雅宗

「香月 空と一緒にいて、楽しい?」


香月 空……
私の主、ルイ様の偽名。
それは彼と私だけの秘密。

彼に仕えるのは生まれた時から決まっていた。
それを疑った事は一度だって無い。





〈In the other side of the wall〉





「ねえ、答えて」
「……何とも思わない」


彼女は唯一、私を恐れない。


「私には楽しそうには見えない」
「……そうか」


それもそうだろう。
学校など興味もない。
ルイ様を守る為だけに来ているようなもの。
年齢もそう、顔も心も偽ってまでも。


「いっつも香月にくっついて。むさ苦しいって皆が言ってる」
「……お前もその一人か?」
「私は思ってない」


彼女は真っ直ぐに私を見つめて言った。


「ただ……」
「……何だ」
「たまには別々に行動しても――」
「それは……出来ない。……ルイ様には私がいなければ……」


彼の悲しみ・怒り・恐怖を思い出す──

“マーサ、助けて……”

ルイ様が差し伸べた手を掴む。
小さな体が見せた、安堵の表情・涙・縋る腕──

私が断ち切れば、彼は……また孤独となり人を恨むであろう。
もう十分、ルイ様は傷付いた。
これ以上の悲しみを与えてはいけない……
恨まれるのは、傷付くのは私だけで十分。


「ルイ?」
「聞かなかった事にしてくれ」
「香月と関係があるの?」
「……無い」


一瞬の動揺、彼女に悟られなかっただろうか。
どうも彼女といると調子が狂ってしまう──


「あなたが心配なの……香月といる事で体に傷が増えていくから……」


その言葉に思わず、肩の傷口を押さえる。


「やっぱり、香月と何か関係が──」
「違う」


ルイ様ではない。
彼の中に居座る“悪魔”の──

思い出した瞬間、体中が恐怖に震える。
駄目だ、私が守らなくては──……


「雅宗」
「なッ──」


彼女の腕が私を包み込んだ瞬間、恐怖が別の“何か”へ変わった──

服の露出部分、触れ合う素肌が原因──!?


「離れろ……ッ」


力一杯に彼女を突き放す。
彼女は壁に背中を打ち、項垂れる。

罪悪感は感じなかった。
いや、罪悪感以上のものを感じたからかも知れない……

“これ以上、近くにいてはいけない。
私自身の何かが変わってしまう──”

……直感だった。


「私にもルイ……空にも構うな」


そう言って、彼女に背を向ける。
心拍数の高鳴りは止むどころか激しくなる。

初めて味わった、女の肌の感触が私の中の“何か”を犯していく──





In the other side of the wallーその壁の向こうにー



....END....
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