺、マジで誰かを好きになったことないんだよね。実は初恋もまだなの…」

「女とはヤッてるくせに何言ってんだ!好みはないのかよ?」

「好みね…。うちの母親かな?」

「え、マザコン…」

「違う。うちの母親、すげーキレイで性格も落ちついててさ。それを見て、育ったから、何か自分の理想が高くなっちゃったみたいでさ…」


メイの母親なら、キレイな顔はしてそうだよな。
うちの場合は、父さんが童顔で兄貴といるだけで、兄弟に間違われたりとか何度もあったし。母さんは普通よりきれいではあったけど、中身は父さんより男らしかったな。潔いというか。たまにすげー怖かった。もう怒られることはないけどな。



「写真とかねーの?」

「ないな…」


残念。ちょっと見てみたかった。
メイ、なかなか長続きしないよな。すぐ彼女出来ても、いつの間にか別れてるし。いつだったか、芸能人もいたような。若手で一番人気の……って、そうじゃねー!脱線してるな。俺はエボニーの話を相談してたはずなのに。



「メイ。これ、兄貴に言った方がいいと思うか?」

「まだ言わない方がいいんじゃない?ほら、アガくん、弟のことになると、動揺しちゃうから。普段は冷静な判断が出来るのにさ。あとはハルくん関係でも同じことあるっけ」

「ハルク様、ね…。あれのどこが可愛いんだ?」


この屋敷の当主の息子の一人であるハルク・ドルチェ。うちにいる弟のアザーと同い年。兄貴がそいつの専属執事になって、兄貴と会う度に必ず「お坊っちゃまが…」って、にこにこと話し出す。兄貴、マジで中身まで父さんに似てきたわ。父さんもよく母さんがいかに優しかったかや可愛かったかを話すんだよ。

それにハルク様、世話係のアリスにひっついて離れないよな。仕事のことで同期のやつがアリスと話していただけで、すげー睨んできたとか言ってたし。兄貴とアリスが話してても、ちょっとムッとしてたな。あれは自分以外の男は許せないんだな。



「ハルくん、可愛いっすよ?反応がいいから、ついターくんと一緒にからかっちゃうんだよね」

「お前、タスク様と仲良いもんな。専属執事だからなのか?」

「ここに勤めるようになってから、面倒を見ていたからね。あと俺、弟はいないから、つい可愛がっちゃうんだよ」


ん?弟はいない。じゃあ、妹はいるのか?



「メイ、お前一人っ子じゃねーの?」

「違うよ。双子の妹がいる」

「マジ!?お前も双子かよ!」

「うん。でも、向こうはおれのことは知らないよ。今は別の家に引き取られて幸せにやってるみたい」


意外だ。てっきり一人っ子だと思ってた。
てか、向こうは知らない??もしかして、メイの家って、かなり複雑なのか。悪いこと、聞いたか。



「俺のことは置いといてさ。それより、エボくんのことはどうすんの?」

「あー、そうだった…」


結局、メイに話を聞いてもらっただけで、何も解決しなかった。





一週間後。
俺が買い出しでいない間にあの女の婚約者が屋敷に乗り込んで来たようで、エボニーを殴ったらしい。帰ってから、その話をメイから聞いた俺は、慌ててエボニーの部屋に向かった。



「エボニー!」

「アッシュ…」


部屋には、兄貴もいた。エボニーの手当てをしてくれたようだ。そんなエボニーの片頬は、赤く腫れていた。口元にもテープが貼られ、かなり痛たそうだった。



「アッシュ。僕…」

「エボニーは悪くねーだろ…」

「……ううん。ぼくが悪いんだ。ちゃんと断らないといけなかったのに、婚約者がいる相手を好きになってしまった。だから、これは罰なんだよ」


悲しそうな顔でエボニーは言った。お前は、ただ好きなだけだろ。あの女を。



「それでね、今日のことで執事長に言われちゃったんだ。流石にうちには置いておけないから、三日後にここを出て行くことになった」

「え!?あの女は?出禁だよな?」

「カメリア様には何もないよ」

「はあ!?だって、あの女からエボニーを誘惑したくせにおとがめなしって、おかしいだろ!婚約者のやつだって、ちゃんとあの女の手綱を引いておかねーから…」

「彼女は、身分があるからね。こういう時は、不問なんだよ」


意味わかんねー。ただ家が金持ちだからってだけで何もないなんて。俺達だって、同じ人間なのに。



「ボルドーさんもわかってはいるんだよ。でも、表立っては庇えない」

「うん。ボルドーさんに後で謝られたよ」

「前からカメリア様のことは、数えきれないくらいあるんだ。中には訴えようとしていた人もいたみたい。でも、すぐにお金で解決された。今回もカメリア様側から、エボニーに治療費を渡されたよ。口止め料付きのね」

「……」

「ここでは逆らえないんだよ」


俺は無力だ。生まれた時から一緒にいた弟を救えないなんて。すげー悔しい。
本当ならば、エボニーを殴ったあの男も、他に男が沢山いるくせにエボニーを誘惑したあの女も、身分さえなければ、ぶん殴ってやりたい!

でも、それは出来ない。それをやったら、色々な人達を傷つけてしまうから。ひたすら怒りを堪えるしかなかった。


それからエボニーは、実家に帰ることになった。ボルドーさんから、他ですぐ働けるように推薦状は書いてもらったようだ。あいつのことだから、ここじゃなくても、すぐに新しい仕事先は見つかるだろう。





エボニーが屋敷を去る日、仲が良かった同期達が見送りに来てくれた。見送りに来れなかった人達とは昨日の夜にお別れ会を開いて、既に挨拶は済んでいたりする。



「エボニー、また会おうな!」

「会うだけじゃねーよ!遊ぼうぜ。連絡するから」

「ここから離れたって、友達なんだからな!」

「そうだ。いつでも連絡してくれよ」

「うん。ありがとう。皆。また会おうね!」


エボニーが笑って、そう答えた。
他にもメイや兄貴、アンバーさんを含む専属執事の人達も全員来ていた。



「エボニー。元気でね」

「真面目な君なら、どこでもうまくやれるよ」

「新しいところでも頑張ってくれ。君なら出来る」

「……はい!皆さん、お世話になりました。今までありがとうございました」

「何かあれば、また助けに行ってやるから!」

「ありがとう。アンバーさん」


エボニーが殴られた時、近くにアンバーさんとカルロ様がいて、助けてくれたらしい。エボニーは二発殴られたが、それ以上、ひどい怪我がなかったのは二人がいたお陰だろう。いなかったら、もっと殴られていたかもしれないし、骨折などしていたかもしれなかった。エボニーはまったく抵抗もしなかったと、兄貴から聞かされた。



「アンくんが何か兄みたいなこと言ってるっすね」

「いいだろ!エボニーは俺にとっても、弟でもあるんだし」

「いとこではあるけど、アンバーの弟ではないよ。俺の弟だから!」

「アガット!そういうことじゃないんだよ!てか、冷静に突っ込むな!」

「アンバーさん、嬉しいです。ぼくもそう思っていますから」

「エボニー」


アンバーさんがエボニーを抱きしめる。てか、アンバーさんも顔に似合わず、熱いんだよな。外見だけなら、冷静沈着に見えるのに…。



「でも、困ったことがあれば、すぐに言うんだよ?自分だけで抱え込まないように」

「うん、わかった。アガ兄…」


それからエボニーの乗ったタクシーが走り去って行く。来てくれた皆がその場を後にする中、俺だけがそこにいたまま。



「アッシュ。戻るよ」

「兄貴」

「ん?」

「俺、絶対に許さねー。カメリアも、カメリアの婚約者も」

「……」

「身分があるからって、好き勝手しやがって」

「アッシュは良い子に育ったね!」


そう言い、兄貴が俺の頭を撫でる。



「撫でんなよ!もうガキじゃねーんだから」

「俺にとっては、いつまでも可愛い弟だからね。よしよし」

「だあー!止めろ!バカ兄貴!!」


ったく、本当に親父そっくりだ!にこにこしながら、頭を撫でるところは。



“アッシュは良い子だね!”


ふと親父の姿と重なった。兄貴は親父じゃねーのに。
……もう親父に頭を撫でてもらえることは、二度とないけど。





数日後。
あの女が屋敷に懲りずにやって来た。兄貴からは「怒りたい気持ちはわかるけど、我慢して」と言われた。別にこんなところ辞めたって構わない。でも、紹介してくれた兄貴や雇ってくれたボルドーさんの顔は潰したくない。

仕方なく、あの女に頭だけ下げて、その場から離れようとした。すると──



「あなた、アガットの弟よね?」

「そうですけど」

「名前は?」

「…………アッシュ」


教えたくもなかったが、教えないと何をされるかわかんねーからな。



「ふふっ。あなたの方が面白そうね」

「はあ…」


すると、あの女は俺の方に近づき、俺の耳元でしか聞こえない声で言う。



「(あなた、あたしのことに興味ないでしょ?)」

「……」


それを聞いて、俺は笑った。
ここには、俺とこの女しかいない。丁度いい。ハッキリ教えてやる。



「当たり前でしょう?誰が弟を誘惑した挙げ句、ポイ捨てした女なんかを。好きになれるわけがない」

「……そう」

「それだけです。失礼します」


軽く頭を下げて、その場を去る。
あー、スッキリした!これであの女とは関わらないぞ。さ、仕事だ。

だから、俺は知らなかった。
あの女が興味深そうに俺の後ろ姿を見ていたことなんて───。





【END】
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