岩瀬 執

彼女は昔から一番、近くにいる存在だった。

“幼なじみ”
から
主人と支えるもの……執事に変わった、だけ。




〈Chain which does not know rust undermines me and
him──〉





「お嬢様! 何をやっているんですか!」
「何って、自分の食器を片付けようと……」
「僕がやりますから、お嬢様は座っていて下さい」
「執。これくらい自分で──」
「いいえ……僕の父亡き今、僕の仕事なんです」
「いつまでも子供じゃない。今はもう自分で出来るから」


自分で出来るなんて言わないで下さい。
僕の仕事がなくなってしまったら……傍にいることすら出来なくなってしまう。


「執こそ、たまには座っててよ」


お嬢様が言った直後だった。


パリン──
彼女の手からお皿が滑り落ちた。


「……痛──」
「お嬢様!」


飛び散った硝子の破片がお嬢様の足を傷付けた。


「何をやっているんですか!!」


無意識に声を荒げていた。


「何よ……そんなに大きな声出さなくても──」
「座って下さい。応急処置します」
「きゃ──」


お嬢様の足を流れる血を丁寧に舐めとる。


「執……?」
「申し訳ありませんでした。しかし、お嬢様の大切な服に──」
「そのお嬢様っていうの、やめて」
「無理です」
「敬語もやめて」
「無理です」


やめれるものなら、やめたい。
執事も辞めたい──
一人の男として彼女の傍にいたい──
それは許されない──


「私の命令でも?」
「はい、お嬢様の命令でもです」
「……せめて理由、聞かせて」


同じ目線に立ったら、封印した気持ちの扉が開いてしまう……
再び、あなたに好意を抱いてしまう……


「……今も昔も僕の居場所は変わらない。ただ、それだけのことです」


僕はあなたに好意を抱いてはいけないんです──



Chain which does not know rust undermines me and himー錆を知らない鎖は私と彼を蝕む── 


....END....
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