Remnants
クリスマスが終わって、冬休みに入った。
色んな事がありすぎて一人になりたかったから……家族にも必要最低限しか顔を合わさなかった。
気付けば、大晦日になっていた。
何度か友達やママやパパも声を掛けてくれたけど、全部断った。
「……はぁ」
ため息と同時に乱暴に窓を叩く音が聞こえた。
「アリス! 大変だ! リクが──」
「リクが何──」
思わず窓を開ける。
「なん……で?」
ドキッとした。
ハルクが髪を黒く染め、眼鏡をかけていた。
まるで──
「リクじゃなくて悪かったな」
「何……してるの?」
いつもと違うハルクに戸惑っているのか、“リク”に期待して戸惑っているのか……自分でも分からない。
「お前が一緒にいたいのは、“リク”なんだろ?」
「だからって、こんな──」
「今日だけ、な。アリスも、今日までにしろよ」
「何が──」
「明日は、もう茸生やすなよ」
ハルクが茸を取って捨てる仕草をする。
「茸なんか生えてないから」
見えない茸を投げ付ける。
「らしくなってきたじゃねェか」
ハルク……
見れば、見るほど──
……ううん。
リクとハルクは別人なんだから。
でも、ハルクの眼鏡姿は新鮮。
「何、見とれてんだよ」
「……眼鏡。全然、似合ってない」
ムッとして、思わず思ってもないことを口にしてしまった。
「悪かったな、似合ってなくて。けど、今日だけはこの姿でいるって決めてっから我慢しろよ」
「……嘘、でしょ」
落ち着かない……
ハルクなのにハルクじゃないみたいだし、リクにも見られてるような気がするし……
「そんなに嫌なのかよ」
「私の中のリクが汚れる……」
「失礼すぎだっての」
溜め息一つ、ハルクは手を差し出してきた。
「ほら、行くぞ」
「え?」
「今日は朝から快晴。引きこもるなんて勿体ねェだろ」
ハルクに手を引かれ、自然と手を繋ぐ形になった。
「買い出しだ。勘違いすんなよ」
「してない!」
手が離れそうになると、ハルクの手に力がこもった。
“この手は絶対に離さねェからな”って言われてるみたい……
そんな事を考えていると、どんどん恥ずかしくなってきた。
勘違いだって分かってる。
もう、何もかもハルクのせいだよ……
「アリスじゃねーか」
名前を呼ばれて、ドキッとした。
顔を上げると──
「リゼル」
「って、隣にいるヤツ誰だよ」
リゼルの顔が段々と不機嫌になり、殺気を放っている。
「誰って、ハル──」
「初めまして。いつもアリスがお世話になってます。今はデート中なので、失礼しますね」
リクの口調でハルクは言った。
「えぇっ!?」
「んな──!!!」
ハルクは笑いを堪えながら、私の手を引いて行く。
「ちょっと! デートってどういう──」
「見たかよ、あいつの顔! すげェ面白かったな」
「何それ……呆れた」
「オレも男だろ? 負けられねェ戦いがあんだよ」
「はいはい」
「関係ねェって感じ?」
「当たり前でしょ」
「当たり前って何だよ──」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
ハルクに顎を持ち上げられ、目が合う。
私は直ぐに視線を逸らし──
「馬鹿にすんじゃねェよ。言ったよな、オレも男だって」
「し、知ってるってば! 離して!」
「嫌、だね」
「な──ッ」
ハルクを睨む。
けど、ハルクには全く通用しない。
目を逸らしたくても逸らせない──
ハルクに負けるのが悔しくて、悔しくて……悔しくて涙が出そうになった。
「ちょ、わ、悪かったって! 何も泣く事──」
「泣いてない! ハルクのバカ……」
「お前が悪いんだよ……オレを……男として……」
ハルクの声は次第に小さくなった。
「何よ……」
「あぁ、もう! 何でもねェよ! さっさと行こうぜ」
「そう言えば、何処に向かってるの?」
「言ってなかったか? 大晦日といえば滝だろ」
「滝!?」
ニヤリと笑ってハルクは言う。
「滝に打たれて、一年の色んなもんを叩き落とすんだよ」
想像しただけでも凍えそう……
そんなものに付き合うつもりは全くない。
「それこそ、リゼルと行けばよかったんじゃ──」
「何で野郎の水着なんか……よりによってリゼルなんだよ」
「ちょっと待って。水着? もしかして、そういうこと?」
「……ちげェよ。お前が……アリスが元気ねェから」
急にハルクの顔が真面目になった。
「…………心配してくれたんだ」
「カーテンの隙間から見える姿がが、あまりにも……な」
話してるうちに目的地らしき場所に着いた。
滝は……想像を遥かに越えていた。
──テレビでも見たことないよ、こんな滝……
「ありがとう。でも滝は遠慮する」
「はぁ? 何でだよ」
「やりたかったら一人でやってよ。見ててあげるから」
「見せもんじゃねェっての」
そう言いながらも、ハルクは服を脱ぎ捨て滝に飛び込む。
身体中、傷だらけ……
どれだけ助けられたんだろう。
どれだけ……守られたんだろう……
「何でお前が恥ずかしがってんだよ」
「違う。虚しくなっただけ」
「なら、やるか?」
「私、守られてばかりで──」
「オレは戦うだけ。そんで?」
「……こんなに傷だらけじゃない……」
「強くなった証拠じゃねェか」
ハルクは笑って言った。
「──っ……修行はどうしたのよ」
「寒いからやめだ、やめ」
絶対に嘘だ。
全然、寒そうに見えない。
きっと、私に気をつかってるんだと思う。
「……いい場所ねェの?」
「え?」
「付き合ってやるよ」
この滝は……口実だったんだ……
「静かな公園……かな」
「条件厳しいな、お前」
「そう、だよね……」
「とりあえず、ダメ元な」
いくつか公園をまわったけれど、どこも子供達で賑わっていた。
「次、行くか」
「もういい──」
言いかけた時、凄まじい殺気を放ちながらリゼルがやって来た。
彼の殺気で皆、逃げるように去っていった。
「やっと……見付けた。テメェ、アリスとどんな関係なんだ?」
「……いい事、思い付いた。下がってろよ、アリス」
ハルクは一瞬で、リゼルを気絶させた。
「ほらよ、静かな公園になったぜ?」
「えと……」
「少し待ってな。こいつ、置いてくっから」
さっきまで賑やかだった公園が一瞬で静かになった……
子供達には悪い事をしたけど、ホッとしてる自分がいる。
一人になりたかったのかな……
空を見上げると、夕焼け空が見え始めていた。
「折角来たのに、冷えてきたな」
「帰ろっか」
「行くぞ」
「え──」
「動けば温まるだろ」
公園の遊具をまじまじと見る。
小さな滑り台と砂場、それからブランコがあるだけ。
「本気にすんなよ」
「じゃあ、ブランコだけ乗ってこうかな。付き合ってくれるんでしょ?」
「……マジかよ」
不貞腐れながらも、ハルクはブランコに座ってくれた。
ブランコを思い切りこぐ。
ハルクも……
段々と交差しながら揺れ動く。
無我夢中で、こいでこいで……
「おま──!」
気付くとハルクの腕の中にいた。
「何やってんだよ!」
「え?」
どうやら、ブランコをこぎながら意識を失ったらしい。
「ったく、どんだけ心配させれば気が済むんだよ」
「……ごめん」
「……帰るか」
「うん……」
帰りは気まずいくらい、お互いに無言だった。
家のドアに手を伸ばした、その時──
「……姉さん」
「え──」
振り向いた瞬間、唇に柔らかいものが触れた──
「何、見とれてんだよ」
ハルクの声に我に返る。
「ハ……ルク? 今、何かした?」
「はぁ?」
──気のせい?
でも、確かに……気のせい──?
「ほら、風邪引くっての」
「あ、うん……ハルク、ありがとう」
ハルクは私に背を向けて、手を振った。
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