その他短編
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「じゃ、お願いしますね」
そう言って佐隈は足早に事務所を出て行き、残されたベルゼブブはソファを見て深いため息をついた。
ベルゼブブの視線の先にはソファに横たわるショスナトの姿。
彼女は今、熱に苦しんでいた。
「…悪魔に病人の介抱させるなんて…」
舌打ちしつつ魘されるショスナトの顔を覗きこむベルゼブブ。
額に貼られた冷えピタも汗で剥がれかけていた。
本来、この病人の介抱は佐隈の役目だった。
芥辺は所用で数日事務所を空けており、仕事もショスナトの介抱も全て佐隈に任せていた。
それなのに。
「今日提出のレポート忘れてまして…」
と事務所もショスナトもベルゼブブに押し付け佐隈はさっさと帰って行ったのだ。
「サボりだ」とベルゼブブは思ったが、しかしこれは彼にとって千載一遇のチャンスに等しかった。
黄金が目の前にある。
そしてそれを止める人間は誰一人いない。
呼吸に合わせ微かに動くショスナトの身体。
ゴクリと唾を飲んだ。
ベルゼブブは口元のヨダレを拭い、顔を下半身へと近付ける。
『…それ以上何かしたら天国行きですよ』
ピタ、と動きを止めるベルゼブブ。
頭上からかかった声に顔を向ければ気だるそうな表情のショスナトがジロリと睨んでいた。
「…おはようございますショスナトさん。魘されていたのでお顔を拝見しただけですよ?」
『私の顔はそこじゃないです』
少し鼻のつまった声でキツそうに話すショスナトにはいつもの迫力もない。
しかしはっきりと怒っているというのはベルゼブブも分かった。
「起こしてしまいましたか」
『…寝付きが良くないだけです』
ゴホゴホ、と咳き込むショスナト。
その時少し顔を上げたせいでギリギリ貼り付いていた冷えピタが落ちた。
換えはどこだと引き出しや棚を漁るが見当たらない。
「あのアマ…大学に押し掛けてやろうか」
『だめですよ』
ギィィ、と険しい表情を浮かべるベルゼブブを見てショスナトは苦笑する。
そしてまたすぐに咳き込んだ。
その様子に、ショスナトの頬に呆れたようなにベルゼブブはペタリと手を添えた。
『…気持ちいい』
はあ、と穏やかな表情で目を瞑るショスナト。
頬からは相当の熱が伝わってきて、ベルゼブブはまたも佐隈に心の中で毒づいた。
呼吸も荒く熱も全く下がりそうにない。
こんなショスナトを、一匹の悪魔にどうしろと言うのか。
「薬は?」
『栄養ドリンクなら』
「…病院には?」
『病院は嫌です』
「……」
(こいつガキか?)
ベルゼブブは頭を抱えた。
これ程の酷い風邪。
病院にも行かず薬も飲まず。ワガママも言う。
『…こいつガキか?って顔ですね』
「その通りですよ。バカかテメェは」
『ははは』
屈託のない笑顔にベルゼブブは一瞬殺意を覚えたが、すぐに咳き込むショスナトの姿に心を落ち着かせた。
「さっさと病院で薬を貰いなさい。何日寝込む気ですか。私だって暇じゃないんですよ?」
『…薬よりベルゼブブさんの方が効くから』
「はい?」
『だから、ベルゼブブさんが居てくれたら、治るんです』
熱が上がったのか、火照った顔で見つめるショスナト。
ベルゼブブは病に罹った人間が人恋しくなるという事を思い出し、あぁと頷いた。
「尚更佐隈さんに帰られたのは痛いですね」
『どうして?』
ん?と眉を寄せるショスナト。
だがすぐに『あぁ』と1人で頷いた。
『私が帰ってって頼んだんです』
「…頼んだ?」
ベルゼブブの言葉に、ショスナトは急に恥ずかしくなった様子で自身の目元を隠す様に腕を被せる。
それを見てベルゼブブは気付き、固まった。
『…ただの我が儘です』
小さな声でそう呟くとショスナトの赤い顔が更に赤くなる。
ベルゼブブは驚いてショスナトの顔をただ見ていたが、その内ショスナトの手がベルゼブブの前に差し出された。
『…このままじゃ熱で魘されます』
「だから何だって言うんですか」
『…私の風邪治らないと帰れませんよ?』
真っ赤な顔ですました表情を浮かべるショスナトにベルゼブブは呆れて笑った。
出された手に手を重ねる。
「悪魔と手を繋いで寝るなんて、ショスナトさんくらいのものでしょうね」
『…弱ってる時は人恋しくなるものなんです』
「人を追い出しておいてよく言えたものだ」
『……』
「おや?無視ですか?」
◇◇後日◇◇
「ぶぁーっくしょぉい!!」
「ちょ!?べーやんツバ!!」
「あれ?ベルゼブブさん風邪ですか?」
「…そのようですね…ぶぁーっくしょぉい!」
「悪魔も風邪引くんだー…大変ですねぇ」
「どーせ真っ裸で寝たとかそんなんやろ。
そこら辺に落ちとるクソ食うて食あたりとか」
『うわぁ…絶対移さないでくださいね』
「……」
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2020