その他短編
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簡単な任務で怪我をした。
誰にも恥ずかしくて言えやしない。
傷は確かに痛いし、浅くもない。
だけど、四番隊には行かなかった。
それよりも会いたくて。声が聞きたくて。
いつもの様に十二番隊の彼の元へと足を運ぶ。
『ショスナトさんが遊びに来たよー』
「……」
あまりによく来るせいで用件を訊かれる事もなくなった十二番隊の科学室。
そこの奥にある部屋に入り、声をかけるが無視された。
それもいつもの事で大して気にならない。
依然作業を続ける彼を放っといて、ソファの上に乗っていた本を床に投げ捨てダイブした。
「どこでやったんだネ?」
『は?』
ふぅ、と一息ついた所で大きな背中が振り向いた。
その手にはひとつの試験管があり、何やらグツグツとヤバげな音を立てている。
「その怪我だヨ。」
『…何の事?あ、寝ぼけてるでしょマユリさん。』
「…」
顔を逸らして笑って誤魔化すが効果はなく、何を考えているのか分からない顔がじっと見つめてくる。
そのままでいるとマユリさんはゆっくりと近づいできて、頭上から大きなため息を浴びせてきた。
「虚にやられたんだろウ。馬鹿が。」
『ったぁ!?』
乱暴に腕を引っ張られる。
血で張り付いていた包帯も無理やり剥がされ、痛みに涙が滲んだ。
手加減という言葉も優しさという言葉も知らないんじゃないかと思うが、実際にそうだ。絶対そうだ。
既に血は止まっていたのにまた出血を始めてしまった。
『なんでバレたの…』
「これを飲み給エ」
『…何これ』
「見て分からないのかネ?薬だヨ。」
私の質問を無視し、ずいっと目の前に出される試験管。
それは先程グツグツと音を立てていたもので、到底飲めたものではない。
『ちょっと……無理かな?』
「これで皮膚が引っ付く。最も、腐った腕を数日後に切り落としたいというのなら止めないが。」
『分かった飲みましょう。』
真顔で言い放たれると説得力がある。
彼の薬は信用ならないが、腕を切るのは困るので目の前のヤバげな液体を飲み干した。
ねっとりと纏わりつく独特の香りが口に広がる。
『…ものすごーく不味いけどありがとう』
「素直に感謝も言えないのかネ」
呆れたように鼻を鳴らし背を向けるマユリさん。
傷を見ると既に出血は止まっており、傷の奥が動いたような気がして怖くて視線をマユリさんに戻した。
ゴソゴソと動いていたマユリさんが振り向く。
今度は何か白い袋を差し出してきた。
「薬だヨ。これを寝る前に飲み給エ。」
『……』
「…なんだネ」
『ううん、ありがと』
驚いて固まってしまったが礼を言って薬を受け取る。
するとまたすぐに背を向けられた。
実験だがなんだかを再開したようでこちらをもう振り向きそうにない。
彼は相変わらず忙しそうだ。
私の薬を作ったせいで時間も押してしまった。
思わずふふ、と笑ってしまい、ジロリと睨まれた。
『ありがとう。マユリさん』
「…良いからもう帰り給えヨ。邪魔ダ。」
『はいはーい』
「はいは一回で良いんだヨ!」
はいはい、と小さく笑った後にそのまま立ち上がって部屋を出る。
扉を閉める前に、マユリさんが何か叫んでいるのが聞こえたが、それは聞こえないフリをした。
きっと明日にはまたいつもの調子で迎えてくれる。
今怒られても良いことなんてない。
『…ところで変なモンは入ってないでしょうね?』
ふと立ち止まり手にした薬の袋を見る。
一応卯ノ花隊長の所で調べて貰った方がいいかもしれない。
なんといっても彼には前科がある。
前は頭痛止めを貰ったのに何故か髪の毛が伸びた。
それを報告したら「失敗だネ」なんてため息をつかれた。
本当に酷い。
『まあ…これも愛情表現か。うん。』
流石に長い付き合いの友人を本気でヤバイ薬の実験台にしようとはしないだろう。
というか、そう信じたい。
そもそも彼は友人とも思ってなさそうだが。
『あーあ、私も大概チキンよね』
我ながら自虐的なことを考えた、と笑ってもう一度薬の袋を見た。
そこには私の名前が走り書きで書いてある。
それだけの事なのに、胸が締め付けられた。
偶には怪我も悪くない。