Mandarin
……………
…………
………
……
…
……行ったかな?
顔を上げると、妖艶な笑みを浮かべたアリスドールがおれのいる場所から3~4段下に立っていた。いなくなったかと思ったのに…。
「いないと思っていただろう?」
「!!」
考えを読まれた。アリスドールは微笑みながら言う。
「お前のことならわかるさ」
そんなにわかりやすいのか、おれ。…わかりやすいか。ヤツデ達とかにもよく言われるし。
すると、アリスドールがゆっくり近づいて、おれの顔に触れる。つ、冷たい!冷たさから逃れようと、目の前にいるアリスドールを見つめた。
体はリクだから、本来は数年後に見れたはずのリクの姿だ。印象はキレイなおねえさん。昔、よくリクの方がお姉さんに間違われた時もあったっけ。おれが子供っぽいからだけど。今も隣に並んでも釣り合わないって言われちゃうんだろうな。
アリスドールだから、表情は無表情だけど、やっぱりキレイだ。こんなリクなら他の男が放っておかない。誰の隣にいても、釣り合わないってよく言われたけど、リクの隣にいて釣り合わないって言われるのが一番傷つく。おれだって、リクの隣にいて、似合うような男になりたい。
「泣いているのか?アリス…」
アリスドールに言われて、気づいた。止まっていたはずの涙が再び流れていたことに。慌てて袖で拭った。
「アリス?」
やめろ。リクの声でおれを呼ばないでくれ。
リクにそう呼ばれる未来はもうない。おれとリクは結ばれない。だって、リクは━━━━━
「見るな!おれに近づかないで!!」
「かわいそうに。一人で泣いていたのか…」
アリスドールはおれに近づいてくると、背けていた顔を無理矢理、正面に向けらされる。こんな顔を見られたくない。ましてリクに…。正しくはリクの顔したアリスドールだけど。
「泣き虫ね、兄さん…」
「リク…」
「私がいないと寂しいのね」
嫌だ。リクの声なんて聞いたら、おれは。隠していた感情が出てきてしまう。ようやく上手く隠せるようになったのに…。
すると、アリスドールはおれの目元にキスを落としながら涙を舐め始めた。
「……っ…!」
「可愛い、可愛い私だけの兄さん…」
「や、やめ…っ」
「やめて欲しくなんてないでしょ?私にはわかるの。兄さんの気持ちが…」
やめてくれ。そう思うのに、心の奥はやめないでと思うおれがいる。いつもなら突き放せた。でも、今弱っているおれは、突き放せずにいる。
「兄さん…」
「リク…」
見つめ合い、唇が重なる。
受け入れてしまった。相手はリクじゃないのに。アリスドールなのはわかっている、のに…。
「くすくす。可愛い…」
「可愛いのはリク、だろ…」
おれ、絶対に顔が赤い。恥ずかしくてリクから顔を背けようとした。でも、顎を掴まれ、振り向かされてまたキスされた。
「ん……んんっ…ふっ…」
さっきよりも激しい。息が上手く出来ない!
やばい。やばいのに、これ以上、こんなことされたら、おれ、絶対におかしくなる!
……でも、やめて欲しくない。
リクと恋人になれていたら、こういうこともしてたのかもしれない。その先のことも。想像しないわけでもない。だって、誰でも考えるだろ。好きな人と結ばれたら、そういうことも。
「……兄さんは、本当に素直ね。可愛い…」
「はあっ…はあっ…」
「ねぇ。どうして、欲しい?教えて。兄さんの口から聞きたいの…」
「お、おれは……っ」
熱い。熱い。この熱さが治まるどころか、どんどん熱を帯びていく。どうしたら、治まる?リクに言ってしまおうか。でも、そしたら━━
「アリス!!」
ハルクの声がした。
そちらに目を向けると、階段下にハルクが息を切らしながら、立っていた。
「ちっ、邪魔が来たか…」
「ソイツから離れろ!アリスドール!!」
「アリスを一人にしてたくせに、何を言っている。小娘が」
ハルクが言い返せずに黙って睨み返す。それを見て、アリスドールが鼻で笑う。
「まあ、いい。アリスの反応を見る限り、いつでも手に入るだろうし。今日は引いてやろう」
すると、アリスドールはおれの方に再度顔を向けて、リクがよくしていた笑い方をしてみせた。
「そのうち迎えに来るわ。さっきの続きは、その時にしましょう。それまでイイコで待っていてね?…兄さん」
そう言って、唇に軽くキスした。
さっきの続きということは、おれはリクと…。つい想像してしまい、更に顔が熱い。きっと今のおれの顔は真っ赤だったに違いない。暗くて良かった。
「それじゃあね、アリス…」
ハルクが階段を駆け上がって来るが、アリスドールは闇に紛れるかのように姿を消した。
「アイツ!次はただじゃおかねー!!」
怒りながら、アリスドールのいた場所を睨む。それから、座り込んだままのおれの肩を掴む。
「お前も何で抵抗しないんだよ!あれはリクじゃない!わかっ…」
「わかってるよ!」
「なら、何で受け入れてんだよ!」
ハルク、何でそんなに怒ってんの?ラセンとの時間を邪魔したから?悪かったって。
「別に受け入れたわけじゃ…」
「そんなんだから、隙をつかれんだって!いい加減わかれよ!」
「ハルクにはわかんないよ!恋人がいつも傍にいるんだから。おれの気持ちなんて!!」
ハルクの手を振り払い、おれは立ち上がり、家に帰ろうと階段を駆け下りる。後ろからハルクが追いかけてくる。
「アリス!待て」
「うるさいな。放っておいてよ。ラセンのところに帰れってば」
「アリス!」
腕を掴まれて、壁に背中を押しつけられる。痛て。力が強すぎ。本当に女の子かよ。目の前にはハルクが立ち塞がる。
「アリスドールに何された!?」
「……」
「黙ってないで。答えろ!」
「……何回かキスされただけだよ」
「何回もされたのかよ。……そんなに気持ち良かったのかよ、アイツとのキスが。そうだよな。お前、抵抗しないで受け入れてたし。アリスドールとはいえ、体は大好きな妹だからな」
否定はしない。だって、受け入れたのは事実だから。なのに、何でハルクがすげー怒っているのかがよくわからない。
「……もういいでしょ?離してくんない」
話は終わったんだから。退いて欲しい。もうお参りは今度にして、今は家に帰りたい。
「…まだ終わってねーよ」
「話なら終わ……っ」
何が起こったのか、わからなかった。気づけば、目の前にハルクの顔があって、唇に柔らかく温かい感触。さっきもタスクさんにされたけど、あれは頬だった。でも、今は頬じゃない。唇だった。ハルクにキスされてるんだとようやく気づく。
「離せってば!」
「離さねぇよ」
「意味わかんない。何でキスしたんだよ!」
「自分でもわかんねぇよ。体が勝手に動いちまったんだから!」
「はあ!?おれはラセンじゃないんだから、間違えんなよ」
あれ。力が入らない。何でだ?女のハルクよりも男のおれの方が力があるはずなのに…。
「ラセンと間違えるわけないだろ。それだけはわかってんだよ。バカ!」
「んん…っ…んぅ…ん!」
またキスされて、さっきのキスよりも長いし、苦しい。抵抗してんのに、何故か力は入らないし。息が出来ない!てか、世の中の恋人達はこんなのしてるのかよ。
「はあっ……はあ…っ」
「アイツに何回されたんだよ?」
こっちはキスされたばっかで全然頭回らないのに、何でハルクは平然としてんの?慣れてんの?…そうか。おれが知らないだけで、ラセンとは何度もキスしてるのか。
「……覚えてない!だから、もう離せよ」
「ああ、そう」
やっと離してくれる、そう思っていた。だが、おれの予想とは違う方向に進む。首もとを掴まれたと思ったら、急に世界は反転。見上げれば、夜空……と、ハルクがおれの上に跨がっていた。
何でおれ、ハルクに押し倒されてんの?
「ハルク、何してんの?」
「この状況でもわかんねぇの?鈍すぎ」
「んっ!…ん……んんっ」
何度も何度もキスされた。短くキスしては、すぐ離れるんだけど。息出来ると思った瞬間にはされるから、ずっとキスされるよりもこっちの方がキツかった。
「はあっ…はあっ……アリス…」
「はあっ、はあっ……もうやめ…ん」
「…まだわかんねーの?鈍感…」
やめろよ。そんな目でおれを見ないで。鈍感と言われてもさ。……何だろう?体中が熱い。甘酒ってここまで熱くなるんだっけ?それともハルクにキスされてるから?あれ?
「まだ言えねぇの?アリスドールに何回キスされたか、ちゃんと言うまでお前にキスするから。てか、キスだけで終わらないかもな。……でも、言わないお前が悪いんだからな」
「な、に?」
ところどころ聞こえづらい。ハルクが何言ってんのか、よくわかんなくなってきた。キスが何?キスって、魚の名前だったよな。どんな字、書くんだっけ?えーっと。………あらら、世界が回る。
「……い」
「……アリス?」
「熱い。グルグルするー。あれれ…」
「何とぼけて……ん??すごい熱!ちょっ…大丈夫か?アリス!?」
「お月様が回ってるー。あはは!」
「コイツ、熱出してる。通りでいつもより変だったのか…。おい、しっかりしろ!」
何かハルクが言ってるけど、聞こえない。あー、目回ってきた。
そして、おれの意識はここで途切れた。
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