Ishikusuhana
放課後。
帰ろうと廊下を歩いていたら、リゼルの叫び声が聞こえた。声は保健室からだった。
「リゼル?何かあっ…」
ドアを開けて、中を見る。すると、リゼルが一番奥にあるベッドで押し倒されていた。しかも、相手は男の子である。大事なことだから、もう一度言います。
リゼルが半裸の男の子に押し倒されてました。
「アリス…」
「ごめん。お邪魔、だったかな…?」
「違ぇし!違ぇから!勝手にコイツが…」
「リゼルも喜んでたじゃん!」
「誰が男に押し倒されて喜ぶかよ!」
すると、リゼルを押し倒していた男の子は、苦虫を潰したような顔で呟く。
「んー、君はタイプなんだけどさ、何か今日は気分じゃないんだよなー」
「なら、さっさとどけよ!」
「痛て」
リゼルに叩かれ、男の子が小さく声を上げる。ベッドから渋々起き上がると、ドアの方にいる私をジッと見てきた。
な、何だろう?私の顔に何かついてるのかな…。目もそらさずにいると、男の子がニッと笑い出す。
「わかっちゃった。今日は女の子がいいんだ!」
「えっ…」
すばやくベッドから離れると、真っ直ぐに私のいる方に向かってくる。そして、目の前に立つ。
「ねぇ、君がおれの相手してよ?」
「嫌、です。私は……っ!」
その人に手を掴まれた瞬間、ぞわっと鳥肌が立った。嫌だ。触らないで。
「小さい手、可愛い」
「離してください!」
手を触られたと思ったら、今度はいきなり抱きしめられた。私はひっ…と悲鳴を上げる。だが、男の子は気にすることなく、抱きしめてくる。
「やっぱり女の子っていいよね。柔らかいし、イイ匂いする…」
「やだ!離して!」
「何で?二人で楽しいことシようよ」
「いや!わ、私…は」
怖い。この人、おかしい!話が通じないし。怖くて、震えが止まらない。
「アリスを離せ!バカ!!」
「リゼル、うるさい。おれはこの子を口説いてんの。邪魔しないでくんない?てか、アリスかー。名前も可愛いね」
「…っ!」
男の子の顔がゆっくりと近づいてくる。私は手を掴まれているため、逃げられない。力が強くて、私の力ではどうにもならない。抵抗出来ることは顔をそらすことだけ。
目をつぶって、私は祈る。誰か!!
「口説いてる?ソイツが嫌がってんのが見てわかんねェのかよ」
「っ!」
そんな声がしたと同時に引き寄せられて、目の前にいた男の子が薬品がしまってある棚にぶつかり、倒れ込んだ。幸い、薬品は落ちてくることはなかったが、すごい音がした。
「痛って~」
男の子が痛がりながら、床から起き上がる。どうやらハルクが男の子を蹴り飛ばしたらしい。
「アリス。大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう…」
良かった。
ハルクが助けてくれなかったら、今頃、あの男の子に…。その想像にゾッとした。
私から離れたハルクは、ベッドから落ちたリゼルを見て、呆れていた。
「お前もいんなら、何やってんだよ。この暴走野郎を止めろよな。…ったく」
「止めようとしたんだよ!そしたら、足、滑らしちまって…」
「鈍くさっ」
「うるせー!」
以前に比べたら、マシになった方だよね。あの二人。
「君もいい!」
「うわっ!なんだ、コイツ…」
蹴られたことを忘れて、男の子はハルクに近づく。
「おれ、君が相手ならMになるよ。今まではSの方が好きだったけどさ、君のお陰で新しい扉が開いちゃった!」
「気持ち悪い。オレ、男はお断りだっつーの!」
「試してみたら、変わるよ?今度はおれが教えてあげるからさ」
「いらねェし。オレは女しか興味ねェんだよ!」
すると、保健室のドアが開く。そこから顔を出したのは───
「今、すごい音しましたけど、一体、何の騒ぎです?」
「カルロ先生…」
やっぱり響いてたんだ。それはそうか。大分、大きい音だったし。蹴られた男の子はピンピンしてるけど。やっぱりおかしいと、体も何も感じないのかな?
「おや。皆さん、お揃いで。もしかして、またそこにいる“彼”が問題でも起こしましたか?」
「え…」
カルロ先生の言う“彼”とは、明らかにあの男の子を指していた。
「カルロじゃん。見逃してよー。おれ、そこの二人とヤりたい」
「二人??」
「そ。二人」
男の子の視線は、私とハルクに向いていた。それを見た先生はため息をつく。
「はあ。これで何度目ですか?」
「え?何度目??」
「前にも彼、数人の生徒を襲っているんです。男女関係なく。全部未遂でしたが。本当に懲りないですね…」
常習なの、この子!?本当にやれるなら、誰でもいいの?全然、反省もしてないし…。またやるよ。停学になってもおかしくないのでは?
「じゃあ、カルロが相手してよ!それで今日は我慢すっから」
「嫌です。お断りします。僕もハルクくんと同じで相手するなら女性の方がいいです」
「ちぇっ…」
男の子はカルロ先生に断られて、拗ねてしまったようだ。ああ見ると、さっきみたいな怖さは全然ないんだけど。
「あなたでしたら、相手をお願いしてもいいですね…」
「…はい?」
カルロ先生が何故か私にそう言ってくる。私が相手!?そう言われて、顔が真っ赤になった。
すると、ハルクが私とカルロ先生の間に入ってきて、私をカルロ先生に見せないように隠す。
「おい、そこの淫行教育実習生」
「……冗談ですよ。流石に実習中に教え子に手なんか出しませんから。そこまで女性に困ってもいませんし」
今、サラッとすごいこと言わなかった?
確かにカルロ先生なら、女の人は寄って来そうだよね。色気あるし。
「困ってないなら、アリスに構うなよ」
「君はまるで彼女のナイトですね。しかし、その点だったら、君も僕と同様ですよね?彼女でなくても問題ない。君の外見ならば、ね」
「うるせェな。てめぇに関係ねェだろ」
「余計なお世話が過ぎましたね。今回は引きましょう。ま、彼女が卒業したなら、話は別ですが」
「は?」
「えっ…」
それも冗談ですよね?
でも、カルロ先生、顔は笑ってるけど、目が笑ってないんだけど。
「アイツを見んな。ほら、行くぞ」
「ハルク…」
ハルクに手を引かれ、保健室を出る。一度、振り返ろうとしたら、後ろにはいつの間にかリゼルがいて、「振り返んな。前見てろ」と注意された。
カルロ先生は静かに笑っているだけ。
それから学園を出た私はハルク、リゼルと共に下校していた。
「本当にアイツ、油断ならねェ…」
「それって、カルロ先生のこと?」
「アイツ以外、誰がいんだよ。アリス。なるべくアイツに近づくなよ…」
「うん…」
カルロ先生にはあの男の子ほど、警戒することはないと思うけれど。ハルクはそう思わないらしい。
「そう言っても、アイツ、上手く自分の立場を利用して近づいて来そうだけどな」
「知恵は回りそうなんだよな…」
ハルクとリゼルがそんな話をしながら歩く。少し前までは感じられなかった二人の様子に、私は黙って見つめることしか出来ずにいた。
【END】
(2022.02.12)
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