序章 side H

その日は朝から不調だった。今までで一番最悪といっていいほどに。

寝てもいられない。ジッとしてるのもきつくて…。屋敷内をフラフラしていた。

座ってはいられるが、休んでもまったく治らねェ。


あまりのひどさにとうとう自力で立ってもいられなくなり、オレは中庭の壁に手をついた。





「……くっそ…っ!」



今朝から何も食ってない。食べられないといった方が早ェ。水しか飲めず、何か食ってもすぐに吐いちまう。だけど、体は食べ物を欲しがる。
どうすりゃいいんだよ!!

そこへ甘い匂いがした。
どんどんとその匂いが強くなって、おかしくなりそうだった。


何だよ。この匂い!一体、どこから…。





「あの、大丈夫ですか?」



その時、誰かに声をかけられた。
顔を上げると、使用人の女。名前はアリス。

リク兄と楽しそうに話してるのを見る度にオレは、イライラしたのを思い出す。





「っ……近寄んな!」



オレがそう言うと、ソイツはムッとした表情を見せた。きっと声をかけなきゃ良かったとでも思っているんだろう。他の使用人は絶対顔には出さないが、コイツだけはすぐ顔に出る。
その点だけは気に入っていた。





「……わかりました。お邪魔して、失礼しました」



ソイツがオレから離れて行く。
甘い匂いは、コイツからした。こんな甘い匂いがする人間は初めてだった。こんな甘い匂いなら血も甘いんじゃねェの。

飲みてェ。そう思っていたら、ソイツの背後から近づき、首筋を噛んでいた。





「……っ…痛っ!……うっ」



我に返り、ソイツから離れる。

オレが離れた後、ソイツは自分の首筋に手をあてた。自分の血を見て、驚いていた。

おそるおそるこちらに振り返ったソイツは、オレを見て、恐怖の顔を浮かべていた。





「…何…して…」

「……うまい。今までこんなうまい血を飲んだことねェ。だから、さっきからすげー甘い匂いがしてたのかよ」

「甘い匂い?あなた、何言って…」

「もっと飲みてェ…」



一度吸ったら、やめられなかった。
色んな人間の血を沢山飲んできたが、こんなにうまい血は初めてだったから。





「やだ!離して!………んぅっ」

「はぁ…っ……ん…っ…ふっ」



逃げ出そうとするから、必死で押さえた。うまい。甘い。柔らかい。ずっと飲んでいたい。



夢中で血を飲んでいたら、ソイツの目から涙が流れていた。

拭うように目元に唇を当てれば、気を失っていた。


そして、オレは気づく。さっきまで具合が悪くて、立てないくらい重かった体が軽くなり、今までにないほど、体の調子は良くなった。

コイツの血を飲んだせいか?



それから気を失っているソイツを運んで、首の手当てをして、包帯を巻いた。それからは空いてる部屋のベッドに寝かせて、部屋を出た。



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