Pudding




ラセンが出て行った数日後の話──



「ハルク……あの、大丈夫?」
「大丈夫だけど」


いつもは絶対、並んで歩いて学校に向かうなんてあり得ない。

「アリス。朝から何なんだ?」
「失恋したでしょ。だから、気になっちゃって」
「あ──……」


俺って、ラセンにフラれたことになってんのか。
実際、付き合ってんのか疑問だったけど。
初めから、強引だったしな。


「だからね、今日だけでも励ましてあげようかなって」
「そんなんいらねェよ」
「遠慮しなくったって……今日くらいは」
「別に遠慮なんか──」


言い掛けて、ふと思った。
──アリスも失恋してる。
もしかしたら、アリスが慰めてほしいのかもしれない……と。


「歌って発散?……でも二人きりはちょっと……だよね」
「何をぶつぶつ言ってんだよ」
「よし! スイーツ行こう!」
「お、いいなそれ」
「決まり!」


甘いものは正直、得意じゃなかった。
けど、アリスの作るスイーツが美味くて好きになった。


「嘘……」

俺とアリス、店について二人で驚愕する。


「今日に限って休みなんて……」
「スイーツって言ったら、此処しかないだろ……」
「何が食べたかったの?」
「……プリンショート」
「私が作るよ。美味いかは保証しないけど」


……失恋から立ち直る為のスイーツなのに、作らせていいのか?
悩みに悩んで出した答えは──


「たまには俺が作ってやるよ」
「え……ハルク、作れるの?」
「ぜってェ、美味いって言わせてやるよ」


──とは、言ったものの。
遥か昔にリコリスから教わっただけの俺に作れるのか?
帰り道は、ひたすら埋まった記憶を掘りおこしていた。


「そんじゃ、俺は買い物して帰るから」
「ショッピングセンターで? スーパーじゃダメなの? まあ、どっちでもいいけど、私も付き合うよ」


アリスは流石に鋭かった。
スーパーよりも本屋へ駆け込みたかったが、失敗した。

ここはもう、一か八かにかけるしかない。


「小麦粉と卵と……」
「ちょっと、ハルク! それ温玉!」


何だソレは!……心の中では叫んだが、冷静を装う。


「もう煩せェな! 俺に巻かせとけっての」


こっそり、“温玉”を戻して別のを取った。
その後も、何度とアリスに突っ込まれながらも買い物を終えた。


「さて、と」


買ってきた材料と、にらめっこをする。



「ハルク……もしかして」
「うッ……すまん! 実は──」
「実験スイーツで私に毒味させる気でしょ!」
「は?……あ、あぁ。バレたら仕方ねェな」
「変なもの食べさせようとしないでよ」


そう言いながら、アリスは笑った。


「ねえ、私も一緒に作っていい?」
「……勝手にしろ」


気付くとアリスが主導権を握っていた。
見栄は張るもんじゃねェな……


「あとはオーブンで焼いてプリンを乗せて生クリームだね」
「……あぁ」


──どっと疲れがきた。
慣れない事はするもんじゃねェな。
指は切り傷だらけ、切った苺はガタガタ。
小麦粉や砂糖はばらまくし、制服は真っ白。

……そういや、アリスは何も言ってこないな。
あいつなりに気を使ってんのか……?


「焼けるまでにシャワー入ってきたら?」
「あぁ、そうする」


脱衣所に用意されてるのは、リクのものだった。
……そっか。
そもそも……一応の失恋中だから、些細なことでダメージ受けるんだな。
──納得。


「お、いい匂い」
「今、出来上がったとこだよ」


プリンケーキを受け取る。


「サンキュ──」


アリスと手が触れた。
ひんやり冷たい。


「紅茶でいいか?」
「うん、ありがとう」


紅茶とプリンケーキがテーブルに並んだ。


「変な感じ。ハルクと向かい合って食べるなんて」
「確かにな。一人のが落ち着──」
「たまにはいいね。こういうのも」


俺が強がりを言う前に、アリスが言った。


「そうだな……失恋も悪くないのかもな」


この言葉にアリスは吹き出して笑った。


「笑うとこじゃねェだろ!」
「だって……ふふふ」
「ふふふって、なぁ……っくく……ははっ」


つられて笑ってしまった。
思い返すと確かに笑えるな、俺。




END.
(2021.12.12)
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