その他短編
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此処は中央刑務所。
私は今、ゆっくりとその廊下を移動している。
バレない様に。バレない様に。
汗が頬を伝う暑さの中、慎重に。
が、今日もまたあの口笛が聞こえてきて、私は動きを止めた。
『……』
「夜勤ご苦労さまです。ショスナトさん。」
『…消灯時間は過ぎてる。静かにしろキンブリー。』
今日も失敗。
壁によりかかると独房の中からキンブリーの笑い声が聞こえた。
『……何で分かるの』
「ショスナトさんの事でしたら。」
『はいはい』
溜め息をつくとまた笑われた。
ーこの独房の中にいる男の名はゾルフ・J・キンブリー。
言わずと知れた、上官殺しの爆弾狂。
「人を爆発させて笑ってた」とか「人を歩く爆弾としてしか見てない」とか、色んなウワサを聞く。
そんなのを聞いている内『極力関わらないでいよう』なんて看守のクセに考えた罰なのか、
それとも私の運の悪さは天性のものなのか、
私は何故かこの男に気に入られてしまった。
私が夜勤で巡回する時だけ、この男は口笛を吹く。
なので試しに歩き方を変えたら、口笛の代わりに
「ショスナトさん、足どうかしたんですか?」
なんて言われた。
え?なんで私って気付いた?
なんてその日は動揺してミスを連発し、同じ夜勤の同僚に怒られてしまって。
それからの夜勤の巡回はリベンジマッチ。
大股で歩いたり、スキップしてみたり、同僚のキーチェンを借りたり。
だけど毎回聞こえてくるあの口笛。
私の負けの合図。
『今日こそいけると思ったのに』
「もう諦めませんか?」
『冗談!勝負はまだこれからよ!』
「消灯時間過ぎてますよ。」
『あ』
つい声が大きくなり、他の房から怒声が飛んでくる。
これではどちらが看守だか分からない。恥ずかしい。
『…兎に角、いつか必ず静かな廊下を歩き終えて異常ナシって言うんだから』
「応援していますよ」
ひそひそ、と小さな声で重厚な扉の向こうに告げるとキンブリーの小さな笑い声が聞こえた。
馬鹿にされてるぞ、私。
『絶対言うんだからっ!』
「…時間。」
『あ』
今度はさっきよりも少し大きなキンブリーの笑い声が聞こえてきた。
――『……』
コツ、コツ、と足音が響く。
深夜の巡回。
昼間と違い静かな此処は、鉄の扉を隔てた囚人達の寝息まで聞こえてきた。
コツ、コツ。
鉄が仕込まれた軍靴が鳴る。
コツ、コツ。
コツ、コツ。
『……』
曲がり角で後ろを振り向く。
いつも聞こえてきていた口笛の音は、聞こえない。
先日キンブリーは出所した。
それは私の休暇中の事で、出勤しすぐに確認したが既に独房は空っぽだった。
だから、もうあの口笛は聞こえない。
私を笑う、あの声も。
チクリと胸が痛んだ。
何故だろう?
『……異常ナシ』
ずっと、ずっと言いたかった言葉。
なのに、すっきりしない。
静かなこの廊下を歩き終え、満足気な顔で詰所に戻る。
そんな私はもうどこにも居そうになかった。
…こんな私をキンブリーは笑うんだろうか。
いつもの馬鹿にしたような、あの顔で。
もしそうなのだとしたら、また口笛を