Riku Ⅱ




「アリスさん、こんにち──」
「ごめんなさい。急いでいるので……」


彼女は逃げるように僕の前から走り去ることが増えた気がする。

もう何日も、まともに顔を見ていない。

“恋人”になってからは初めてなんじゃないか──?
考えれば……思えば思うほど、気持ちに余裕がなくなる。


「リク……さ……ま?」
「今日は逃がさないよ」
「あの…………痛っ」
「あ、ごめん……」


我に返ると、僕は……
アリスさんを壁に押し付け、腕を掴み上げていた。
……こんなつもりじゃ……


「リク様、ここでは一目があるので……」
「そうだね……」


繁華街の片隅で、いくら夜とはいえ……僕は何をしようとしていた?


「ちょ、リク様──」


自分の部屋に彼女を押し込むと、唇を奪った。


「……何故、僕を避けるんですか」
「え?」


アリスさんは驚いた表情で僕を見る。


「僕、何かしましたか?」
「………………いえ…………何……も……」
「……抱き締めても……いいかな?」
「………………はい」


懐かしい感触。
懐かしい匂い。
やっぱり愛おし──


「アリスさ──…………ん? 朝?」


眩しさに顔をしかめる。
……夢でも見ていたのかな。


「…………いや、夢なんかじゃ……」


手に、身体に残る彼女の感触や匂い。
……ベッドの上で不自然に散らばる、アリスさんの髪の毛──?


「何だよ……コレ…………」


ふと、アリスさんの顔が頭を過る。
あの時……彼女は怯えていたんじゃ?
それなのに必死に平然を装ってた?
それで僕は何を?
彼女を抱き締めて。
それから──

──駄目だ。
何も思い出せない……
何があった?
一体何があったんだ……


「リク、彼女と何かあったの?」
「……カルロ……兄さ──」
「さっき擦れ違ったんだけど、様子が少し──」
「さっき?」
「そう、数分前。走れば追い付けるとは思うけど」
「……ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「…………気を付けてね、リク」


カルロはリクを見送ると、ベッドに散らばるアリスの髪を手に取る。


「…………僕も欲しくなるじゃないか」





.



暫く走ると、彼女の背中が見えた。


「待って! アリスさ──」


伸ばした手は彼女を掴むことが出来なかった
……


「……泣いてた?」


ハッとして追い掛ける。
少し手を伸ばせば届く距離なのにそれが出来ないまま、彼女の家に着いてしまった。

インターフォンを押そうとして躊躇う。
彼女の涙が頭を過って、手が止まる……

──と、勝手にドアが開いた。
まるで入ってきて、と言っているように……


「……入るよ、アリスさん……」


返事はない。
いつも以上に静かな気がする。

何度も訪れた、彼女の家なのに……
初めてのような感覚だ……

彼女の部屋の前に立つ。
ノックしようとする手が震える……

すると、また──
ドアが勝手に隙間を作る。


「……え──」


僕は……見てしまった。
それはあまりに酷な現実だった。

彼女に掛ける言葉が見付からない……
そもそも……体が言うことをきかない──
足が勝手に彼女に背を向け、逃げるように走り出す。
アレは……僕がやったのか?
それとも──




END.
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