Smoky glass(ゲッカStory )

たった一度だけ、クロノの涙を見た──と、思う。


それは、オレを拾った日の夜だった。


“捨てて来い”
その言葉と彼女の悲鳴、激しく体を打ち付ける音……また悲鳴。
耳を塞ぐしか出来なかったオレ──

「ぜってー、イヤだ!」

その声は激しく動揺していて、切ないくらい震えていた。

次の日、クロノは笑顔で「大丈夫だ」と言った。
それは、オレを気遣っての言葉だったのではないかと今なら思える。
一生残るんじゃないかって傷も少なくはなかったはずだ。
それなのに──

「ん? どーかしたのか、ゲッカ」
「いや……」

震えているのは、いつだってオレで……
今でも護られて──
情けないよな、好きな女くらい護れないっていうのは……

「また怖い夢でも見たか?」

何の躊躇いもなくオレを抱き締める彼女。
鼓動が早まるのもオレだけなんだ。
クロノは、オレを犬としか見ていないのかもしれない。

「離してくれ」
「却下だ」
「離せ──」
「離せばまた、捨てられ犬に戻っちまうだろ」

心、見透かされたんじゃないかって思った。

「そ……れは……」
「なに今さら気ィ使ってるわけ?」
「使ってない、気なんか」

それでも思いだけは彼女に届かない。
オレが“犬”でなくなっても傍に置いてくれるのだろうか。
──だが、今のオレにはそんな勇気などありはしない。



Smoky glass-曇りガラス-END
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