1章
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『…はあ…』
「はい8回目ー」
何度目とも知れぬ…いや8回目の溜め息をついた俺に同僚は笑った。
「さぁてクライスラー選手はこの一時間で一体何回溜め息をつくのでしょうか!」
「クライスラー選手にはまだ逃すだけの幸せが残っているのかっ?」
『やめろ馬鹿』
アハハ、と大声で騒ぐ同僚たち。
どうにもテンションが高い。
尚もうるさい2人に文句を言おうとすると隣に座る男が止めてくる。
「まぁまぁ。皆ショスナトが久々に食堂でメシ食ってるからテンション上がってんだよ。」
だから今日は許してやれ。と肩をたたかれる。
確かにこの二週間か三週間はろくに休憩が取れなかったし、取れればすぐにローザンヌのいるレストランへと足を向けていた為ゆっくり同僚達と食事を共にする事が無くなっていた。
しかたねぇか。そう溜め息をつき、コップの水を飲んだ。
「はい9回目!」
『…うるせぇ』
「いったぁっ!?」
空になったコップの底で頭を殴ると大袈裟な反応をされる。
また大きな笑い声で包まれる食堂。
今は昼時を過ぎた時間で人が少ないとはいえ全くのゼロではない。
静かにしろよ、と言いかけたが言っても意味ないかと諦めた。
その後も他愛もない話に花が咲き、食後の一服、と煙草をくわえる。
「ショスナト、まだ煙草やめてなかったんだ?」
それをジッと見てくる一人の同僚。
他の奴らはわざとらしく咳をし始めた。
『お前らが全員病気になろうと俺は煙草はやめません。』
べっ、と舌を出し宣言すると周りからブーイングの嵐が襲う。
人間のクズだ!最低!腹上死しろ!等々。
何も聞こえんな。とわざとらしく煙を吐くと両隣に叩かれた。
「あの上司にあんだけ説教食らってよくやめないなお前…尊敬するわ」
『上司?』
誰のことかと訊きかけて、キンブリーのことかと頷いた。
先日のことが思い出されドクン、と心臓が脈打つ。
『…やめる訳ないでしょーが。
たかが上司に言われたからってやめられる程安い愛じゃないのー。』
「うわー…こりゃ重症だな…」
「お前絶対早死にするぞ」
「背中からザクーッてな。女から刺される。」
『お前ら…揃って失礼だな。俺が出世したら覚えとけよ。』
許して!と揃って頭を下げる同僚達。
それがおかしくて笑う。
これが俺の日常だったな、なんて胸が温かくなる。
これが俺の大好きな日常だ、と。
「じゃあまたな!」
「おーう」
『おう。』
時間が進むにつれ一人、また一人と仕事に戻って行く。
もう後は俺と目の前に座る男のみとなっていた。
「お前まじで煙草やめない訳?」
『何回言わせるんだよ。
やめませーん。これは俺の命だぞ?』
「…そんな良いもんかねぇ」
『はい1回目ー。』
溜め息をつく男にさっきのお返しだと少しモノマネしながら言ってやる。
案の定殴られた。
「お前は本当に……」
『?なんだよ』
煙草の灰を灰皿に落としてから、何か言いかけて黙りこくった男を見る。
まっすぐに俺を、というより俺の後ろを見ている男。
何だ、と眉を寄せながら、まさかと思う。
大きな音を立て立ち上がる男。
「えーと…仕事に戻るわ!」
『はっ!?ちょ、おい!』
止める間もなく走り去って行く。
なんて薄情な。同僚を見捨てて走り去るなんて。
どうしたものかと考えを巡らせていると肩に手が置かれた。
『ひっ…』
「煙草はやめたと、私は聞いた覚えがあるのですが…記憶違いでしょうか?」
『…え、…えぇーとぉ…』
額を汗が伝う。
なのに鳥肌が立つ程に寒い。
振り向けず何も言うことも出来ずただ汗を流していると持っていた煙草と取り上げられ消される。
『き、キンブリー少佐…?』
「なんです?」
『…一つだけ宜しいでしょうか…』
「どうぞ。」
背後から何とも言えぬ威圧感を感じながら息を吐く。
まあ気休めにもならないだろうけど。そう思いながら口を開いた。
『…たった今から禁煙します』
「それは良かった。」
では行きましょうか。と遠のいて行く足音。
毎度お馴染みの説教タイムが始まる。
『…やっぱもう禁煙しますは通用しないか…』
くっと拳を握り覚悟を決め、歩いて行くキンブリーの後を追った。