Irreplaceable
少し席を離れている間にぼくの荷物が中庭にある池にぶちまけられ、水に浮いていたり、水の中で沈んでいた。
こういうことされるのは、もう何度目だろう。
最初はショックだったけど、今は何も感じなくなってきた。今回もおそらくヴァーダイト様に指示された取り巻きの誰かの仕業だろう。こんなことしたって、シトリン様は離れてくだけなのに、何でわからないんだろう。わかっていたら、こんなことしないか。
はあと小さく息を吐く。
ぼくは、水の中にある荷物をかき集めるが、足りない物が一つあった。しかし、いくら見てももう水の中には何も残っていない。
「……ない」
おばあちゃんから買ってもらったペンがない。他は買い直せるけど、あれだけはなくなったら、買い直せるものじゃない。あのペンだけは…!
「どうしよう…」
いくら探してもペンだけが見つからない。授業は始まっているが、それどころじゃない。周りも探してみるが、ペンはない。
なくしてしまった。
幼い頃におばあちゃんと二人で出かけた時に買ってもらったものなのに…。あれだけが唯一のぼくの持ち物だった。もう書けなくなっていたけど、ぼくにとってはお守りみたいなもの。あれだけは絶対になくしたくなかった。
「おばあちゃん、ごめん…」
「大丈夫?」
涙を流していたら、誰かに声をかけられた。
顔を上げると、褐色肌の男の子がいた。しかも、ぼくの涙を見て、ハンカチまで差し出してくれた。
「良かったら、使って」
「……っ」
ありがたくハンカチを受け取った。
この学園に入って、知らない人に優しくされたのは初めてだった。
シトリン様のことを知られているせいか、関わらないようにされるか、虐げられるかのどちらかだ。
「いたいた!ペリドット」
そこへ誰かが近づいてきた。赤に近い茶髪の男の子だ。泣いてるぼくに気づいて、目を丸くしていた。
「ペリちゃん、ダメじゃん!泣かせちゃ」
「僕は泣かせてない」
「冗談だって。ペリドットは弱いものいじめ大嫌いだもんな。おれもだけど」
すると、茶髪の男の子がぼくの目の前に腰を下ろすと、ぼくに話しかけてくる。
「きみさ、コーラルだろ?コーラル・スノーホワイト」
「ぼくを知ってるん、ですか?」
「結構有名だからね。あと、その目もあるし」
「……」
目立ちたくないのに、やっぱりこの目は注目されちゃうんだ。カラコンとかして隠さないとかな。それをやると、シトリン様が嫌がるから出来ないんだけど。
目の前にいる彼がぼくをジーッと見つめる。
「キレイじゃん!」
「え…」
「きみの目の色だよ。宝石みたいでさ!キラキラしてる。おれ、あまり宝石とか興味ないんだけど、きみの目の色は好きだよ!ペリドットもそう思わない?」
「そうだな。だが、オッドアイで嫌な思いもしてきたんだろう?その目を見て、傷つけるようなことを言われてきた。違うか?」
「……うん」
茶髪の彼のようにぼくの目を見て、純粋な目でキレイで好きだと言われたことはほとんどない。
大体の人は、この目を見ると変な目とか気持ち悪いって、言ってきた。赤い目だから、余計に不気味に見えたのだろう。中にはキレイだと言ってくれる人もいたが、あまり信用はしてなかった。だって、影では気持ち悪いと笑っていたのを聞いたことがあったから。
「おれ、キレイだと思ったのは嘘じゃないよ!」
「コイツは、思ったことをそのまま口にするから。嘘はつけないヤツだ。隠してもバレバレだし、バカ正直なんだ」
すると、彼はムッとした顔で褐色の彼を睨む。
そう言われると、裏はない感じには見えた。子供みたいに純粋な目だったし。
「ここのやつら、一部は嫌なやつがいるけどさ。嫌なやつばっかじゃないから。てか、そんなやつらの言うことは真に受けちゃダメだぞ!」
「ルビーもよく言われているからな。コイツも色んなこと言われても、ピンピンしているから。少しはコイツの図太さを見習っていいぞ」
「ペリちゃん、さりげなくおれを貶してない?」
「わかったのか?普段は超鈍感なのに…」
「ひどい!」
「……ふふっ」
二人のやり取りについ笑ってしまう。
いいな。こういう風に気楽に話せる関係って。ぼくにもエメラルドやターコイズがいるけど、少し違うし。
「ところで、きみさ、さっきから荷物を散らかしてるけど、何か探してたりする?」
「……あ、ペン…」
そうだった。
ぼくはペンを探している途中だった。おばあちゃんからもらった大事なペン。思い出して、また涙が。
「ん?ペン??」
「ルビー。どうかしたか?」
茶髪の男の子がズボンのポケットを探る。
「今そこで拾ったけど、これ?」
彼が見せたのは、ぼくが探していたペンだった。
「これ、どこに…」
「花壇の近くにあったよ?あとで落とし物に届けに行こうと思ってたけど、返すね。はい、どうぞ」
「……良かった」
ペンがぼくの手元に返ってきた。安心して、また涙が溢れた。
「……ありがとう。これ、大事な物で。いくら探しても見つからなくて、なくなったら、どうしようかと思って…」
「君はよく泣くな…」
「だから、目が赤いのかな?……なーんて」
「それはないだろ、ルビー」
「えー」
「ふふっ」
三人で笑い合った。
それから二人の名前を教えてもらった。茶髪の彼はルビー・マチェドニアで、褐色の彼はペリドット・パンナコッタというらしい。
どうして、ぼくがここにいるかの説明をしたら、二人は心配してくれた。やっぱり優しい。
「ここ、陰険なやつが結構いるからなー。“この学園は庶民が来るところじゃない。さっさと出ていけ”って、おれもよく言われた!今も言ってくるやつがいるけど」
「僕も。肌について、今も言われるな。くだらないから普段は無視はしているが。頭に来たら、喧嘩を売りに行くが」
「ペリドット、喧嘩強いもんなー。サフィですらも一目置いてるし」
サフィ?
誰だろう。愛称で呼ぶから、きっと彼らの友人なんだろうけど。どんな人なのかな?やっぱり二人と同じ優しい人かな。
「そういえば、サフィは今アメジスト・ドルチェと同じ授業を受けているんだろうな」
「また機嫌悪く帰って来るよ、サフィ。あの二人、互いが気に食わなくて、顔を合わせると毎回冷戦になるから、周りが気を使って大変だよね。二人共、他人に優しくはないし」
「同族嫌悪だろう」
「アメジスト様は優しい人だよ。ぼくの勉強もたまに見てくれて、理解出来るように丁寧に教えてくれたりするし」
そう答えると、二人は驚いた顔をしていた。え、ぼく、なんか変なことを言ったかな。
「あの冷たいと噂されるアメジスト・ドルチェが優しい?」
「しかも、他人の勉強を見てあげるんだ。意外…」
「こんな問題も出来ないのか?とバカにしそうな印象しかないな」
「あるある。あの冷たい眼差しで言いそう!それがいいって、一部の女子に人気らしいよ。おれはまったく理解が出来ない」
アメジスト様はぼくには優しいけど、どうやら他の人には違うらしい。でも、エメラルドやターコイズも似たことを言っていたっけ。
「あのアメジストもコーラルには何か優しくしてあげたくなるんじゃないかな?」
「そうなのかな…」
「嫌われるよりは好かれた方がいいよ。あとおれ、アメジストには嫌われてるからなー」
「え?」
「それはマリーゴールドが原因だからだろ。じゃなきゃ、ルビーのことなんて相手にもしないはずだ。他人に興味ないからな。アメジスト・ドルチェは」
ルビーくんがアメジスト様に嫌われてる?なんで。ルビーくんは初対面のぼくに優しいし、気もつかってくれた。嫌われる要素なんか全然ないのに。
あとマリーゴールドって、誰だろう?
聞きたいことがいっぱいあったが、あとでエメラルドやターコイズに聞いてみよう。二人ならぼくよりは詳しいだろうし。
その後も色々と話していたら、チャイムが鳴った。あっという間だった。また何かあったら、何でも言ってくれと二人に言ってもらえた。友達が増えて、ぼくは嬉しかった。
何だか今日はいい夢が見られそうだ。
「コーラル!」
「コーラル!大丈夫!?」
荷物を持って、教室に戻ると、エメラルドとターコイズが来ていた。ぼくの姿を見るなり、駆け寄ってくる。
「大丈夫だよ」
「服、濡れてる。またヴァーダイトの取り巻きに嫌がらせされたのか?」
「うん、荷物を水の中にぶちまけられた。拾い集めてたから、それで濡れたんだ」
「またされたの!?あいつ、許せない!」
「エメラルド!ぼくは大丈夫だから!落ちついて」
今すぐにでもヴァーダイト様に向かって行きそうな片割れを慌てて止める。何でそんなに気が短いの!エメラルド。
「エメラルド。落ちつけ。てか、ここじゃ話がしづらいから移動しようぜ」
「そうね」
ぼく達は視聴覚室へとやって来た。
ドアを開けてみるが、鍵はかかっておらず、誰もいない。
「あのね、今日優しい人達と会ったんだ!名前はルビーくんとペリドットくん。二人はぼくが困っていたら助けてくれて、話をしてたんだ」
「ルビーって、ルビー・マチェドニアのことか?」
「うん!」
すると、二人はお互いの顔を見合わせる。どうしたんだろう?不思議に思っていたら、ターコイズがぼくに言ってきた。
「コーラル。アメジスト様の前で絶対にルビー・マチェドニアの名前は出すなよ?」
「何で?ルビーくんもアメジスト様には嫌われてるって言っていたけど」
「コーラルは知らないのね。アメジスト様に婚約者がいたのは覚えてるでしょ?」
「ラピスラズリ様だよね?一度だけあったことあるけど」
そういえば、少し会話した覚えがあるんだけど、何を話したんだっけ。
帰って来たら、今アメジスト様にお客様が来ているからすぐに自分の部屋に行くように言われたから、ぼくは言われた通りに向かっていたら、部屋から出てきたラピスラズリ様に会った。頭を下げてすぐに立ち去ろうとしたら、何故かラピスラズリ様に手を引かれて、誰もいない部屋に連れられた。
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