Spring starflower




どれだけ走っていたか、わからない。走り疲れたから、休みたくなって、周りを見た。すると、小さな公園を見つけて 、そこに入った。

すべり台などの遊具はなく、ベンチが数個置いてあるだけだった。空いてるベンチに腰掛ける。

私、何やってんだろうな。


そんなことを考えていたら、雨が降り出してきた。
皆、急いで屋根のある場所へ行ったり、傘を差しているのに、私はベンチに座ったまま。時折、私を見て、変な顔した人もいたけど、誰も声をかけてこない。

どうでもいい。このまま消えてなくなったりしないかな。そう考えながらも、私を見ている人がいた。その視線が煩わしくて俯いた。


いつから雨が当たらなくなったような気がした。雨は変わらず、降り続けているのに。錯覚かもしれない。全身ずぶ濡れだから、わからなくなっているのかもしれない。

ふと誰かの足があった。目の前に立っていた。いつから?それより誰?

顔を上げると銀髪に赤い瞳の男の子が赤い傘を差していた。ドラだった。機嫌がいいのか、ニコニコ笑っていた。


「アリス、何で泣いてるの?」

「え、泣いて…」

「よしよし、オレが慰めてあげるー!」

ぎゅっと抱きしめられて、私は慌てる。


「ぬ、濡れちゃうよ…!」

「平気。気にしなーいもん。ねぇ、アリス。一緒に行こう?」

「どこへ?」

「アリスが泣かなくてもいいトコロ。そこにはアリスを泣かせるヤツなんていないよ?」

普段なら行かないと言えただろう。でも、私はもう正常な判断は出来なくなっていた。


「…行く。連れてって、ドラ」

「いいよ!オレが連れてってあげる」

手を繋がれ、引っ張られる。あいかわらず強引だった。が、今の私にはいいのかもいれない。公園を離れて、私達は歩く。


「アリス、連れてく前に忘れさせてあげるね」

「忘れさせる?」

「そう。傷つけたヤツなんてもういらないでしょ?」


“お前には関係ないだろ”
さっきハルクに言われた言葉がよぎる。



「そうだね…」

「じゃあ、目を閉じて。開けていいっていうまで開けないでね!」

「うん」

ドラが小さく何かを呟く。すると、オルゴールが聞こえてきた。小さい頃によく聞いたことのある曲。懐かしい。しばらくその音に聞き入っていた。



♪~♪♪~♪~♪~♪♪~

曲が終わり、オルゴールが鳴り終わる。


「アリス。目を開けていいよー」

ドラに言われて、目を開けてみる。景色は先程と変わっていない。雨は降っていたまま。
だけど、さっきまであった辛く重い感情がない。私は何で苦しかったのだろう?誰かに傷つけられた?誰に?思い出せない。


「ダメじゃん。アリス、せっかく忘れたんだから!思い出したら辛くなるだけだよ。ほら、行こう!」

ドラに手を引かれ、彼の差している赤い傘に入る。



しばらく歩いていたら、道路を挟んだ反対側の道を誰かが走って通り過ぎた。その人はこの雨の中、傘も差さず、濡れたままだ。変な人。私も全身ずぶ濡れだから、人のことは言えないか。


「アリス!」

思わず立ち止まる。
私ではないが、私と同じ名前だ。呼んでいたのは駆けて行った彼。何故彼はあんなに必死に“アリス”を探しているのだろう。

…どうでもいいか。私には関係ないことだし。


「あはは、ざまぁみろ!」

隣のドラが楽しそうに笑っていた。そんなドラに私も笑う。


「アリスもそう思うよね。あはは!」

「ふふ」

「早く帰ろう。パパが待ってるから」

再度ドラと歩き出す。
と、何かに服を引っ張られた。振り向くと誰もいない。
いないのに、いるような雰囲気。何だろう。懐かしいような。そんなことを思っていたら、「行ってはダメ」と小さな女の子の声が聞こえたような気がした。
この雨で聞こえるはずないのに。


「アリス?」

「ううん、何でもない。行こう」

また引っ張られた。けど、無視して立ち止まらずに進んだ。私が止まらないからか、今度は声が聞こえてくる。


━━ダメ。もどれなくなる。アリス、行ってはだめ!


誰の声?やめて。

━━アリス!だめ。おねがい!


私のことは放っておいて。

━━そいつといっしょにいてはだめ。×××のところにもどって!


×××ってところだけが聞き取れない。わからない。

━━アリス!


うるさい。うるさい!
私はその声を聞きたくなくて耳を塞ぐ。



「うざってーな。死んだくせにまだ邪魔すんのかよ、チビ助…」

「ドラ?」

「大丈夫。邪魔なのは片づけっから。ちょっと待ってて」

ドラが私に赤い傘を預けると、どこかに歩いて行ってしまった。私はドラが戻るまで、その場で待っていた。


「…くしゅん」

寒い。雨にうたれていたから、体が冷えたみたいだ。震えが止まらない。早く帰って、温かいお風呂に入りたい。ドラ、早く戻って来ないかな。
ドラが歩いて行った方を見ていたら、傘も差していない人がいた。さっき、私と同じ名前の誰かを探してる人だ。見ていたら、視線に気づいたのか、目が合う。すると、その人はこちらに向かって走り出した。


「やっと見つけた!」

目の前に来ると、いきなり肩を掴まれた。思わず手から傘が落ちてしまった。拾おうにもこの人は離してくれない。
痛い。ドラ、早く戻って来て!


「アリス、悪かった。オレ、お前に八つ当たりした!」

何故か私に頭を下げて、謝っていた。でも、私には覚えがない。きっとこの人は私を“誰か”と間違えているのだろう。そんなに似ているのだろうか?


「あの、誰かと間違えてないですか?」

「え?」

「私、あなたとは初対面ですよ」

そう答えると、彼は怒り出す。


「何言ってんだよ!お前、まだ怒ってるからって、仕返しのつもりかよ」

「ダッセェ」

ようやくドラが戻って来た。すると、目の前の彼は私を庇うように立つ。ドラから私を守るみたいに。何故こんなことするんだろう。ドラは私の知り合いなのに。


「お前の仕業か。アリスの記憶、奪いやがって!戻せよ!!」

「何言ってんの?オレが勝手に奪ったわけじゃねーよ。アリス自身が望んだから、それを叶えてあげたんだぜ」

「そんなわけ…」

「な?アリス」

私が頷くと、彼は目を見開く。信じられないと言わんばかりに。


「嘘だろ…」

「無理だぜ。もうアリスの中にお前はいないんだから。名前さえも思い出せない」

「記憶消したって、オレだけか?」

「アリスの記憶からアリスに対して、冷たい人間は全て消してあげたんだ。お前はその筆頭なだけ」

「オレは…!」

「だって、アリスを泣かせるヤツは許せないし。そんなヤツを覚えてる必要ないじゃん。だから、失せろよ」

「……っ」

ドラが目の前にいた彼のお腹を殴った。動揺してたのか、思いっきり入り、その場に崩れ落ちる。そんな彼に目もくれず、ドラは私に笑顔を見せた。


「アリス、行こう!」

「うん」

ドラの手を取って、私は歩き出す。あの人、何したかったのかよくわからなかったな。


「………っ、けほ、けほ。…待てよ。アリス!」

後ろから名前を呼ばれたが、彼は知らない人だ。振り向く必要はない。



「アリス!そいつから離れろ!」

「負け犬がうるせー。アリス、放っといて行こう。二度と会うことはねーから」

「うん」

動けない彼はずっと私の名前を呼び続ける。彼は何故あそこまで必死なんだろう。


「アリス!戻れ!!」

「あんな雑魚、相手にしなくていいって」

「アリス!頼む、から!」

「……」

「アリス!!」

振り返ってみると、彼は動けない体を押さえながら、必死に私へ手を伸ばす。きっと私が手を取ってくれると思っているんだろう。



……誰があんたの手なんか取るものか。


「うるさい」

「アリス…?」

「いい加減黙ってくれない?」

笑顔でそう告げた。私の言葉に彼は言葉を失ったようだ。


「さっきから名前、ずっと呼んでて。うるさいのよ」

「アリス、オレが悪かった。だから…!」

「あんたと会うことなんてない!二度とその顔を見せないで!」

「……お前、そんなにオレのこと…」

今にも泣きそうな顔してる。男のくせに。


「あはは!アリス、最高!アイツにトドメさした」

「ドラ、行こう。あんなの相手にしてたら、時間の無駄だわ」

ドラの腕を取って、私はその場から立ち去る。もう後ろを振り向くことはなかった。










いつの間にか雨は止んでいた。いや、ここは外じゃない。真っ黒な空間にいて、隣にはドラがいた。ドラは道がわかっているのか、そのまま歩いている。


「ん、あれ?アリス」

「何?」

ドラが私の目元に触れる。何かついていたのかな。


「何で泣いてんの?」

「え?」

そう言われて、目から溢れ落ちる。私にもわからなかった。何故自分は泣いているのかを。


「勝手に出てくる…っ」

拭っても、涙は治まらない。どんどん溢れ落ちてくる。

『アリス』

さっき見た男の顔が思い浮かぶ。何であの人の顔が出てくるの?知らない人なのに。


『お前、そんなにオレのこと…』

痛い。苦しい。
何で私はあの人の顔を思い出すの?

本当に知らない人なの?本当に知らない人間があんなに私を追いかけてくる?ありえないでしょ。


……ならば、私は何を忘れたの?思い出せない。

何度考えても、わからない。

どうして涙が溢れたのか、私には最後まで理由がわからなかった。



「だーめ。それ以上は考えちゃ」

「ドラ?」

ドラが私を抱きしめる。


「もう何も考えてなくていいよ。アリス、今日は疲れたんだから休もう?」

「うん…」

そう言われると、眠たくなってきた。でも、私、ずぶ濡れだから、風呂に入らなくちゃいけないのに。まだ寝たら…。そう思うのに、瞼がゆっくりと閉じようとする。


「ドラ…」

「おやすみ、アリス。いい夢を…」

ドラに額を軽くキスされた。
そして、何かの千切れたような音が聞こえた後に私は眠りに落ちた。










「……これでアリスとアイツを繋ぐものがなくなった。もうアイツはアリスを探せない。アリスもアイツがわからない。…あははは!」

眠るアリスを抱えながら、ドラージュは狂ったように嗤った。





【Bad End】
(2021.12.17)
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