Smell of Blood




あるお屋敷で働くことが決まり、朝から研修を受けていた。夕方にその研修を終えた後、最後に研修を受けた全員にプリントが配られた。

「その用紙を書き終えた方から、帰って構いません。書いたら、こちらに持って来てください」と言われたので、早速目を通す。そのプリントには、何個か質問が書かれていた。それらを次々に埋めていく。そして、最後の質問になった。

そこには、この屋敷であなたの仕えたい人は誰ですか?とあった。屋敷にいる人物の名前が書かれており、丸をつければいいらしい。その理由も教えてください、とも書かれていた。
これは迷うまでもない。私はリク様のところに丸をつけた。

仕えたい理由か…。
私はしばし考える。周りは次々に提出して、去って行くが、私は気にせず、プリントを書く。

「……………出来た。私の仕えたい理由!」









それから一年が経ち、仲の良い子達とお菓子を食べながら、休憩をしていた。

「グレン様、いいわよね!」
「何言ってるの?カルロ様に決まってるわ!」
「タスク様も素敵よ!」
「タスク様は婚約者いるでしょ?ここはハルク様だよ!」
「リク様がいいわよ!」
「いやいや、ライ様だから!」
「ライ様は奔放過ぎるわよ。エド様なら…」
「癒しなら、マシロ様よ!」


皆がここにいる息子達の話で盛り上がっていた。確かにここの息子達全員、イケメンの部類には入る。御当主もイケメンらしいが、あいにく私は見たことがない。年齢的にイケオジじゃないかと思ったが、かなり若く見えるらしく、見たことのある子の話だと、リク様に似てるらしい。並んでも兄弟のようなんだって。是非とも見てみたい(ФωФ)将来のリク様の姿が見られるのなら!
御当主の話はさておき、ここの息子達の話に戻るが、一部を除いて、ほとんどが中身に問題がある者ばかりだ。


「アリスは?誰がタイプ?」
「私は……勿論、リク様!」
「だよね!」

同じくリク様推しの子と頷き合う。同士よ!

「アリスは最初からずっとリク様よね」
「うん!リク様以外、興味ないし」
「アリス、一途ね…」
「リク様が一番素敵だもの!」

私はそう力説した。
絶賛を得られるかと思っていたら、同じリク様推しのエルム以外の皆は、何故かポカーンとした顔をしただけ。


「まあ、リク様は誰に対しても、お優しいわよね」
「誰にでも優しいけど、ちょっとだけ不満になったりしない?」
「全然!」
「仮に恋人になったとして、自分以外にも優しいのよ?」
「リク様と恋人になれた時点で幸せだから…。許せるよ!」
「えー。私がその立場だったら嫌」
「私も!」
「何で!?」
「アリスみたく心広くなれないわよ」

私、別に心が広いわけじゃないけどな。
それにリク様は優しいだけじゃない。博識でいらっしゃるし、わからないことを聞いても、丁寧に教えてくれるし。あの優しい笑みも素敵。たまに見せるはにかむような笑顔も良い!


「んー。私はどの方も素敵とは思うんだけど、苦手な方はいるかな」
「私もいる!」
「絶対に私達のこと、見下してるよね」
「使用人のことをゴミを見るかのような目をするよね…。あれはキツイ」
「ドラ様やスミレ様のこと?」

皆が無言で頷く。
ドラ様か。確かに冷たいし、口調もキツイけれど、言ってることは正しいのよね。いつだったか、指摘されたから、「ありがとうございます!」って、お礼を言ったら、変な顔してたっけ?あれは可愛いかったな。

スミレ様の方は、使用人に対して、常に上から目線で、ミスをすると、容赦なく罵倒してくる。女性には手は出さないが、男性には暴力を振るうようだ。お陰で男性の使用人は少なく、特に若い男性は数えるくらいの人数しかいない。


「ライ様も機嫌悪いと、危ないわよ?」
「ライ様の場合は、不機嫌な時はすぐわかるから、近づかないようにしてる」
「対処法はあるね」

確かに対処法はあるけど、話している途中も危ない気がする。いつだったか、新人の子がライ様に話しているところ見た時、最初は笑っていても、突然キレたし。私も騒ぎに気づいて、誰か呼びに行こうとしたら、たまたまリク様が帰って来たから、事なきを得たけども。

私が思うにカルロ様が冷たく見える時があるように感じる。優しく笑ってるように見えるけど、よく見れば目は笑ってないのよ。それに私、あの人のことが苦手だから、行きたくない時は他の子に頼んじゃう。行きたがる子は沢山いるしね。

お菓子を食べながら、そう考えていると、隣にいたローサが私にしか聞こえない声で言った。


「ねぇ、アリス。ここだけの話。メイドの中でも給料が高い子達がいるらしいの」
「そうなの?」
「少し前にいたメアリ、覚えてる?」
「うん。いつの間にかカルロ様の傍にいたよね」

すると、ローサが小指を立てながら、私に言った。


「どうやらカルロ様と関係があったみたいよ」
「ええっ!?」

思わず大声を上げてしまった。他の皆が私達を見て、注目を浴びてしまい、ローサに腕を軽く叩かれた。


「どうしたの?アリス」
「何かあった?」
「ごめん。何でもないよ…」
「皆、気にしないで!」

皆がそれぞれ会話に戻るのを確認してから、私達は小声で話す。


「カルロ様に婚約者はいるけど、複数のメイドと関係も持ってるみたいなのよね」
「最低…」
「多分、兄弟の方々も婚約者がいても、メイド達と関係を持ってるわね」
「リク様は?」
「聞いたことないわね」

良かった。
それにしても、これだから顔の良い男は、信用ならない!


「けど、リク様には婚約者のシリア様がいるからね」
「あー…」

リク様の婚約者のシリア様は、苦手なんだよ。仕事の話をしているだけなのに、すっごい目で睨んでくるし。明らかに目で「メイドがリク様に近づくな!」って訴えてくる。リク様が庇ってくれるから、余計に私のことを敵だと思ってるんだよね。


「そういえば、メアリ、何も言わずにいきなりいなくなったでしょ?」
「うん。執事長が言うには、突然倒れて、そのまま入院することになったって。身体のこともあって、仕事は辞めることになったって」
「そう。でも私、いなくなる前の晩にメアリと会ってるのよ」
「え…」

ローサの話によると、寝る前にトイレに行こうと、部屋を出た。廊下を歩いていた際に彼女と会ったらしい。その時のメアリは、元気だった。メアリにこんな時間にどこへ行くのかと聞いたら、彼女は耳打ちしながら、教えてくれたらしい。「これからカルロ様の部屋に行くの」と。


「でも、メアリにも恋人いたよね?」
「もうアリスはお子様ね!恋人じゃなくても、そういうことは出来るのよ」
「……え、まさか!」
「年頃の男女が夜、部屋に二人きりなのよ?一晩中、お喋りしてるわけじゃないのよ」

それはそうなんだけどさ。……皆、恋人がちゃんといても、遊ぶんだね。恋人のいない私には理解が出来ないよ。


「だから、あの翌日に執事長の話を聞いて、驚いたわ。それにあんなに元気だったメアリが突然辞めるなんて、変だと思った。もしかしたら、カルロ様と何かあったんじゃないかと思って…」
「カルロ様と?ブラッド様やスミレ様みたいに当たり散らすようなタイプには見えないけど」
「そうなのよね…」

それから休憩も終わり、仕事を始めようとした時、メイド長に荷物を倉庫に運ぶように言われて、地下にある倉庫に向かっていた。
そしたら、地下に行けるドアの前辺りの廊下で、男女が言い争っていたのである。


「どうしてですか!?私ならあなたの婚約者に相応しいのに…!」
「オレ、お前に興味ねェから。たかだか何回かヤッたくらいで彼女面すんな」
「ひどいですわっ!」

あれは、ハルク様とコムギ様だ。
しかも、修羅場だし。そこを通らないと、倉庫に入れないのに困った。というか、何回かヤったとか言わなかった?爛れてる!どうしようもないわね。


「それでは、誰か他に相手がいるというのですか!」
「……………いる」
「どなたですか!?教えてください!」


……よし。ここは空気になったつもりで、通り過ぎよう。二人共、私のことなんて見えてないだろう。ハルク様も私に興味ないし。
こそこそと通り過ぎようとした時、ハルク様に肩を掴まれた。


「っ!?」
「これがオレの相手」

は?何の話!?
振り向かされ、コムギ様の前に立たせられた。私と目が合うと、キッと睨まれた。怖っ!


「使用人ではないですか!」
「身分は関係ねェ。オレのお気に入りなんだよ」
「あなたはそうおっしゃっても、御当主様は反対なさいますわ!」
「親父はそうだろうな。そしたら、コイツと駆け落ちでもする。だから、オレのことは諦めてくれ」

ハルク様はそう言い、私の腰に手を回して、抱き寄せた。ん?何故私は、修羅場に巻き込まれているのだろうか?それより私、この人と関係持ったことないわよ!話そうとしたら、ハルク様によって、口を押さえられて、話せない。ちょっと!


「オレはコイツ以外、興味ねェからさ」
「っ!?……私、諦めませんから!」

コムギ様は私を睨みつけた後にその場から立ち去って行く。姿が見えなくなってから、ようやく手を離してくれた。


「はあー。マジしつこい…」
「どうして、私を巻き込むんですか!」
「お前、気づかないフリして立ち去ろうとしただろ?バレバレなんだよ」

げっ。何故バレたの!?私には気づいてないから、上手い作戦だと思っていたのに…。


「ただお邪魔してはいけないと思いまして…」
「別に邪魔じゃねェよ。むしろ助かった」
「私は迷惑です!ハルク様の恋人でもないのに、コムギ様に敵認識されたじゃないですか!」
「……………」


無視すんな!頭にきたー!怒った私は、ハルク様の足を踏んづけて、離れる。


「痛てっ!」
「これを運ぶように言われましたので、失礼します!」
「持ってやるよ」
「結構です!!」

本当にもう何なのよー。
地下の倉庫に荷物を置いて、皆のいるところに戻って来た。


「えらく機嫌悪いけど、何かあった?」
「不愉快な出来事がね。もう腹が立つ!」
「アリスさ、ハルク様といなかった?」
「………いた。荷物を運んでる時にあの人とコムギ様が修羅場っていたのよ。黙って通ろうとしたら、巻き込まれて絡まれた」
「なるほど。コムギ様がすごい怒ってたのは、そのせいか」
「ハルク様が私を恋人と嘘ついたせいだよ…」
「それは怒るわ…」

たまたま通りかかった私を利用するなんて、許せないわ!!顔だけのクズ男め!


「でも、実際にハルク様、婚約者候補が何人かいても、誰にも興味ないみたいなんだよ」
「そうなの?顔だけは良いからね。私のタイプではないけど」
「ハルク様って、自分から使用人と話す方じゃないよね」
「そんなわけないでしょう?」
「ううん。ハルク様、使用人とは最低限しか話さないから」
「アリス。いつの間に仲良くなったのよ?」
「やるー!リク様が好きだとか言いながら」
「何もしてない!もう関わりたくもない!」

私は、リク様以外に興味はない!

数日後。
ハルク様が変なことを言ったせいで、あの人の婚約者候補達にやたら地味な嫌がらせを受けた。やられてばっかは癪だから、私もやり返すけどね!

よし、今日は早番だから、これで帰れるぞ!明日はお休みだし。この後、買い物に行こうかな。スキップしたくなるような足どりで、廊下を歩いていると───


「おい」
「……………」

何か聞こえるけど、無視。私じゃないわ!そういえば、今日はリク様と会えてないなー。残念だ。


「無視すんな。そこの大根足女」
「ちょっと止めてください!あなたが私を恋人だと話したせいで、地味な嫌がらせされてるんですよ。あなたの婚約者候補のご令嬢達から」
「は?」
「それに私はあなたではなく、リク様のファンなんです!」

ここはハッキリ言わないとね!あなたには欠片も興味はないと。


「リクのファン?」
「そうです!リク様です。リク様に誤解されたら、私は立ち直れません!だから、近づかないでください!!この女の敵!」
「それはオレじゃねェ!」
「こないだ話してたじゃないですか!コムギ様とヤったことあるんでしょ?」
「あれはそういうのじゃねェ!」
「じゃあ、どういう意味ですか?」
「それは…」

何も言わない。やっぱり答えられないんじゃない。最低だわ!


「仕事以外で声をかけないでください。失礼します」
「まだ話は終わっ……くそっ」

私はその場から離れた。気分が削がれたわ。帰りにクレープ屋に行こう!




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