その他短編
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《烈海王視点》
『助けて!!』
ある約束の為、街を歩いていると後ろから女に腕を掴まれた。
後ろを見れば明らかにこちらに向かって叫びながら走ってくるスーツ姿の男達。
この女は追われている。
どんな人間であれ、そう認識しただろう。
『追われてるの。助けてっ!』
ぐいっと腕を引っ張って私の注意を引き、予想した通りの事を彼女は口にした。
時間はおしている。
そして走ってくるスーツ姿。
それは面倒を予想させた。
《ショスナト視点》
ある事から、私は男達に追われていた。
チンピラやナンパしてきただけの男。
―そうだったらどんなに良かったか。
背中を向けて走る自分。
いつ背中を撃たれるか、刺されるか。
焦りつのる想いが私の目の前に大きな壁を与えた。
『助けて!!』
その壁に縋るのは正しいのか?
分からないがそれしか手はなかった。そう思う。
しかし、この私の壁――盾となるであろう男は私の想像とは違う働きをみせた。
『―っんなのよ!!誰か助けて!!!』
「だから助けているだろうっ」
三つ編みをした背の高い男――烈海王。
彼は今、女を抱え街を走っていた。
『誘拐犯ー!!現行犯よ!誰かあああ!』
烈が抱えている…いや、抱えているというより、烈がお姫様だっこしているその女――ショスナトは必死に叫んでいた。
その声は必死で、確かに本気で言っている事は誰の目にも明らかだったが、助けに来る者は現れない。
助けに来る者は。
「そう叫んでいては何時までも奴等を撒けない。」
『っ』
烈のその一言。ショスナトは黙った。
何故ならば先程からずっと追ってくる連中は、この会って数分も経っていない赤の他人の誘拐犯よりも凶悪だと解かっていたからだ。
「…何故あんな連中に追われている?」
『関係ないでしょ。誘拐犯。』
あんな連中――明らかに一般市民ではない連中に、何故この華奢な女が追われているのか。
烈は答えを得ぬままに走った。
『っていうか降ろしなさいよ。自分で走るわ。』
烈の腕の中で動くショスナト。
だが烈は気にせずその声を無視した。
それは危険だと説明するのが面倒だという理由からと、
また高い声で反論されるのが面倒だという理由からだった。
しかし結果は変わらない。
ショスナトの口は、烈の耳元に在った。
『降ろしなさい!!三つ編み千切るわよ!!それとも噛みつかれたい!?』
キーンという音が烈の耳に響いた。
走り続けながら、烈はショスナトの顔と向き合った。
烈は少し驚いていた。
この状況下でならば恐怖に怯え震えるか、助けてと懇願するのが本当だろう。
だがショスナトはただただ憤怒っていた。
その怒りを目に宿し、鋭く烈を睨んでいた。
「……」
烈は知った道を曲がり、路地に入るとショスナトを降ろした。
『分かれば良いのよ。』
烈の腕から解放され、ショスナトは優雅に舞った。
ただ自分の足で立ち、服を整える。
それだけの動作が、とても自然で正に優雅といえた。
烈はショスナトのその動き、態度、オーラ、全てに目を惹かれていた。
美しい容姿が彼女にその自信を与えたのか、
それとも彼女が生まれながら持っている所謂スター性というものなのか、
それはまるであの小さな少年刃牙を思わせ、とにかく烈は惹かれていた。
『…何よ。見とれてんの?』
視線に気付いたショスナトが烈を見上げ、唇が柔らかく弧を描く。
ショスナトの言葉が冗談か本気かは烈には分からなかったが、烈はそれを解するまでなく、磁石の様にその唇に吸い寄せられた。
ショスナトの唇に、己のそれを重ねる。
予想していた抵抗はなく、何時間にも感じられた数秒の口付けはどちらからともなく終わり、お互いは向き合った。
『…ま。タクシー代にしちゃ安いもんね。』
「…タクシー代?」
『安全な所まで送ってもらったわ。』
先程よりも深く弧を描く唇。
だがその唇は紅を薄くし、反対に頬を少しだけ紅に染めていた。
『サンキュー。誘拐犯。』
「誘拐犯ではない。」
『じゃあ名乗りなさいよ。誘拐犯。』
「…烈永周だ。」
『えいしゅー?ふうん…。ありがとう烈。』
聞き慣れぬようで少し首を傾げ、手を差し出すショスナト。
握手を求められている、と気付き烈はその手を優しく握り返した。
『じゃ。私はこれで消えるから。ばあい、烈。』
くるりと舞うように身を翻し、路地の先へ走り出そうとするショスナト。
それを止める理由はなく、だが何故か烈の手はショスナトの背に向けて伸びていた。
『またね、誘拐犯』
振り向きそう言って笑う。
烈は固まったままショスナトを見送った。
「…誘拐犯ではない。」
その声は小さく、ただ零しただけの言葉だった。
烈は胸を押さえながら歩き出す。
胸が熱い。それに唇も熱い。
口付けなんて初めてではないし、女の身体を抱きかかえたのも初めてではなかった。
それなのに初めて女性に会ったかの様に。
それなのに初めて女性に触れたかの様に。
烈の心臓は激しく鼓動していた。
名も知らぬ彼女。
弱い身体で強い意志をもった彼女。
『またね』というその一言に、烈は期待せざるを得なかった。