Clockvine





好きな人には好きな人がいた。

好きな人がいたとしても、奪えばいい。どんな相手でも奪うつもりだった。


だけど、彼女は奪えなかった。



彼女は真っ直ぐに一人だけを見ていた。他の誰も見えないくらいに。





━━━━━━━その相手が血の繋がらない義兄だとしても。










昔から女の子にはモテる方で、女の子に囲まれてい
ることが当たり前だった。皆、僕に好かれようと必死だった。

しかし、そんな僕に興味を持たない女の子がいた。


だから、最初は興味本位だった。


学年一の秀才と言われた彼女。運動は苦手なのか、体育の成績だけは良くないようで、後の成績はほぼ満点。

性格もおとなしく控えめで、黒髪ロングの美少女。その風貌から男子には人気あったが、女子とは少し距離があった。しかし、彼女は特に気にもしておらず、一人に慣れているのか、よく本を読んでいた。



「リク」

「シリア。どうかした?」


話しかけてみると、彼女は普通の女の子だった。
わからない問題を聞けば、丁寧に教えてくれる。根気よく最後まで。だから、僕の成績も少し上がった。

最初はあまり笑ってくれなかったけれど、少しずつ見せてくれるようになった。


僕はいつの間にか彼女に恋をしていた。





そんなある日。
彼女が珍しく窓の外を見ていた。いつになく、彼女は笑っていた。何を見て、彼女はあんな顔をするのか。一体何を見ているのか、僕は少し気になった。


そこには、笑いながら、高等部の制服を着た男が数人で騒いでいた。その中心にいるのが、やたら目立つ髪をしていて、一番頭が悪そうな男だった。悩みなんてまったくなさそうだな。ああいうやつって。リクを見ると、まだ楽しそうに外を見ている。

まるで僕なんか見えてないかのように。



「誰か知り合いでもいたの?」

「うん。兄がいるの…」

「兄?」


リクの兄だったら、同じように美形なのだろう。だが、下にいるのはレベルが低い男達しかいない。あの中にはリクのお兄さんがいるわけがない。別のところにいるかもしれない。僕は周りを見渡す。だが、いるのは騒いでいるやつら以外、他にはいない。おかしいな。



「リクのお兄さんなら、かっこいいだろうね」

「どっちかって言うと、可愛いかな」


可愛い?流石に男に可愛いはないんじゃないか。もう一度、下を見てもリクの兄らしき人物はいない。本当にいるのか?リクのお兄さん。



「兄は私と違って、表情が豊かなの。思ったままに色々な表情を出す。私には出来ないことだから、憧れるの」

「リクだって…」

「ううん。私ね、あることが原因で人前では“仮面”をかぶってしまうようになったの。人の顔色を見ながら、それに応じた顔を見せて、演じてる。だって、本当の自分を見せては嫌われてしまうから」

「そんなことな…」

「ううん、わかるの。だから、そんな兄さんが羨ましい。兄さんは私にとっての太陽なの。その光がなければ、私は生きていけない」


そんなことない。リクだって、僕にとっては太陽だ。だけど、そう簡単には言えなかった。まだ伝える時じゃないから。



「リクのお兄さんって、どの人?」


リクに好かれている兄とは、どんなやつだ。知りたくなって聞いてみた。
リクが指差した先にいたのは、一番騒いでいた金髪の男。あの頭が悪そうな男がリクのお兄さん!?信じられない。



「私と兄は血は繋がっていないの。親の再婚で兄妹になったから」


通りで似てないわけだ。リクと全然似てない。あの男には知性の欠片もないし、落ちつきもない。下手すれば、僕より子供かもしれない。あんなのにリクは取られたくない。



「リクはお兄さんのこと、どう思ってるの?」

「え…」

「答えて」


返答に困っているのか、リクはなかなか答えない。突然、こんなこと聞かれても困るよな。



「ごめん。リク、言いたくないなら…」

「大切な人。これ以上でも以下でもない」


ようやく理解した。
リクはあいつが好きなんだと。

僕には引き出せないリクの表情をあの男は簡単に引き出せる。あんなやつが僕よりも!

悔しい。



「あいつに好きって、言わないの?」

「……………言わない。今のままでいいから…」

「リク?」


リクが泣きそうな顔で震えていた。僕はそんな…リクの様子にどうしたらいいかわからなかった。



「今が幸せだから。一番幸せな日々を送れているから。それを壊したくないの」


この時の僕は彼女の言ってる意味がよくわからなかった。

もしも、わかっていたならば、僕は彼女をあいつから奪えていただろうか?

彼女の闇を救えていただろうか?



【END】
(2021.12.30)
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