未来if編 Ⅰ




ある日、久しぶりに兄弟で集まることがあり、そこでライに尋ねられた。


「ハルク。おまえさ、ケーキ屋に通ってんだって」

「それ、誰に聞いたんだよ」

あそこだけは、誰にも教えたくねェ。特に兄弟達には。アリスに似た女がいるって、知ったら面倒だし。


「ダイヤ。あそこに行ってから、おまえが全然遊んでくれないって、こっちに文句言ってきたぜ」

「別に。たまたまあそこのケーキがうまかっただけ」

「ふーん。たまには遊んでやれば?アイツ、おまえがいいんだって」

「ライが相手にすりゃいいだろ…」

「おれ、他にも相手は沢山いるし。おまえが本命の女なんて、つまんねーもん」

あれからダイヤはおろか、他の女とすら遊ばなくなった。何人かから誘いが来ていたが、全部断った。中にはマンションにまで押しかけて来るヤツがいたから、面倒になりそこから引っ越した。
場所は、ケーキ屋に近いマンション。ここからなら、通いやすいし。

引っ越してからは、夜に行くようになった。夕方以降の方が空いているからだ。ケーキ以外の食事もあるし、意外に飯もうまいから、夜飯はいつもそこで食べていた。


「お客さん、本当に毎日ここに来てくれますよね。彼女さん、大丈夫ですか?」

「彼女?」

「最初、二人で来てましたよね?それ以外はずっとお客さんだけなので」

「アイツ、彼女じゃねェし。セフ…」

言いかけて、止めた。だが、ソイツの顔は明らかに嫌悪感があった。


「……。モテるんですね…」

「いや、そうじゃなくて!だから…」

「はーい。今行きます!」

他のお客に呼ばれて、行ってしまった。その後もオレの方に一切、来なくなった。いくら呼んでも、別の店員しか来ない。

……失敗した。あれは言うべきじゃなかった。

翌日の夜もアイツのいるケーキ屋に来た。すると、見覚えのあるヤツを見つけて、顔をしかめた。


「ハルク?」

「……げっ」

カルロと会っちまった。
嫁じゃない女を連れていたから、おそらく愛人の一人だろう。コイツもアリスがいなくなってから、更に派手に遊ぶようになったよな。
てか、何でここにいんだよ。カルロの家とは反対方向だろ。この女のマンションが近くなのか?


「お前がケーキ屋にいるなんて珍しいね。アリスが亡くなってから、まったく食べなくなったのに」

「たまたま食べたくなっただけ」

頼むから、出てくんなよ。今来たら、カルロにバレちまう。


「いらっしゃいませ!」

だが、厨房からアイツが出て来てしまった。当然、カルロも気づいた。


「……アリス?」

「え?」

カルロがアイツを見て、名前を呼ぶ。そしたら、アイツは少し戸惑った顔をしていた。


「私の名前はアリスですけど。ごめんなさい。お客様に見覚えがないんですが…。もしかして、以前、お店に来てましたか?」

アリス!?
名前も同じって、あり得ないだろ!


「ああ。今日が初めてなんだ。ごめんね。知り合いに似てたから、つい間違えちゃった」

「ふふ、そうなんですね」

ソイツは別のお客に呼ばれて、行ってしまった。すると、カルロがオレに言った。


「今の娘、“アリス”じゃないかな?」

「そんなわけねェだろ…」

「顔も声も同じ。更に名前まで一緒はないからね」

そんなの言われなくてもわかってる。でも、確証がねェ。


「アリスの実家、今は別のところに引っ越してるそうだよ。彼女のお墓も調べたけど、どこにもないってさ」

「え?それ、マジ!?」

「リク達が調べてたんだから、間違いないよ」

「だけど、オレの前にアリスの遺体が…」

「あー。あの遺体か。あの時は、気が動転してたから、アリスにしか見えなかったけど。今思うとさ、アリスに似せた何かだったかもしれないよね」

「え…」

あれは、アリスの遺体じゃない?そんなこと考えもしなかった。


「俺達が遺体を見たのは、あの時だけだよ。その後は見てないし。今は何でも上手く作れるからさ、アリスに似たように作って、血糊をつければ、アリスの遺体を偽装出来る」

「何のために…?」

「親父だろうな。特にお前にはアリスが死んでると思わせないと、追いかけるだろう?諦めさせるために仕掛けたんじゃないか?お墓がないってことは、アリスは生きてるよ」

アリスが生きてる…?嘘だろ。


“お坊っちゃま!”

閉ざされた未来に急に光が差したような気分だった。アリスとの未来があるかもしれねェ。
そしたら、オレは───


「今の女がアリスだって、言いたいのかよ…?」

「本人の可能性は、高いね。だから、お前も来てるんだろ?わざわざ引っ越してまで来るんだから。お前は、初恋を拗らせてるからな」

「うるせェ。ほら、女が待ってるぞ。さっさと行けば?」

「言われなくても行くよ。お前ももう時期、ヒワ嬢と結婚するんだろ?アリスが生きていたから……なんて考えるなよ?一緒にはなれないんだから」

「……」

そんなこと言われなくてもわかってる。オレに婚約者がいることぐらい…。一気に夢から現実を思い知らされた。

席について、メニューを見る。
昨日の一件から、アイツ──アリスはオレに話しかけてくれねェ。取り合えず、注文するために呼べば、来てはくれるけど。このままコイツに嫌われたくねェオレは、注文してからアリスに謝る。


「ごめん」

「え?」

「昨日は変なこと、言っちまって…」

「いえ、私の方もごめんなさい。お客様のプライベートは私には関係ないのに」

オレ達の間に気まずい空気が流れる。だから、アリスがここから離れてしまう前に聞いてみた。


「あんたさ、甘いもんは好き?」

「好きですけど…」

「パルフェホテルの食べ放題のチケットがあんだけどさ、今度の休み、一緒に行かねェ?」

「私、ですか?」

「あんた以外、誰がいんだよ」

「……ごめんなさい。そういうことはお断りしていますので」

やっぱり無理か。そうだよな。コイツからしたら、ナンパにしか見えねェよし。失敗した…。地味に凹むオレ。

と、そこへ第三者の声がした。


「アリス。たまには出かけて来たら?」

「ジェラ叔父さん!」

顔を上げると、ギャルソン姿の中年の男が現れた。誰だ。叔父さん??


「アリスはさ、毎日休みなく働いてばっかだから、これでも心配してたんだよ」

「だって、日曜日は毎週忙しいし…」

「大丈夫。今度の日曜日は、リン達に頼んであるから。アリスは気にせず、行って来ていいよ。君、お願いしてもいいかな?」

「あ、はい…」

「ということだから。アリス。日曜日は彼と出かけなさい」

「わかった…」

アリスは、オレに軽く頭を下げてから、注文を届けに厨房の方に向かう。その場に残った叔父と呼ばれた男がオレを見る。何だ?顔に何かついてんのか、オレ?


「君のことは、最近いつも来てるから、顔は知ってたんだよね。ま、ケーキよりがアリスがお目当てのようだけど」

「そんなんじゃ……ただ」

「ただ?」

「知り合いに似てるだけ…」

アリスかもしれねェから。まだ本当に本人なのか、わかんねェけど。


「そっか。こちらとしては、君のお陰で助かったよ」

「助かった?」

「あの娘はさ、自分を犠牲にしちゃうところがあるからね。強引に休ませないと、仕事ばっかりしちゃうんだ。日曜日はアリスのこと、よろしくね!」

確かにそういうところ、あったな。無理して、体調崩してたことも何度かあったし。

こうして、日曜日にアリスと一緒にホテルの食べ放題に行くことになった。



【to be continued…】
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