深海(うみのそこ)のマンドーラ
ちゃぷん──
あたしとマグロ君はマンドーラ湖に足を入れた。
少し温かめで丁度いいくらいだった。
ただ、あたしは足をあまり見せたくなかった。
擦り傷、切り傷、アザ、バンソコーだらけ……
自分で見るのもイヤなくらいだもん……
「すまんマグ。オイラ、水がないと……」
「だいじょーぶだよ」
水が痛みを和らげてくれているような気がした。
「気持ちいいね」
「マグ」
「……天国みたい……」
あたしは寝転んで上を見上げた。
空は黒い大穴が見えるだけ……
だけど、ここならパパはいない。
少しホッとする。
でも、ママもいない──
「それ、痛いマグ?」
「……え?」
マグロ君に言われてハッとする。
左肩のバンソコーが剥がれかけていた。
あたしの傷やアザは足だけじゃない……
「誰かにやられたマグ?」
あたしは小さく首を横に振る。
「ダチにやられたマグ?」
「……違う……」
「父ちゃんマグ?」
「…………ち……が……」
“隠さなきゃ……”
そう思ったのに声にならない……
怖くて……声が震える。
「母ちゃんマグ?」
「違う……」
ママじゃない……
アレはママじゃない……
「あんなのはママじゃない!!」
言ってからハッとした。
「……ア……カネ?」
マグロ君は固まって震えていた。
「……ごめんなさい……」
「ヒドい母ちゃんマグ……」
ドキン……とした。
「違う……。コレは、あたしが悪い子だから……」
ポロポロと涙が止まらない……
あたし、本当に悪い子だ……
「ママは……ママはね、優しいんだよ」
パパとは違う……
そう思いたいのに……
胸が苦しいよ……
「優しさのこもった拳なら痕は残らんマグ」
「だから、ママは──」
「悪いやつマグ。それに……」
ヤダ……
やめてよ……
お願いだから、ママを悪く言わないで──
「どうして泣いてるマグ?」
「え…?」
あたしは声を押し殺して泣いた。
そんなことしなくてもいいのに……
「やっぱり、痛いマグ……?」
「ううん……もう痛くない……」
嘘じゃないよ……
痛いのは──
「ギョ!……胸が痛いマグ?」
「大丈夫……」
痛くなんかないはずなのに……
ズキズキする……
目を閉じるとママはいつでもいてくれる。
だけど……
大好きだったママが消えちゃいそうで……
痛いことばかりするママばかり出てくるの……
それが怖くて……痛い……
「アカネ?」
「…………何でもない……」
あたしは涙を拭って、さくらんぼの付いたゴムで髪の毛をポニーテールに結んだ。
「ほら、だいじょーぶだよ」
マグロ君に笑って見せる。
そうしたら、マグロ君も笑ってくれた。
.