Geranium
おれが死ぬ前に何とか学校に着いた。校門くぐってから、やっとイケメン君は腕を離してくれた。苦しい。必死に息を整える。そんなおれに見かねたイケメン君が背中をさすってきた。イケメン君、全然息切れてないし。
「…お前、もう少し運動したら?本ばっか読んでるから、運動不足なんじゃねーの」
「おれ、本は読まないよ!本開くだけで寝ちゃうし…」
「は?」
何とか息を整えて、立ち上がったおれは昇降口へと歩き出す。イケメン君もすぐに後ろから追いかけてくる。
昇降口に着き、靴箱が並んでいるが、おれの靴箱はどこ?てか、この子の名前がわかんない。
……そういえば、イケメン君が“アリス”って呼んでたな。おれと同じ名前。アリス…アリス…あった!てか、こっちもおれの世界と靴箱の場所は同じだ。いや、靴箱だけじゃない。学校も道も家もまったく同じだった。違うのは人だけ。
「アリス。いつまでそこに突っ立ってんだよ」
「え?」
既に履き終えたイケメン君に声をかけられる。相変わらずイケメン君は立ってるだけなのに様になってるな。おれのこと、呆れた顔で見てるけど。
「今行く!」
慌てて上履きに履き替えて、イケメン君の後ろを歩く。すると、教室に行くまでに数人の女の子達が代わる代わるイケメン君に挨拶していた。イケメン君は「おはよ」って女の子達に返すだけ。それだけなのに、女の子達はきゃあきゃあ騒いでるし。アイドルか。
イケメン君、ハルクっていうのか。おれの知り合いと同じ名前だなー。あっちのハルクもやたらモテてたし。口悪いけど、面倒見は良いし。おれもよく見てもらって…。いや、おれが一番ハルクに世話かけてる?その話は置いといて。
それよりもこの世界は、学校や家の場所とかはおれの世界とまったく同じなんだ。だけど、一つだけ違うことがある。性別が反対なんだ。だから、おれも女の子になっていたんだ。
ということは、今おれの前にいるの彼も、つまり…。
「ハ、ハルク…?」
「何だよ」
名前を呼ぶと、イケメン君が振り返る。うわっ、やっぱり!でも、性別違うだけで、こうも雰囲気が変わんの?あー!よく見れば左耳のクロスのピアスが同じじゃん。
「ハルクー!」
嬉しさのあまり思わず抱きついた。ずっと見知らぬイケメンと思ってたから嬉しい!ハルクだったのか。良かったー!
「バカ。お前、何で抱きついてくんだよ!」
ハルク、また顔が真っ赤だけど、熱が出たのかな?でも、もうそんなことどうでも良い。
「良かった!性別違ってもハルクはハルクだー!わからなくてごめん!!」
「な、何言ってんだよ!お前、本当に今日おかしくねェ?」
「ハルク、朝からラブラブだね」
「モテる男は違うなー」
「違ェよ!アリス、本気で離れろ。マジでこれ以上、誤解されたくねェだろ…」
「五階?ここ、三階じゃなかった?」
「……」
ハルクに物凄くコイツ、大丈夫?…かって顔された。ひどくない?
ハルクと別れ、自分の教室に入った。同じなら席もここで合ってるよな。窓際から二列目の一番後ろに座る。
ふと隣の席にヤンキーの男子がいた。こっちでもヤンキーっているんだなー、なんて見ていたら、見覚えある雰囲気につい声をかけてしまう。
「リゼル?」
「アリス。お前、今来たのかよ…。オレより遅ぇな」
「うっわ、マジでリゼルだー。男の子だとヤンキーみたいになるんだ!」
「はあ!?ヤンキーみたいって言うな!」
リゼルと騒いでたら、先生が来てしまった。もう少し話してたかったな。後でまた声をかけよう。
その後、休み時間の度にリゼルに話しかけていた。最初は面倒くさそうにしてたけど、慣れてきたのか少しずつ話してくれるようになった。
リゼル、誤解されやすいけど、悪いやつじゃないんだよなー。
昼休み。
お腹が空いたおれは、食堂に行こうと席を立つ。すると、リゼルも立ち上がった。
「あれ?リゼルも飯食いに行くの?」
「ああ、パン買いに購買」
「えー。購買行くなら、食堂に一緒に行って食べようよ!」
「行かねーよ。一人で行け」
リゼル、冷たい。でも、わかってる。リゼルは押せば折れてくれることを。向こうのリゼルには効果あるけど、こっちのリゼルにも効くかなー。試してみよう。
「一人で食べてもつまんないじゃん。なー、一緒に食べよう?リゼルー」
「行かねー」
「リゼルー。一緒に飯食おうよ!」
「だから、行か……」
「リゼルー。飯ー!」
「わかったよ!一緒に行けばいいんだろ」
「やったー!それじゃあ行こう。早く行かないと席なくなっちゃうし」
「ちょっ…!」
よし。
そうと決まれば、急げ!リゼルの腕を引っ張りながら、おれ達は教室を出た。
早速、リゼルと食堂に来た。こっちもメニューは大体同じだけど、こっちの方が日替わり定食の種類が豊富だな。しかも、デザート選べるし。あっちは1択だぞ、デザート。解せぬ。
「リゼル、何にした?」
「日替わりのA」
「それもいいなー。あ、じゃあ、おれはBにしよっと。あとでおかず、交換しよう!」
「ま、いいけど」
頼んだ定食をそれぞれ受け取り、席を探していたおれ達は天気が良かったので、テラス席の方へ向かった。
テラス席には誰も座っておらず、おれ達だけ。貸し切りだー。きっと寒いから、皆避けたのかもな。ここ、陽当たりはいいけど、日影は寒いし。飲み物はホットにしといて良かった。
「いっただきまーす!」
うまい。お腹空いてたから、食が進む。しばらく無心に食べていた。
向かいの席に座って食べるリゼルのお皿を見つめる。あの定食も捨てがたかったんだよな。
「リゼル、こっちのおかず一個あげるから、そっちの唐揚げ一個、ちょーだい?」
「いいぜ」
「やった!はい。じゃあ、唐揚げもらうね!……うまい!」
「ははっ!」
急にリゼルが笑い出す。え、何か面白いことあった?
「リゼル?どうしたの?」
「お前、リスみたいに頬膨らませてるから、つい……おっかしくてさ!ははっ」
「えー。そこまで膨らませてないけどなー」
リゼルはよほど面白かったのか、まだ笑っていた。ま、いつもの怒った顔よりはいいけどさ。
ガタン。
突然、おれの隣の席に誰かが座った。ん?他にも席は空いてるのに、何でおれの横に……って、思って見たら、ハルクだった。
「あれ?ハルク。どうしたの…?」
「何しに来たんだよ」
笑うのをやめて、ハルクを睨むリゼル。ハルクも負けじと睨み返す。
「は?別にてめーのところに来たわけじゃねーよ!」
こっちのハルクとリゼルも仲悪いな。うちの世界の二人も取っ組み合いまで行くから、毎回止めるの大変で。こっちもそれくらいは行きそうだな。食事中に巻き込まれたくないから離れとこうかな。
二人を見て、そんなことを考えながら食べていたら、ハルクがこちらに振り向いた。
「お前、何でリゼ公と飯食ってんだよ!いつもはクラスメイトと食べてんだろ?」
「そうなの?でも、おれ、食堂に行きたくてさ、一人じゃ寂しかったからリゼルを誘ったんだ!」
「待て待て。突っ込むところが多すぎる…」
何故かハルクが頭を抱える。え?そんな頭を抱えることかな。
「ハルクこそ、何でここにいんの?」
おれ的にはそこが気になる。ハルクも誰かと飯食ってたんじゃないかな。なのに、わざわざここに来たのは何故?
「オレはお前のクラスのヤツらから聞いて……って、オレのことはいいんだよ!」
「ハルク、戻れば?」
「は?」
「教室とかで食べてたんでしょ?なら、早く戻って食べなよ。時間なくなっちゃうよ」
「アリスの言う通り、さっさと帰れよ」
「……わかったよ」
ハルクが立ち上がる。
悪いことしちゃったかなーなんて思っていたら、
「食堂で何か買ってくる」
「別にここで食べなくても。教室にいたんじゃないの?」
そう言えば、ハルクは呆れた顔をする。そして、おれの頬を引っ張る。なんで!?
「オレ、まだ飯食ってねーんだよ💢誰かさんが朝は寝坊したし。昼も食おうとすれば、誰かさんがヤンキー君連れて食堂に行ったって聞いてさ…」
「ひへへ。わはっははら!!ははひへ(いてて。わかったから!!放して)」
「…ったく」
おれの頬から手を放してくれた。それからハルクは食堂の方に向かった。この子といつも約束でもしてたのかな?あんな怒ってたし。
こっちのアリスが食事を作ってたんだー。でも、おれ、作れないんだよな。作ろうとするとハルクに止められるくらいだし。「食べ物を無駄にするな」って。無駄にしてるつもりないのにー。
その後、ハルクが戻ってきて、一緒に食べたけど、その間ずっとハルクとリゼルは口喧嘩してた。まだ他に誰もいないから迷惑かからないけど、本当に飽きないね、きみ達。
食堂を後にし、教室に戻ろうと廊下を歩いていたら、トイレに行きたくなった。
「ちょっとトイレ、行ってくる!」
二人に声をかけてから、近くのトイレに入る。すると、中にいた男子達が驚き、そのうちの誰かは叫ぶ。え、なんで?そんな反応されるのかと思っていたら、鏡見て自分の姿に気づく。
やべっ。今のおれ、男じゃないんだった。
「ごめんごめん。間違えた!」
慌てて男子トイレから出る。と、ハルクとリゼルがおれが出てきたのを見て、若干引いていた。
「お前、どうやったら、トイレ間違えるんだよ。しかも、堂々と男子トイレに入ってくか?普通…」
「いやー、つい…?」
「つい…じゃねーから。本当に今日おかし過ぎるぞ、お前」
「確かにいつも以上に、今日はおかしくねー?アリス」
「ああ、どこから突っ込めばいいかわからないぐらいにな」
何かハルクとリゼルが普通に話してる。さっきまでぎゃあぎゃあと口喧嘩していたのに!何故こういう時は意見が合うんだよー。
「うるさいなー。こういう時だけは口喧嘩しないんだから。おれ、トイレ行くから、先に教室帰っていいからね!」
「また男子トイレに入るなよ!」
「入らないって!」
今度こそは女子トイレに入った。てか、おれ的にはこっちの方が緊張するんだけど。
××××××××××
やっと授業も終わり、放課後になった。
あの後、トイレから教室に戻ったら、席にリゼルはいなかった。鞄もないから、帰ってしまったみたいだ。残念。まだ話したかったのになー。
さてと、掃除当番はないから、真っ直ぐ家に帰ろう。おれは鞄を持って、教室を出る。
しかし、どうやったら、元の体に戻れるのかなー。そんなことを考えながら、歩いていたら、隣の教室からハルクが出て来た。
「アリス、勝手に帰んな」
「えー、帰るよ。ハルクは帰らないの?」
「掃除当番だからまだ帰れねーんだよ」
「そうなんだ。じゃあ、先に帰るね!」
手を振って、帰ろうとしたら止められた。
「いやいや、帰るねじゃねーよ。昇降口で待ってろ」
「えー」
「えーじゃない。待ってろ。返事は?」
「……はーい」
こっちのハルクも、おれの世界のハルクにそっくりだ。やり取り、まったく同じだったし。
けど、このハルクになら話してもいいかもしれない。ハルクを待ちながら、おれはそう考えていた。
昇降口で待っていたら、しばらくしてから、ハルクがやって来た。
「ハルク」
「話があるんだ…」
「…わかった。少し歩いてからでいいか?」
「うん」
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