Geranium
場所を移動し、落ちつけたところでおれは、こっちのハルクに全てを話した。ハルクはずっと黙って話を聞いてくれた。
「つまりはお前は別の世界の“アリス”ってことか」
「そう。信じてくれるんだ」
「普段のアリスがやらないことをやってるからな。通りで男子トイレに入ってくわけか」
「こっちのアリスは、どんな女の子なの?」
「ブラコン、強情、ウジウジするし、すぐ怒る、すぐ泣く。可愛くない女…」
「そうなんだ…」
「でも、なんか放っておけねェ…」
何だかんだ言っても、こっちのハルクはこのアリスのことを心配しているんだろう。本人には見せないんだろうけど。
「そっちにオレもいんだろ?」
「うん、いるよ。性別違うけど、大体はきみと同じ。おれもハルクによく怒られるし」
「(その世界のオレも苦労してんだろうな…。こっちのアリスとは違う意味で大変だし、目は離せないし)」
「でも、口では文句言ってても、優しいんだ。そういうところは好きだよ。お姉ちゃんみたいで」
「……ふーん」
ハルクがジーっと見てくる。しかも、何か言いたげに。
「ん?おれの顔に何かついてる??」
「いや、ついてねーよ。こっちのアリスとは違って、お前の方が素直だなと思っただけ」
「そう?」
そういえば、学校帰りにハルクと話してると、あいつが現れるんだけど。おれは辺りを見ながら、警戒する。
「何キョロキョロしてんだよ」
「ああ、おれがきみと話していると、いつもラセンが現れて騒ぐんだよ。ハルクに近づくなー!って。もう大変で」
「そこはそっちも同じなのか。他には?」
「セツナには今日も美人だねって言えば、冷たい視線を向けられるし。でも、セツナも稀に優しい時あるんだよ。そういう時、次の日がいつも大雨降ってさ。リクは…」
あ、リクはもういないんだった。
よく泣いてばかりいたおれに優しかった女の子は…。
“ないてちゃだめだよ。おにいちゃんなんだから”
“おにいちゃん?”
“うん。わたしのおにいちゃんになるんでしょ?”
“うん。おれ、きみのおにいちゃんになって、きみをまもるんだ!”
“おにいちゃん。わたしのこと、まもってね!”
そうだ。おれ、リクと約束したんだ。なのに、おれは守れなかった。守るって、約束したのに…!
「アリス?」
「…守れなかったんだ、おれ」
「何を?」
「リクとの約束。守るって、言ったのに…」
「お前のせいだって、リクが責めたのか?」
「責めないよ。でも、リクはおれに失望したんじゃないかって」
「……アリスはどこの世界も同じだな。アイツも弟にウジウジして、お前は妹にウジウジして」
「だよね。だけど、すぐ考えちゃうんだ。あの時、おれがこうしていたらって…」
おれの悪いクセだ。すぐに後ろを振り返ってしまう。特にリクに対して。
すると、決まって、ハルクが「バカ、後ろじゃなくて前を見ろ」って言うんだ。
「おれ、元の世界に帰りたい…」
リクはいないけど、向こうには大切な家族や友達が沢山いる。だから、ここはおれの居場所じゃない。
それにこの世界のハルクもいいヤツだ。友達になりたいくらいに。
でも、目の前にいるハルクじゃなくて、おれの知ってるハルクに会いたい。
「ハルクに会いたい…」
「……。そっちのオレも待ってんじゃねーの?お前のこと」
「そうかな?」
ハルクはおれが何言っても、すぐバカって言うからな。素直に会いたいなんて言ってくれない。だけど、こっちのハルクがそう言うってことは…。
「きみもこっちのアリスに会いたいよね?」
「……さあな」
目の前のハルクは笑ってごまかす。きっと口にしないだけで、会いたいはずだ。
「ハルクは優しいね…」
「別にオレは優しくなんか…」
「優しいよ。きみはいつでも」
優し過ぎるから、時折、きみが眩しい。おれの持っていない部分を持っているから。羨ましくもある。おれもきみのような人間であったなら、リクを守れたんじゃないかなって。
……もう遅いけど。
「ありがとう、ハルク…」
すると、突然眠気が襲ってきて、意識を保てない。やばい。このままじゃ倒れると思ったけど、後ろにいる彼ならこの子を助けてくれる。「アリス!」と呼ぶ声が最後に聞こえた。
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