Pachira
「ユッカ!行くぞー!」
「いつでもどうぞ?センパイ」
放課後。
アリスが珍しく第二体育館でバスケしていた。2人でやるから1on1か。相手は中学の時、在籍してたバスケ部の後輩らしい。いや、どう見ても後輩の方が背が高いし、先輩に見えんだけど。それに比べると、アリスは小さい上に幼い。
てか、後輩と勝負して、勝てんのか?アイツは…。
そんなあたしの思いとは裏腹にアリスは、ドリブルしながら、ボールを取られないようにガードして、どう動くか考えていた。が、ちょっとした後輩の隙をつき、攻めに出る。後輩も慌てて、アリスの邪魔をしようとしたが、その前にアリスがシュートを決めていた。
アイツ、意外に上手かったんだな。運動神経は良かったのは知ってたし、スポーツやってるだろうと思っていたが、バスケ部だったのは予想外。
その後もアリスは何本もシュートを決めていた。もちろん後輩の方も負けてはいなかったが、焦っているのかシュートしてもなかなかゴールに入らない。
「ほら、やっぱりそうだよ!」
「本当だ!」
アリス達の勝負を見ていたら、女子達が数人集まっていた。上履きの色からして、一年。あの後輩のファンか?モテそうな顔してるし。
「ゆんとアリス先輩じゃん。最初から見たかったなー!」
「アリス先輩、高校ではバスケ部入ってないって言ってたしね」
「うん。また試合してる姿、見たかったのにー」
アリスがバスケ部だって知ってるってことは、同じ中学の後輩か?
その時、勝負はあったのか、後輩が叫ぶ。
「ちくしょう!負けたー!」
「ふふふ。今回はおれの勝ち!」
2人共、ずっと動いていたから、汗を沢山かいていた。後輩の方はタオルを用意していたのか、それで拭いていたが、アリスは着ていたTシャツで汗を拭っていた。それを見て、タオルを持ってないで勝負やってたのかよ、あのバカは。
ちょっと呆れながらも、あたしは鞄の中にあったタオルを取り出すと、ゴール下で座り込んでいるアリスに近づく。
「ほら」
アリスの頭にタオルをかける。振り返り、あたしだとわかると、「ありがとう、ハルク」と笑いながら受け取る。アリスはそのタオルを使って、汗を拭い始めた。すると、後輩がこちらを見ていた。
「……何?」
「アリスセンパイの傍にすげーキレイな女のセンパイがいるって、聞いてたんスけど、マジだったんですね。都市伝説か何かだと思ってました!」
「なんだ、それ…」
「ハルクセンパイ、ですよね?一年の間でもセンパイ、人気あるんですよ」
そう言われてもな…。一年に知り合いなんていねぇから、話したこともないし。それがどうなったら、人気になるんだ?こっちの世界はやたら容姿にばかり注目すんだよな。
「ユッカ。外見に惑わされちゃダメだよ!ハルクはすぐに手が出るから……って、痛い!」
「あ、悪い。つい手が出たわ…」
後輩にまで余計なこと言い出すから、ついアリスの耳を引っ張った。
「絶対にわざとじゃん!暴力女!」
「は?これくらい大したことねぇだろ」
「ハルクは女の子でもバカ力なんだから、もっと自覚を…痛ててて!」
「バカ力?へぇー、これくらい男なら耐えてみろ」
「痛いものは痛いから!あと容赦がなさすぎる!」
あたしが耳を引っ張ったり、頬をつねったりする度にアリスがぎゃあぎゃあ痛がる。そんなに力入れてないぞ。弱すぎなのはお前だろ。
「センパイ達、本当に付き合ってないんスか?」
「「ない!」」
「息ピッタリっスよ」
確かに今のは本当にタイミングが同じだったな…。
「最初アリスセンパイにそんな人いるなんて聞いた時はすごい驚いたんですよ?話してると、リクの話しかしなかったセンパイが…」
「お前のシスコンは後輩にまで有名なんだな…」
「おれ、そこまで色んなやつに話してないよ!ユッカがリクのクラスメイトだったから、つい…」
あー、なるほど。兄妹でも教室での様子はわからないしな。クラスメイトなら…。
「リクと兄妹って聞いた時も信じられませんでしたよ?だって、アリスセンパイですよ?」
「なんだよ!そのアリスセンパイですよって…。失礼な!!」
「だって、センパイの成績って良くもなければ、悪くもないど真ん中でしょ?リクの成績は毎回トップなのに。運動だって、アリスセンパイは抜群でもリクは苦手だし。顔は…言わなくてもわかりますよね?成績と同じだから(笑)」
「本当に失礼な後輩だ!」
色々言われて怒ってはいるが、この後輩のことは可愛がってるのだろう。後輩の方もアリスをからかってはいるが、慕ってはいるのだろう。普通の先輩後輩に比べたら、仲は良さそうだ。
ふと体育館にある時計を見ると、16時を少し回っていた。あたしは座っているアリスの腕を引っ張り、立ち上がらせようとする。
「アリス。スーパーに買い物行くから、速攻で支度しろ」
「えー」
「ほら、早くしないとタイムセールに間に合わなくなる!」
「…わかったよー!ユッカ、誘ってくれてありがとう。またやろうな」
「ええ。センパイがここのバスケ部入ってくれたら、もっと良かったんですけどね。そのうちにまたやりましょう。次は勝ちますから!」
「おう。受けて立ってやる。じゃあな!」
アリスは立ち上がると後輩に手を振り、後輩の方もアリスに手を振って見送る。
腕を離し、体育館の隅っこに置いていた鞄とその上に置いてたYシャツとジャケットを掴んだアリスがこっちに戻って来る。
「お待たせ」
「よし、行くぞ」
体育館を出て、学校を後にし、スーパーに向かいながらアリスと話す。
「お前さ、高校ではバスケ部には入らなかったんだな…」
「うん。ここのバスケ部は強いらしいね。それでユッカも選んだみたいだよ。でも、おれは気楽にやる方が好きだから」
「ふーん…」
アリスの動きをずっと見てたけど、気楽にやるって感じじゃなかった。絶対スカウトや推薦とかもあっただろうに。
それに体育館にいた時、アリス達を見てた女子達がいたんだよな。後輩が多かったから、てっきりあの後輩くんを見てたのかとも思ってたけど、どっちかっていうとアリスの方を見てたんだよな…。シュートが入る度に騒いでたから。
コイツは熱中していたからか、全然気づいてなかったみたいだけど。後輩のヤツは気づいてただろうな。抜け目なさそうなタイプだし。
もしかして、同い年にはモテないけど、後輩にはモテてたんじゃないか。コイツが気づいてないだけで。鈍感な時は鈍感だからな、アリスは。
「何?おれの顔になんかついてる?」
「いや、ついてない…」
「そう?」
「それよりもほら、急いで歩く!」
「わかったよー」
アリスを促して、早歩きでスーパーへと急ぐ。
密かに胸の中にあったモヤモヤに気づかないフリして───。
【END】
(2022.01.26)
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