深海(うみのそこ)のマンドーラ
しばらくしてマグロ君がもどってきた。
「アカネ……すまんマグ……」
「ううん……ありがとう」
「あのさ――」
「マグロ君、あたし……一人になりたい」
「でも……」
「一人にしてよ!」
思わず大きな声を出した……
マグロ君は逃げるように走って行った。
マグロ君の優しさは本当に嬉しかった。
あとでちゃんとあやまって、お礼を言おう……
無理だって分かっていたけど、一生懸命なマグロ君が嬉しかった。
心から嬉しかった──
あたしは目が痛くなっても泣き続けた。
泣いて、泣いて、泣いた──
たぶん、こんなに泣いたのは久しぶりだと思う。
「……もう、寝ようかな……」
あたしはマグロ君の家に戻った。
「ただいま──」
「ダメだんべ!」
ドアを開けると、マグロ君のパパの声が聞こえた。
「何かあったのかな……」
あたしは、少し近づいてみる。
「どうしてマグ!」
「……人間はここで暮らせんべ」
「そら見た目マグ?」
「そうじゃねぇ。アカネの事を思ってだんべ!」
あたし……?
何の話をしてるんだろう……
耳を壁にくっつける。
「わ……っ!」
ドサドサ──
あたしごと壁は崩れてしまった。
ワラみたいなもので出来た家だって忘れてた……
「アカネ……き、聞いてたマグ?」
「き、聞いてない!……今、戻って──」
「話を続けんべ」
ドキンとした……
「待ってよ、父ちゃん!アカネが……」
「あたしが……なに?」
「これはアカネにも話さないかんべ」
「でも……」
マグロ君を無視して、マグロ君のパパはあたしを見た。
「マグロに父ちゃんがいるように、アカネにもいんべ?」
「え?」
「いんべ?」
マグロ君のパパはもう一度、言った。
「……うん……」
何でだろう……
優しいはずのマグロ君のパパが急にこわくなった。
「なら、帰らなあかん……」
「イヤ!」
「本当は気付いてんべ」
「なに……に?」
声が震えちゃう……
「水草は不味いんべ」
「そ、そんなことない……」
「じゃあ何で腹いっぱい食べんべ!」
「そ、それは……」
あたしは俯いた。
まともにマグロ君のパパの顔が見れないよ……
「それに水の中で息が出来んべ」
「……それは……あたしが人間だから?」
あたしは言ってから口を押さえる。
言ってはいけないことだったんじゃないかって……
「アカネの居るべきは場所は此処じゃねぇんだべ!」
「もう一人はイヤだよ!」
私は耳をふさいで目をつむった。
「今は一人と思ってるかもしんね。だけんな、アカネは逃げてるべ!」
「に……逃げてる?」
「んだ。フナッコにも人間にも立ち向かわねぇとなんねぇ時があんだべ」
「やだ……聞きたくない──」
「一人でだべぇ!」
「…………一人で……?」
「とーちゃんは、あかねを一人にする気マグ?」
「……一人はヤダよ……」
パァン──
あたしとマグロ君は、叩かれた。
「……痛い……」
でも、それは水かきがある手で叩かれたからじゃないと思う……
……きっとマグロ君の言ってた“優しさのこもった拳”……
「父ちゃん、何するマグ!」
「あかねは一人なんかじゃねぇべ」
「え……?」
マグロ君と声が重なる。
マグロ君のパパが、あたしとマグロ君の頭をくしゃくしゃした。
「二人はダチだべ?」
「そうだよ……。だから、そばにいなきゃ意味がないんだよ!」
「たとえ離れてたってダチは傍にいんだ」
「……そばに……いる?」
「おうよ、心で繋がってんだべ!」
あたしは、マグロ君を見た。
マグロ君は目を瞑って、胸に手を当てている。
あたし……
学校にも行かなくなって……友達がいたことも忘れてたのかもしれない……
「あの、あたし……」
「長く居すぎたら余計に帰れなくなっちまうべ!」
マグロ君のパパは優しく、あたしを抱き締めてくれた。
「帰るんべ」
あたしは小さく頷いた。
すると、マグロ君のパパはあたしに背を向けた。
「マグロ」
「でも、父ちゃん。それは──」
マグロ君のパパは、マグロ君にナイショ話をし始めた。
「まだまだ、マグロは半人前だんべがな」
「う、うるさいマグ!」
マグロ君とマグロ君のパパはいいな……。
スゴく、うらやましい……
「じゃあ、アカネ。明日マグ」
“明日”
明日でお別れなんだ……
突然すぎるお別れにとまどう……
でも、マグロ君は何をするつもりなんだろう……
「はあ……」
あたしは不安を抱えたまま眠りにつく──
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