深海(うみのそこ)のマンドーラ
あたしは家を出てマンドーラ湖のほとりに座った。
そして“正”と言う字の一画目を書いた。
「…………ママのご飯が食べたい……」
そう思うようになってから3日が過ぎた。
“正”という字は三角目まで書いた。
お腹がすいてると眠れない。
でも、慣れっこ……
痛いことがないだけマシだと思わないと──
「アカネー!ご飯マグ!」
「今は食べたくない……」
「今朝もマグ。どっか痛いマグ?」
「何でもないよ……私は平気だから」
「じゃあ、オイラ食べてくるマグ……」
「うん」
笑ってマグロ君に手を振った。
マグロ君が見えなくなると、自然に溜め息が出た。
「……ご飯もなければ、朝も夜もない……」
明るくても「おはよう」と「おやすみ」をいう……
ごはんも、おみそ汁もなくって……
「誕生日なのにケーキもない……」
7月23日──
今日は、あたしの誕生日。
誕生日の夜はいつも、ケーキとシチューがあって……
プレートに『誕生日おめでとう あかね』って書いてあって……
ママが……ハッピーバースデーって誕生日の歌をうたってくれた。
パパがいた時は三人で、ケーキを食べたっけ……
なかなか消えないロウソクの火……
ママがごちそうを作ったのにパパの帰りが遅くて、二人で怒ったりした。
「……ママ……」
楽しかったことは、どんなに小さくなっても消えてなかった……
だから余計に痛いんだよね──?
涙がポタポタと、あたしのホッペタをぬらした。
「アカネ、どっか痛むマグ?」
「……大丈夫」
言葉はいくらでもウソをつけるけど、涙は止まらない……
「アカネ?」
「誕生日……今日はあたしの誕生日なの……」
「誕生日マグ?」
「あたしが……生まれた日」
「卵が割れた日マグか」
「それで、ママが……ママが………あかねの好きなものをね……買ってくれて……お祝いしてくれる……」
「お祝いマグ?オイラがお祝いしてあげるマグ」
そう言って、マグロ君はあたしの手をとって踊り始めた。
「マーグ、アカネが卵を割ってマンドーラ♪卵の外はマンドーラ──」
マンドーラのお祝いの歌。
マグロ君は大きな声で歌ってくれた。
「これでいいマグ?」
「そんなのじゃイヤだよ……」
嬉しい……嬉しいけど、ママがいい──
「それに、プレゼントがないもん……」
マグロ君を困らせるって分かっていたのに、言っちゃった。
「……あたし、ママのシチュー食べたい……」
「父ちゃんに言ってみるマグ!“ママのシチュー食べたいな”を今から作ってもらうマグ!」
「ええっ!?む、無理だよ」
「行ってくるマグ~」
「…………行っちゃった」
.