深海(うみのそこ)のマンドーラ

ポチャン──

水の音がする……。
あたし、死んじゃったんだっけ……
体のあちこちも痛いし……

あれ?
痛い……?


「おい人間、起きるマグ!」
「んー……」


体を揺さぶられて、あたしは目をあけた。

すると……
マロ眉毛で目はパッチリ。
前髪以外は銀色がかった薄い灰色のゴムスーツのような格好で、手には水かき。しっぽも付いてる。

一言で言うと“魚のスーツに身を包んだ男の子”。
だけど、生ぐさくない。


「大丈夫マグ?」


あたしの顔を魚の男の子が覗き込んでいる。


「あ、うん。大丈夫──」
「それにしても、変わった貝マグ」


魚の男の子は、あたしの腕に付いているゴムを珍しそうに見つめていた。

ゴムについている、さくらんぼの飾りが珍しいのかなあ。

あたしから見ると、魚の男の子の方が珍しい──


「うわあ!魚!!」
「ギョギョ!」


あたしは思わず後ずさった。
すると、男の子も後ずさった。


「……なんだ、魚かぁ~」


一瞬だけビックリしたけど、魚さんって分かったから怖くない!


「違うマグ。フナッコ族マグ!」


魚の男の子が言った。


「フナッコ族?」
「ギョ!知らないマグ!?」


魚の男の子は大げさなくらい両手を振り上げて驚いた。


「うん、知らない」
「ここ、マンドーラに住む魚マグ」
「マンドーラ?」


あたしはイヅ湖か天国か地獄にいるはず……
だから、マンドーラなんて知らないし聞いたこともないよ。


「オイラも詳しくは知らないマグ。けど……」


魚の男の子は上を指差した。

上を見て、あたしはハッとした。
イヅ湖にあった大きな穴がそこにあったから……。


「ソレがマンドーラの“入り口”マグ」


あたしは、その言葉で嬉しくなった。
魚たちの楽園は、やっぱりあったんだ。


「上に何があるかは分かんないマグ」
「……上の世界は──」
「きっと、温かいマグ!優しさに満ち溢れていて、幸せいっぱいマグ!!」


魚の男の子は目を輝かせて言った。

“違うよ”
そう言いたかったけど、言えなかった。

あたし、温かさと優しさを知ってるから……


「今も温かいといいな……」
「マグ?」
「ううん、なんでもない」


魚の男の子は不思議そうに、あたしを見た。

あたしは、ぷっと吹き出してしまった。

今が、今までが嘘みたいで……
見たことない男の子と話てる、あたしがいるんだもん。


「どうしたマグ?」
「フナッコ族は、すごいなぁって」
「すごいマグ?」
「フナッコ族は歩けるし、話せるんだもん」
「マグ!」


魚の男の子は、“エッヘン”というように胸元を叩いた。

あたしは、つい笑ってしまう。


「あははっ!フナッコ、面白い!!」


笑ったのも、久しぶりだった。


「フナッコじゃないマグ」


魚の男の子が口を尖らせて言った。


「じゃあ名前、教えてよ」
「マグロ。……マンドーラ・マグロ!」


そう言ってマグロ君は、あたしに手を差し出した。

変わった名前だなって思ったけど、マグロ君の瞳には……
ちゃんと、あたしが映ってた。
それがすごく嬉しい……


「……あたし、あかね」


あたしはマグロ君の手を握る。

マグロ君の手はツルツルしていたけど、温かかった。

その温かさがまた、嬉しくて強く握り直した。




「…………マグ……マグぅぅ~……」
「マグロ君!?」


ばたむ――

マグロ君がふらふらと倒れた。



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