深海(うみのそこ)のマンドーラ




「やっぱり珍しい貝マグ」


そう言ってマグロ君が、さくらんぼの飾りの付いたゴムに触ろうとした。


「ダメ!……これに触らないで!」
「ちょっくら触るくらいいいマグ」


マグロ君は更に手を伸ばす。


「ダメなもんはダメなの!!」


あたしは立ち上がって言った。


「そ、そんなに怒鳴らなくてもいいマグ……」


マグロ君は固まって言った。


「ごめん……だけど、これは──」


“髪の毛が伸びたね”ってパパが買ってくれて、ママが初めてポニーテールに結んでくれたゴム……

だからね──


「あたしの……宝物なの……」
「宝物……マグ?」


マグロ君は不思議そうに首を傾げた。
宝物が分からないのかな……


「宝物はね自分が大事に、大切にしてるものだよ」
「大切にしてる……マグ?」


マグロ君は真剣に考えるも、首を傾げていた。


「今はなくても、きっと見つかるよ」
「マグ」


マグロ君が笑って頷いた。


「オイラ、アカネと同じのがいいマグ」


マグロ君の言葉には驚いたけど、嬉しかった。

宝物って言えた自分が嬉しかった。


「それは無理だよ」
「どうしてマグ?」
「これ……あたしのだもん」


あたしは少しだけ、自慢げに言った。


「うぉ~い、マグロ~!」


どこからともなく声が聞こえてきた。


「父ちゃんマグ!」
「マグロ君の?」
「マグ!」


マグロ君は大きく頷いた。
あたしはキョロキョロと辺りを見回す。

うわわ~……
何だかドキドキするよ……


「父ちゃん、マグえり」
「おうよぅ!」


と、イキナリ目の前で水が盛り上がる。


「きゃあっ!」


そして、水しぶきが上がった。

目を開けると目の前に明らかにマグロ君のパパらしき人がマンドーラ湖から顔を出していた。


横幅三センチ位の眉毛。
目と前髪以外は、やっぱり銀色がかった灰色のゴムスーツのような格好で手には水かき・しっぽもある。
マグロ君と違うのは、頭の後ろと両耳の所に白がかった透明のエラが付いてるくらい。


「アカネ、オイラの父ちゃんマグ」
「カツオいうんべ」


マグロ君のパパはそう言って、あたしにウインクした。


「は、はじめまして……」
「堅苦しいんは無しだんべ」


マグロ君のパパは、あたしの頭を優しく撫でてくれた。
あたしのパパもよく同じように撫でてくれたっけ……


「マグロ。もうすぐ夕飯だんべ」
「腹へったマグ」


もう、そんな時間なんだ……
でも、まだ明るい……。

あたしは空を見てビックリした。
水の輝きが穴を照らしてる……

そっか。
ここ、マンドーラに夜はないんだ……

でも夜は来なくてもいいと思った。
夜は怖かったから……
パパがあたしを殴るのは、決まって夜だった……

あたしは“ここにはパパはいないんだ”って自分に言い聞かせながら首を横に振った。


「どうしたマグ?」
「……いないんだ!」


あたしの声に驚いてマグロ君は固まった。


「あ、ごめんなさい……」


ぐぅ~
ホッとしたら、お腹が鳴った。

あたしは慌ててお腹を手で押さえた。


「あ、あははは……」


そして、笑ってごまかした。

するとマグロ君とマグロ君のパパは、吹き出して笑った。
あたしも、つられて笑う。

なんだか、あたたかくて懐かしいなあ……


「そうマグ!アカネも食べに来るといいマグ」
「え?……いいの?」

「なら、張り切んべぇ!」


そう言うとマグロ君のパパは腕をコキコキ鳴らして、湖の中に消えた。


「な、何を張りきるんだろう……」


あたし、もしかして食べられちゃう?

そんな事を考えているとマグロ君が“大丈夫”って肩をポンポン叩く。

確かにマグロ君のパパは怖い人には見えなかった。


「行くマグ」


マグロ君があたしの手を握る。

そして水辺を一緒に歩いていく。

きっと、あたしのために歩いてくれてるんだよね──?



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